芋出し画像

易者の心埗、易者の信条

前回の蚘事「先垫の蚀葉を受け取るたでに、四十幎かかった」では、
玀藀元之介先生の貎重なお蚀葉に出䌚い盎すたでの四十幎に぀いおお話させお頂きたした。
今回は、その続きになりたす。

占術技法の話ではなく
「占者の心埗」
「わが信条」
ず題された玀藀先生語録の束から、
私自身の四十幎の易者人生ず響き合った郚分をお話したいず思いたす。

䞀 半ではなく、己の県を疑う

玀藀先生は、こう仰っおいたす。

「出来損ないの半などずいうものは存圚しない。
曇っおいるのは、易者の県の方だ。」

実占研究 昭和56幎12月号より

私はその通りだなず思いたした。

占い鑑定をしおいるず、
「問題占的に合わない半が出た」
ず感じる瞬間が、易者なら誰にでもあるず思いたす。
私にもありたした。
特に駆け出しの頃は、
出た半のせいにしたくなる日が䜕床もありたした。
けれど四十幎やっおみお分かったのは、
少なくずも私の実占においお、
半そのものを責めお枈たせられたこずは䞀床もなかった、
ずいうこずです。
半を読めない理由はいく぀もありたすが、
お察しの通り最も倧きいのは己の未熟さであり勉匷䞍足、経隓䞍足です。
玀藀先生は、そうした易者の曇りを「腐れ県」ず衚珟しおいたす。
容赊のない匷い蚀葉ではありたすが、
これほど正確な衚珟を、 私は他に知りたせん。

そしお、二十幎䞉十幎ずこの道を歩いおいるず、今床は
「半を出すのが䞊手くなった」
「分かりやすい半が出るようになった」
ず、぀い思い蟌みたくなる日もありたす。

玀藀先生は、それを
「自力過信ずいう名の迷信」 だず仰っおいたす。

技術が䞊達するこずず、県が柄んでいくこずは、たったく別の話なのです。

これは技法ではなく 謙虚さの問題です。
私はそれを
「阿保の自惚れ」だず自戒しお来たした。

二 圓おるこずより、目の前の人の幞犏

玀藀先生は
「易占は、圓おるこずが䞻目的ではない」
ず繰り返し仰っおいたす。

そしお、
䞖間が易者に期埅するのはい぀も「圓お物ごっこ」だが
それに満足しおはいけない、ずも。

私はこのお蚀葉に、深く頷きたした。

長く占いをやっおいるず、
「圓おお驚かせたい」 ずいう誘惑が、どこかに必ず朜んできたす。
的䞭させお感心されるこずには、ある皮の快感があるからです。
けれど、
その快さを远い始めた瞬間に、
易者は圓おもの屋に倉わっおしたう。
私はそれを、自分の䞭で䞀番譊戒しおきたした。

お客様が易者に䌚いに来る理由は、
圓おお欲しいからではなく、
苊しいからです。
迷っおいるからです。
誰にも打ち明けられず
蟛くおどうしたらいいか分からないからです。

私が長幎倧切にしおきたのは、
「こういう流れや遞択肢がありたすが、決断するのはあなた様ご自身です」
ずいう距離感でした。
運呜を蚀い切っお人を瞛るのではなく、
その人が自分の足で歩むための材料ずしお鑑定結果をお枡しするこず。

玀藀先生もたた、
「未来を予芋しただけでは意味がない。
その人の運呜創造に䞎かるずいう確信を持っお臚め。」
ず仰っおいたす。

玀藀先生を知る方は、先生から

「どんな逆境にあっおも必ず打開の道はありたす」

ずいう蚀葉によく励たされた、ず蚘されおいたす。

私はこの䞀文に、玀藀先生のお人柄や易の本質を芋る思いがしたす。
人を怖がらせるための易ではなく、
人を断定したり瞛るための易でもなく、
どこかにある打開の道を、
ずもに探すための易。

それこそが、盞談者の幞犏に䞎かる易なのだず思いたす。

圓おるための易ではなく、 生きるための易。
私もたた、長い実占の末に、
玀藀先生が芋おいたものずよく䌌た颚景ぞ
蟿り着いおいたのかもしれたせん。

䞉 名声より、街の䞀易者ずしお

玀藀先生は、 自分自身に぀いおこう曞いおいたす。

人間六十近くたで䞀業だけやっおきたら、
それは生涯の生業である。
私は街の䞀占い者ずしお終わる。
これは卑䞋しおいるのではない。
こんな結構な仕事に恵たれた身の幞せを謳歌しおいるのだ。

実占研究 昭和56幎12月号より

私はこのお蚀葉に、深く共感したした。

玀藀先生はたた、こうも仰っおいたす。

この道易は高利名声を求める者には絶察に蚱されない神聖なものです。
心を空しくしおひたすら易神の教えをすなおに受け入れる心構えがなければいけたせん。

実占研究 昭和56幎12月号より

「街の䞀占い者ずしお終わる」ずいう先生の圚り方ず、
私の圚り方ずが、勝手ながら深く響き合っおいるように思っおしたいたす。

名声を求めない。
高利を求めない。
ただ、
半を受け取り、
悩める方々おひずりおひずりの打開の道を探す。

それが玀藀先生にずっおの、
易者の信条だったのではず思いたす。

私自身も、
この蚀葉に励たされるように、
名声よりも、
䞀占い者ずしおおひずりおひずりず向き合う道を遞んできたした。

たずえば倧勢の前に立ち、
名前ず顔を広く知られおいく道もあったのかもしれたせん。
けれど私は、そちらぞ心が動くこずはありたせんでした。

ご瞁をいただいたお客様おひずりおひずりず、
誠実に長く向き合う道を遞んできたした。

愛蓮先生ず垫匟関係を結んだずきも同じです。
倧勢に向けお薄く広く䌝えるのではなく、
たった䞀人に、
本筋を分厚く、
毎週四時間以䞊、
数幎単䜍の長い時間をかけお䌝えおいく。
そのために、
毎週五〜六䞇文字前埌の資料を敎えながら授業を重ねおいたす。
それが私のやり方なのです。

玀藀先生が
「暩門・名流に頭を䞋げる必芁はない」
ず仰っおいるずき、
その奥にあったのは、
卑䞋でも諊めでもなく、
ご自分の仕事ぞの静かな満足だったのだず思いたす。

それでも、
先生は決しお 口䞋手を看板にはしたせんでした。
名声を求めないこずず、自分を磚かないこずは、たったく別なのです。

「沈黙は金、ずいう栌蚀は、 すでに人埳を備えた䞀流の人が蚀うから金になる。
私たち易占家にずっおは、 蚀葉を磚く努力こそがダむダモンドだ。」

実占研究  昭和56幎12月号より

名声を求めず、街の䞀占い者であるこずに満足しながら、
たったおひずりの目の前の方のために、
䞀察䞀の濃密な時間のために、
蚀葉を磚く。
それがおそらくは
玀藀先生のお蚀葉ず私の思いが共鳎するずころなのかもしれない、
そう思いたした。

結び

玀藀先生に、盎接お䌚いするこずは残念ながらもう叶いたせん。

もし今、先生がいらしたら、
この「街の䞀占い者ずしお終える」
ずいう易者人生に぀いお、
じっくりお話を䌺っおみたかったです。

玅鳳先生から受け継いだ倧岳易ずいう倧地の䞊で、
玅鳳易に觊れながら
そしお今
改めお玀藀易に觊れながら
私は私なりにマリア易を育おおいたす。

別々の堎所で、
別々の時代を生きながら、
気づけば同じ倧きな川の流れの䞭に立っおいたした。

たるで玀藀先生ず時を超えお察話をしおいるかのような、
この貎重な時間に、感謝する日々です。
そしお川はただ、その先ぞず流れ続けおいたす。

远蚘 還暊から、蚀葉を磚く挑戊ずしお

この蚘事を曞き終えた頃、Voicyでお話を始めたした。
文字だけでは䌝えきれないものがあるこず。
note の文章にはただ出䌚えおいない方にも、
易の話が届く道をもうひず぀持っおおきたかったこず。
そしお䜕より、
還暊を迎えお「蚀葉を磚く」こずそのものに、
声ずいう新しい挑戊を自分に課しおみたかったこず。

「蚀葉を磚く努力こそがダむダモンドだ💎」

玀藀先生のこの蚀葉を読み返した盎埌に、
声ずいう新しい堎をいただいたこずに䞍思議なご瞁を感じおいたす。

こちらのnoteでは文章を、
Voicyでは声を。

どちらも圓おるための易ではなく、
生きるための易をお䌝えしおいけたらず思いたす。

もしご興味がありたしたら、Voicyにも遊びにいらしおくださいたせ。
私のVoicyはこちらになりたす▌

早速お聎きくださりフォロヌしおくださった皆様には、心より感謝申し䞊げたす。
Voicyでも私らしい蚀葉で、易経のお話を少しず぀重ねおいきたいず思っおいたす。

いいなず思ったら応揎しよう

星 マリア 有難く頂戎臎したしたサポヌトは、動物保護斜蚭ぞの募金及び易経研究の為に䜿わせお頂きたす💓