お盆映画「端くれ賭博人のバラード」ネタバレ考察 フェス解説
現場ネコ案件
エラー表示に「ヨシ!」とかほざく猫。
監督は「西部戦線異常なし」をリメイクした人で、戦争が異常を日常化する話。
この映画もそんな話。
「自分の常識、他人の非常識」「魚の目に水見えず」って言う。
僕らの当たり前の世界は、地獄なのかもしれない。
ハングリー・デビル=餓鬼
イギリスから逃げてきたギャンブラーならラスベガスでもいいのに、
香港を舞台にしてる。
ハングリー・デビル・フェスティバルの真っ最中。このフェス、要はお盆だ。
日本では祖先の霊が帰ってくるって考える。
香港では餓鬼や亡者がやってくると考える。
どっちも死者を供養するって言うのは同じ、フェスと言うだけあって規模がデカい。
餓鬼は仏教の言う「餓鬼道」に落ちた人の事。
地獄よりかはマシだけど、強欲な人が落ちる。
ダオミンが語った「喉が細くなり食べても飢えが無くならない」って罰を受けてる。
「欲しがりません。勝つまでは」って戦時中の日本は言ったけど、
現代人は欲張り。餓鬼道に落ちる前から餓鬼の様に生きてる。
ドイル卿ことライリーの食事を貪る姿がまさにそれ。
暴走する欲望が現世を餓鬼道に変えつつある。
世界は餓鬼製造工場
資本主義は欲望を肯定し成長してきた。
悪い事ばかりじゃないけれど、「過ぎたるは及ばざるがごとし」とも言う。
でも人の欲望は天井知らず。
ダオミンに融資を断られたライリーは知り合いのリペットにせびりに行く。
そこで彼は言う「エリートは学生時代に俺の様なクズのなり方を教わる」
言葉通り、チクったあげく奢ると嘘をつき金も返さない。
全ては自分が得する為、この世界では厚顔無恥が正攻法って言える。
ダオミンもライリーもイギリスから追っ手ベディも田舎の労働者出身。
カジノにいる婆さんは金持ちと結婚してやりたい放題。
ライリーのラストバトルは先祖代々貴族っぽいジジイ王子。
ベティはきつい仕事なのに薄給。
三者三様だけど、どれも素敵な人生とは言えない。
じゃあ、金持ちは素敵なのかと言えばそうでもない。
ライリーは貴族のフリして高級ホテルにツケで泊まってる。
やってる事はリペットと同じ。
彼らは金持ちの様に生活してる。
金持ちを真似てクズになり、金持ち生活をする。
鏡に映るライリーは大きな口に細い首の餓鬼になっている。
つまり、この世界で幸せに生きようとすると餓鬼になるって事だ。
ダオミンの金を盗んで勝ちまくってるライリーを出禁にする支配人はなんか閻魔っぽい風貌。
リペットのたとえ話でも地獄に落ちたギャンブラーはカジノを天国だと思った。。
冒頭にライリーは「ここでは何者でもない奴が一夜にして運命を変えられる」と言う。要は一攫千金を狙っている。
その為には何をしてもいい。欲望の肯定の裏側。
暴走した欲望にブレーキをかけるにはどうすればいいのか。
情けは人の為ならず
誰かに優しくする事は回り回って自分に帰ってくる。
ハングリー・デビル・フェスティバルでは、紙で作った偽の紙幣、服を燃やして亡者と餓鬼を弔う。
これは「焼街衣(シャウガイイ)」って言うらしい。燃やす事であの世に転送される。餓鬼が使えるようになる。つまり弱者救済だ。
ダオミンは成り上がろうとする過程で人を死に追いやってしまう。
彼女はライリーに「まだ間に合う」と言う。何がまだ間に合うのか?
彼が本物の餓鬼になる猶予の事じゃないのか?
カジノの婆さんは勝った時、抱える様にチップを引き寄せる。
負けたジジイ王子は貴族の癖に相手を称賛するより、金の使い道を聞く。
もう自分の事しか考えられず、カジノという地獄で遊び続ける。
ライリーは最後の一勝負をしない。もう盗んだ金は返したから。
手持ちの金すら身に余る。そこで閉幕直前のフェスに向かい、
お焚き上げ台で金を焼く。餓鬼道に落ちてしまったであろうダオミンの為に、またはそこで苦しむ別の餓鬼の為に。
金なんて要らないってキレイ事を言うつもりはない。
でもどんなに贅沢しても満たされる事はない。
悪銭は身につかないどころか人を餓鬼に変えてしまう。
そうならない為に利他的な優しさが必要なんだ。
備忘録と備考
・冒頭に何度か投げ込まれる黄色い封筒、黄色い手袋は何?黄衣の王?
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読んでくれてありがと、ジュースがコーラが好きです。