昭和から続く中小企業の社長のデスクに眠る、あの三菱マークの真実。
昭和から続く中小企業の社長のデスクの引き出しの奥で静かに息を潜めている「あのペン」について。
最近僕が惚れ込んでいる、知る人ぞ知る水性ボールペンのマスターピース、uni-ball(UB-155)。
ユニボールワン、ユニボールゼントなど、最近「uni」がチャラチャラしてるし、「ボールペンといえばジェットストリームだろ」というマジョリティに抗っていこうと思います。
現代の文房具界隈を見渡しますと、洗練されたミニマルでフラットなデザインが全盛を誇っております。令和デザインっていうらしいですね、スタイリッシュでよきよき。
でもね、僕は80年代〜90年代の空気感を纏ったデザインがスキなんですよ。カシオみたいな、ムダに機能を刻印しちゃうアレね。五月蝿いのがいいのよ。
アラームクロノ、リチウム、ウォーターレジストなどなど、スペック厨にはたまらんのです。
そのうえで、僕のUB-155を見てごらん。

そこには、現代のuniには絶滅危惧種となりつつある「スリーダイヤ」マーク。絶妙な渋みを醸し出す「耐水性」フォント。剥がせないバーコード。金属のクリップに刻印された「Super Ink」、軸に印刷された「MITSUBISHI」の印字。
実は三菱鉛筆の長い歴史の中には、この誇り高き「MITSUBISHI」ロゴとスリーダイヤを今なお、輝かせている名作たちが存在します。
鉛筆「hi-uni(ハイユニ)」/「uni(ユニ)」 軸に金文字で「MITSUBISHI」「ESTABLISHED 1887」の刻印とスリーダイヤが君臨する、まさに日本の鉛筆の最高峰。
昭和レトロの逸品「BOXY 100」 スーパーカー消しゴムを弾くための相棒として一世を風靡したあの黒軸ボールペン。側面にしっかりと「MITSUBISHI PENCIL」の印字が。
製図用シャープ「M5552」 プロの現場を支え続ける無骨な製図用シャープ。クリップ下部にさりげなく刻まれた「MITSUBISHI」の文字が、道具としての信頼感を物語ります。
色鉛筆「880」 誰もが一度は学校や家庭で手にしたことがあるであろう缶入りの色鉛筆。鉛筆一本一本の軸に、伝統のスリーダイヤが誇らしげに並んでいます。
さて、この「MITSUBISHI」の英字とスリーダイヤマーク。
多くの方は、あの三菱重工や三菱UFJ銀行、三菱商事と同じ、日本を代表する巨大財閥『三菱グループ』の文具部門ですね、と思い込まれているのではないでしょうか。
違・う・よ。
実は「三菱鉛筆株式会社」は、いわゆる旧三菱財閥系企業とは、資本も歴史的経緯も一切関係ない、完全に独立した会社なのです。
「えっ、じゃあマークはパクリなの?」
そんな声が聞こえてきそうですが、事実はさらに衝撃的。
三菱鉛筆の前身である「眞崎鉛筆製造所」が創業したのは1887年(明治20年)。
その後、1901年に通信省(現在の日本郵政やNTT等の前身)へ納入する初の国産鉛筆を完成させました。
その記念すべき鉛筆の軸に打たれた商標こそが、「スリーダイヤ」だったのです。
眞崎家の家紋である「三つ鱗(うろこ)」と、納入局である通信省のマークなどをモチーフに考案され、1903年(明治36年)に正式に商標登録されました。
旧三菱財閥が「スリーダイヤ」を商標登録したのは、1914年(大正3年)のこと。
つまり、三菱鉛筆の方が11年も早くスリーダイヤを掲げていたのです。
戦後、GHQによる財閥解体の波が押し寄せた際、三菱グループと間違えられた三菱鉛筆は「ロゴと社名の変更」を迫られるという絶体絶命の危機に直面しました。
しかし、当時の経営陣は「我が社のスリーダイヤの方が歴史的に古い」と正当性を証明し、見事にこの伝統のマークを守り抜いたという胸熱なドラマが存在いたします。
たかが1本のボールペン。
しかし、UB-155の軸に刻まれた「MITSUBISHI」の刻印を眺める時、そこには単なる筆記具を超えた「伝統を守り抜いてきた職人とメーカーの誇り」が宿っているように思えてならないのです。
令和の時代にあって、昭和・平成の匂いをそのままに残すUB-155。
マジでエモくないですか?
お世話になっております。プロ道楽師のまるこフランキーと申します。
雑事にいちいちロマンを見出しては、11歳年上の妻に嗜められる風流な日常を過ごしながら、無邪気すぎる探究の記録を書き散らしております。
世の中の「生産性」や「効率」にお疲れのみなさま。大人になった今だからこそ、くだらないことに全力でニヤニヤしてみませんか。
引き続きよろしくお願いいたします。
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