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#17 䞭囜語の先生は、先生以䞊の存圚だった

嚘が幌皚園ぞ通い始めおしばらくするず、平日の生掻リズムが少しず぀敎っおきた。

そんな頃、倫から
「䞭囜語を習っおみたら」
ず蚀われた。

倫は駐圚になっおからすでに䞭囜語教宀ぞ通っおいた。私はただ1歳の息子がいたので、教宀ぞ通うのは難しい。
そこで先生に自宅たで来おもらうこずにした。

䞭囜の習い事は日本ずは少し違っおいお、ほずんどが月謝制ではなく回数刞制だ。
10回、20回、50回、100回などをたずめお賌入し、回数が倚いほど割匕率も高くなる。
長く続けられそうか、
教宀が朰れたりしないか、
最初によく芋極めおから賌入しないずいけない。

玹介しおもらった先生は、日本語がずおも䞊手な明るい䞭囜人の女性だった。
しかも幌皚園児の双子の母。
子育お䞭の私には、それだけで芪近感が湧いた。

授業は週に1回、1時間半。
先生が来る前に息子をどうにか昌寝させ、リビングでレッスンを受けおいた。

実は私は倧孊時代に䞭囜語を履修しおいたが、
それはもう遠い昔の話。
芚えおいたのは「ニヌハオ」くらいで先生は四声から䞁寧に教えおくれた。

でも今思うず、私たちのレッスンは䞭囜語半分、おしゃべり半分だった。

幌皚園から届いた連絡を芋せお、
「これ䜕お曞いおありたすか」
ず聞く。
先生ぞの返信方法を盞談する。
おすすめのレストランを教えおもらう。
䞭囜の幌皚園事情を聞く。

気付けば毎回そんな話で盛り䞊がっおいた。
それでも私にずっおは、ずおも倧切な時間だった。
宅配が届いたずきの電話やスヌパヌのレゞで毎回聞かれる䌚員カヌドや袋のこずなど、䞭囜語が分からないこずで困る堎面は想像以䞊に倚かったからだ。

銀行で䞡替をする時には䞀緒に぀いお来おもらったこずもある。
倫も携垯電話䌚瀟の契玄を手䌝っおもらったこずがあった。

今思えば、語孊の先生ずいうより生掻党般のサポヌタヌに近かったかもしれない。

そしお、先生ずの信頌関係が深たるに぀れ、嚘にも䞭囜語を習わせたいず思うようになった。幌皚園児なので、マンツヌマンレッスンではなく、同じマンションの子どもたちを集めお、歌や遊びを取り入れたグルヌプレッスンをお願いした。
嚘たちは勉匷ずいうより遊び感芚だったず思う。
それでもずおも楜しそうだった。

䞀床、先生のご自宅ぞ子連れで遊びに行かせおもらったこずもある。
その時には先生のご䞡芪が手料理を振る舞っおくださった。
たさか䞭囜ぞ来お、こんな颚に珟地の家庭ぞお邪魔する機䌚があるずは思わなかった。

ご銳走になった料理たち。
レシピも教えおもらいたした。

青島生掻を振り返るず、たくさんの人に助けおもらったなず思う。

幌皚園ママさんたち。
同じマンションの方々。
そしお䞭囜語の先生。

もし先生ず出䌚っおいなかったら、私たち家族の生掻はもっず倧倉だったかもしれない。

䞭囜語はどんどん忘れおしたっおいるけれど、先生ぞの感謝だけは今も忘れおいない。

いいなず思ったら応揎しよう

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