#19 妹家族が青島へ遊びに来てくれた話
中国へ来て半年ほどが経った年末。
日本から妹家族が遊びに来てくれた。
当時は、年末にもかかわらず山東航空で往復3万円ほどの航空券があり、日本から青島へも意外と来やすかった。
ただ、後から聞いた話では、このフライトがなかなか大変だったらしい。
山東航空は日系の航空会社とは違い、飛行機に乗った瞬間から乗客も乗務員もほぼ中国人。
機内では日本語は一切通じず、英語でお願いしても伝わらなかったそうだ。機内食の希望を伝えるのも一苦労で、「なんとなく雰囲気で乗り切った」と言っていた。
さらに青島空港に到着してからも、日本人の姿は見当たらず、入国書類の記入にも戸惑ったらしい。
そんな中、たまたま近くにいた日本語の話せる中国人の方が親切に教えてくれて、なんとか無事に入国できたとのことだった。
そんな大変な思いをして到着した妹家族を、空港まで迎えに行った。無事到着できるか心配していたが、顔を見た瞬間お互いに安堵した。
今回、妹たちにはホテルは取らずに我が家に泊まってもらうことにした。
妹の家には、娘と同い年の女の子と、その2つ上のお兄ちゃんがいる。久しぶりに会う家族に、子どもたちはもちろん、私も大興奮だった。
家に着くなり、妹たちはマンションの大きさにびっくり。30階建てのマンションが何棟も並ぶ景色や、広い部屋、日本のテレビが見られることなどに驚いていた。
そして何より驚いていたのが、中国北部ならではの「暖气(ヌアンチー)」だった。
外は凍えるように寒いのに、部屋の中は半袖で過ごせるほど暖かい。子供たちはすぐにシャツ一枚になって走り回っていた。
せっかく青島まで来てくれたので、いろいろな場所を案内したかったけど、今みたいに気軽に情報を調べられる時代ではない。
大众点评や小红书も知らなかった頃、私が案内できたのは、日本人の友人たちから教えてもらった美味しいお店や、おすすめの場所くらいだった。

青島ビール博物館へ行って出来立てのビールの美味しさに感動したり、海底捞の賑やかでお節介なほどの接客に圧倒されたり、みんなで近くの海沿いを散歩したり。
それが私なりの青島観光だった。
移動も少し大変だった。
子どもが4人いるとタクシー1台には乗れず、かと言って見知らぬ場所で2台に分かれる勇気もない。
結局、冷え込む街中を公共バスを乗り継いで移動した。
冬の青島の街はとても寒かったけれど、それも今ではいい思い出だ。
観光ももちろん楽しかった。
でも一番嬉しかったのは、家で過ごす時間だった。
子どもたちが一緒に遊んで、大人はおしゃべりをして、ご飯を食べる。
日本にいた頃と変わらない、何気ない時間。
中国では毎日が新しいことの連続で、知らず知らずのうちに気を張って生活していたのだと思う。
家族が来てくれた数日間だけは、その緊張がふっとほどけた。
海外で暮らして初めて気付いた。
遠く離れていても、家族が来てくれるだけで、そこが少しだけ「日本」になるんだな、と。
