見出し画像

「腕ですよね?話せますよね?」

まだガイドになって2年目だったと思う。インセンティブツアーで能楽師の満次郎先生と知り合いになり、その数か月後お仕事を頂いた。

学会のイベントで能楽堂で仕舞をするので、その会のMCを務めるというもの。お客様は世界各国から来日したドクター達だった。舞台が始まる前に、挨拶をして演目の解説をする。

演目は「船弁慶」のキリ。平知盛が亡霊になって船に乗る弁慶と義経を襲うが、弁慶のお経により去っていくというもの。

日本人だったら、船弁慶の話を知らなくても、弁慶と義経と言えば、どの時代の何の話なのか想像がつくと思う。

でも、外国人には固有名詞だけでは伝わらない。
しかも、初めて聞く外国語の固有名詞は、聞き取ることすら難しい。

「義経」と聞くだけで日本人が連想することを英語にしていき、演目をどう解説すれば分かりやすいか考える。

サムライ。
戦いの天才。
12世紀。
源頼朝の弟。
弁慶との絆。
源平合戦。

初めて能楽堂でマイクを持ってMCを務めるので、緊張で話すことを忘れそう。
メモを読むのはガイドの流儀に合わない。だから全部書かない。
使い慣れていない単語、忘れそうな固有名詞・数字、それと「接続詞」を手の中に隠れるほどのメモ帳に書く。
「接続詞」は「だが」「それなのに」「なぜなら」みたいな単語。それらを、話の筋に沿って順番に書いておく。そしたら、見るだけで自分の話の展開を思い出すことが出来る。

そして本番1週間前、転んで右腕にひびが入ってしまった。
これでは仕事ができないと思い、満次郎先生に謝りの電話した。

「腕ですよね?話せますよね?」

その通り。初めての骨折で気が動転していたけど、確かにMCを務めることは出来るはず。痛いけど。。。

前日、能楽堂で同じ演目のリハーサルがあると聞き、立ち位置やマイクの確認に行った。その日は別の方が知盛役を演じた。舞台の右端最前列の席の横に立ち、邪魔にならないよう一人で小声で練習した。

当日、腕を包帯で首から吊ったままジャケットを肩にかけて立ち位置についた。

前日とは違い、この日は満次郎先生が知盛だった。

橋掛かりの幕が上がった時から、すごいオーラだった。
舞台の対角線上、一番遠いところに居たのに、目が離せなくなった。

映像では絶対に伝わらないものはこのようなオーラなのだと思う。
それ以来、「船弁慶」は私が一番好きな演目だ。

その後、満次郎先生のワークショップなど、多くの仕事をご一緒させて頂いた。満次郎先生から「まやさんもお稽古したらいいのに」と何度もお話を頂いた。歌舞伎は好きだけど、能は敷居が高いと思っていた。

そしてコロナ禍、私は満次郎先生の息子、和磨先生の弟子になった。
(この話はまた別の回に。)

多分、多くの人が「能」って難しそう、寝てしまったらどうしよう、と思っているに違いない。

確かに、「能」の舞台は眠くなる。
あの音楽、リズム、脳内にα波があふれる。
観能の後、能楽堂を出るといつも、霧が晴れたような爽快感を得る。

友達の直ちゃんは「最強の脳内デトックス」って呼んでる。

前の話:一張羅|Maya
次の話:「ノンベジの方、手を挙げてください」|Maya


いいなと思ったら応援しよう!