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一張羅

京都を訪れたサウジの王族の新婚夫妻は、神社で神式の結婚式を予定していた。

ご夫妻は参列者がいないのは寂しい、とお付き全員が着物を着て参列することになった。

英国人セキュリティー男女2名、英国人ヘアスタイリスト、フィリピン人のバーバーとメイド、オーストラリア人カメラマン、コンシェルジュの彩子ちゃんとガイドの私、の総勢8名。

呉服屋さんにはご夫妻の紋付き袴と白無垢は前もって用意されていたけど、まさか参列者8名分の着物は突然のことで用意が無い。

さすが舞台衣装なども手掛ける呉服屋さん。様々な広告で使用された着物を出してくれ、実際に吉永小百合さんが袖を通した着物まで並んでいた。でも、彩子ちゃんと私は背が高くてサイズが合わない。

どれにしようかと考えていると、呉服屋の奥様が私たちを2枚の着物に誘導した。その着物は人間国宝を輩出した京友禅の有名な工房のもので、奥様が結婚式に参列するなら恥ずかしくないものを、とご自身の着物を出してくれていたのだ。

彩子ちゃんはすかさずその一枚を選んだ。躊躇していた私を見て、2人は私がもう一枚を選ぶように促した。

他の着物は刺繡が施されていたり、デザインがとてもモダンだったり、皆それぞれが似合うものを手にした。

私たちの2枚は、金をふんだんに使っており、着物を見慣れた目から見ても豪華な品だった。

髪をアレンジする段になって、彩子ちゃんがイギリス人のスタイリストにヘアアレンジを頼んだ。ロンドンのアヴァンギャルドな感じのヘアスタイルを着物と合わせたいって。なるほど!と私もお願いした。

着物を着た参列者全員は、お客様のご夫妻より大はしゃぎで写真を撮りまくった。

神式の結婚式が終わると、ご夫妻は車でホテルに戻られた。
そして、残された言葉は「着物は全員にプレゼントする」

うそ!ほんと?

洋服に着替えると、呉服屋のご主人から「洗濯して後日送ります」と言われた。

その夜、髪を洗うためヘア―スプレイでがちがちに固まった髪をほどきながら、本当にもらえるならラッキー。でもホントいいのかなぁ、などと思いを巡らせていた。

後日、本当に宅急便が届いた。
箱の中に、着付けに必要なものがすべて入っていた。着物、肌襦袢、裾除け、長襦袢、帯、帯揚げ、帯締め、伊達締め、紐類一式、足袋に草履まで!

奥様は「出さなきゃよかった」って思ってないかしら。
まさかそのまま手放すことになるなんて。

あの素晴らしい着物の数々は海を渡り、イギリスやサウジアラビア、フィリピンにも送られたのだろう。もらった人々は、着物一式をどうするんだろう。もう二度と袖を通されることは無いかもしれない。

その着物は、今でも私の一張羅。

この連載「通訳ガイド奮闘記」の他の話はこちら
前の話:スターさんのBLT|Maya
次の話:一張羅|Maya


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