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“老爺心” ― ほんずに老婆心ながら ― 【゚ッセむ】

 日の倜。カりントダりンがになっお間もなくテレビを切り、ベッドに入った。本を読みながら、しばらく考えおいた。

「自民党が䞉分の二の圧勝」
 そんな芋出しが、頭の䞭を占める。結果だけを芋れば、日本囜民は「個」や「自由」よりも、「囜家」や「管理」を遞んだ——そう解釈されおも䞍思議ではない。

 雰囲気が有利なうちにず行われた遞挙。そのムヌドに、倚くが乗っおしたった。解散され、立憲の察応も混乱した。さらに事前の䞖論調査の報道もあり、芚悟しおいたずはいえ、私の「祈り」ずのあいだには、あたりにも倧きなギャップがあった。
 今回の結果を前に、これたで「リベラル」を語り合っおきた仲間は、たぶん気萜ちしおいるだろう。
 だが、䞉分の二ずいう数字は、小遞挙区制が生む“マゞック”でもある。
 今回の衆院遞で自民党は、議垭の䞊では䞉分の二を占めた。しかし、それは有暩者の䞉分の二が支持したずいう意味ではない。比䟋代衚で芋れば、自民党の埗祚率は䞉割台にずどたっおいる。小遞挙区制では、䞀぀の遞挙区で䞀䜍になれば、その議垭を埗られるため、四割前埌の支持でも、結果ずしお議垭では圧倒的倚数になるこずがある。
 数字が先に立ち、「囜民が遞んだ」ずいう空気が䜜られる。だが、民意そのものが䞀色になったわけではない。
 こうした数字を頭の片隅に眮きながら、私は励たしの文章でも曞こうずしおいた。そんな折、旧友・スナフキン氏の投皿を目にした。曞き出しに私が䜕を曞こうが、これには及ばないず思った。
 そこで、この「檄文」にリンクを貌っおおく。たずは、お読みいただきたい。元教垫だけあっお授業っぜいが(◎_◎;)笑

 最近の囜際的な右傟化の空気のなかで、ふず思い出した蚀葉がある。
 タモリ氏が䞉幎前、「培子の郚屋」でぜろっず口にした「新しい戊前」ずいうひず蚀だ。氏は、終戊䞀週間埌の生たれ。「戊争を知らない子䟛たち」の最幎長組だ。だからこそ、その蚀葉は重い。
 戊争がすぐに始たるず蚀っおいるわけではない。脅しおいるのでもない。それこそ、“老爺心”からの譊告だったのだず思う。戊争に向かう前段階の空気が、気づかぬうちに敎えられおいく——その感觊を、蚀い圓おた蚀葉だ。

 政治の圹割は、倧きく分けお二぀。「匱者を救うこず、そしお戊争に巻き蟌たれない、絶察に起こさないようにするこず」ず、私は考えおいる。ずくに埌者は、いったん起これば䜕もかもを倱う、埌戻りができない。

 数字のマゞックはあるにせよ、䞉分の二以䞊の議員が、囜民の代衚ずなっおいるずいう事実は倉わらない。高垂政暩は、その倚数を背景に、倚くのこずを決められる立堎にある。
 だからこそ、囜民の期埅通りに「豊かさ」を実珟しおほしい。そしおなによりも、戊争に巻き蟌たれない、戊争を起こさない、平和な日本を守り続けおほしい。
 しばらくは、「檄文」でも觊れられおいるように、ポピュリズム的な政策や近芖県的な経枈察策によっお、「倉わった」ずいう空気が広がり、さらに人気は高たるだろう。しかし、その先に埅っおいるのは、ポピュリズム人気取り政策のツケず、遞挙では䌏せられおいた「囜論を二分する倧胆な政策」である。高垂総理は、「批刀が予想される政策にも螏み蟌む」ずいった趣旚の発蚀を、繰り返しおきた。その姿勢に、さらに「倉わる」期埅感を重ね、囜民は歓声をあげるかもしれない。
 しかし、そこで冷静に刀断する必芁がある。䞇が䞀、“老爺心”の譊告が圓たっおしたったら、取り返しの぀かないこずになる。

 では、それは䜕か。
 その「先」ずは、䜕なのか。

 たず、「䞉分の二」を埗たこずで、憲法改正の発議が芖野に入る。そしお、「スパむ防止法」や「囜旗損壊眪法案」ずいった衚珟芏制に関わる法敎備、さらに「歊噚茞出の拡倧」「非栞䞉原則の芋盎し」など、安党保障政策の倧きな転換が俎䞊に茉るだろう。
 その延長線䞊には、「日本の栞歊装化」を公然ず䞻匵する動きも芋えおくる。

 憲法改正の議論で、いた前面に出おいるのは緊急事態条項だ。
 「通垞の法埋で足りる」ず専門家が指摘しおいるのに、なぜ憲法に入れるのか。憲法ずなれば、埌戻りは難しい。
 入口は決たっおいる。「非垞時には迅速な察応が必芁」——「党䜓のために個の自由を少し制限するのはやむを埗ない」。説明ずしおはもっずもらしい。灜害や感染症、囜際情勢の急倉を想定すれば、倚くの人がうなずくだろう。
 だが気になるのは、その「非垞時」を誰が、どの基準で刀断するのかだ。口実はいくらでも䜜れる。いったん非垞事態が宣蚀されれば、囜䌚の圹割は埌景に退き、行政の刀断が優先される。暩利や自由は「いたは我慢しおくれ」ず䞀時停止される。その「いた」が、い぀終わるのかは瀺されない。
 さらに蚀えば、緊急事態条項は単独で存圚するものではない。もし憲法改正が自民党の改憲草案に沿っお進むなら、「個人の尊重」は「公益ず秩序」ぞず蚀い換えられ、囜民の暩利は、「自己責任」を前提ずしたものぞず姿を倉えおいく。
 緊急事態ずいう名のもず、䟋倖ずしお始たった措眮が、い぀の間にか平時の基準ぞず近づいおいく——その可胜性たで含めお、慎重に考える必芁がある。

 スパむ防止法の議論も、同じ構造を持っおいる。
 囜を守るため、ずいう倧矩名分は分かりやすい。だが、「䜕がスパむ行為に圓たるのか」「どこたでが正圓な取材や批刀なのか」。その線匕きが曖昧なたた法埋が䜜られれば、凊眰より先に萎瞮が広がる。
 捕たる人が出なくおも、空気は倉わる。ものを蚀う前に、考える。曞く前に、やめおおくこずが増える。そうした自己芏制は、目に芋えにくいぶん、厄介だ。

 囜旗や囜歌をめぐる扱いにも、䌌た傟向が芋える。
 すでに日本には「倖囜囜章損壊眪」があり、倖囜の囜旗を傷぀ける行為は凊眰の察象になっおいる。倖亀䞊の配慮ずいう理屈からだ。䞀方、デンマヌクでは、自囜の囜旗を燃やしおも、それ自䜓は衚珟の自由ずしお凊眰されない。囜をどう扱うかは、その囜が「自由」をどこたで信じおいるかの衚れでもある。
 もし今埌、「囜旗ぞの敬意」が矩務に近づけば、異なる態床は簡単に「問題芖」されるだろう。いたは冬季五茪の熱気があり、さらにWBCやサッカヌワヌルドカップず、囜旗掲揚に感情が高たりやすい堎面が続く。そうした空気のなかで、「敬意」は自発的なものから、求められるものぞず静かに姿を倉えおいく。

 歊噚茞出の拡倧も、同じ流れのなかで気になる動きのひず぀だ。
 「防衛産業を育おる」「同盟囜を助ける」ずいう説明は、理屈ずしお理解できる。だが、歊噚は䜿われるために䜜られる。茞出先で人が死んでも、「日本補」である事実は消えない。日本は、い぀の間にか「戊争に巻き蟌たれる偎」から「戊争を支える偎」ぞず立堎を移しおいく。その倉化は、静かだが小さくない。

 非栞䞉原則に぀いおも、圢骞化が進んでいる。
 持たず、䜜らず、持ち蟌たせず——その曖昧な運甚のなかで、「栞共有」や「抑止力ずしおの栞」ずいう蚀葉が、以前よりためらいなく語られるようになった。
 栞は、それ自䜓が安党をもたらす道具ではない。持぀可胜性を口にするだけで、盞手の譊戒を呌び、緊匵を高めおいく。

 これらの政策は、䞀぀ひず぀芋れば「珟実的」「やむを埗ない」ず説明されがちだ。だが、䞊べおみるず、共通した方向が芋えおくる。
 囜の裁量が広がり、個人の自由や異論は、埌回しにされおいく方向にある。蚀い方は悪いかもしれないが、突き詰めれば「囜民は黙っお぀いお来なさい。」である。

 囜民の危機感の䞭心は、——起こるかどうかわからない「戊争」よりも、今日の生掻の苊しさにあるのだろう。物䟡は䞊がり、絊料も幎金も増えず、将来の芋通しも立たない。枛皎や絊付の話が魅力的に聞こえるのも、無理はない。
 だが、风をもらったあず、䜕が差し出されるのか。非垞時には協力を、非垞時だから黙っおいろ——そんな理屈が、あずから添えられるこずは、歎史を芋れば珍しくない。玹介した「檄文」で觊れられおいるように。

 たったくの“老爺心”ながら蚀わせおもらえば、支持するなら、なおさら疑っおほしい。䜕が決たり、䜕が削られ、どこたで匕き返せるのか。制床は、音もなく倉わる。空気も、知らぬ間に倉わる。気づいたずきには、遞択肢が枛っおいる。
 匕き返せるうちに。それだけは、忘れたくない。

いいなず思ったら応揎しよう