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読了|地球儀|牧野信一|シイゼエボオイにスピンスピン|2013年 センター試験で多くの受験生の目を回した作品|フェアヘイブンはジョン万次郎ゆかりの地

空き時間は読書に全振りしたい、まほろです。

今回は、牧野信一さんの『地球儀』の感想です。

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牧野信一『地球儀』1923

2013年のセンター試験に、小林秀雄さんの『鐔』とともに出題された作品です。

数年前の青空文庫ブーム、牧野信一ブームの時に読んだ記憶があるので、再読です。4月末に読んで、感想を書くために再度読みました。

余談ですが、小林秀雄さんは青空文庫化されていません。されていてもおかしくなさそうなのに!

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おじいさんの17年法要のために帰った、小田原の実家での話。しかも2ヶ月ぶりの帰省とのことで、そんなに時間が空いていたわけでもなく…。

お父さんも帰ってくる予定が、帰って来ず。

牧野父は牧野さんが子どもの頃にはアメリカにいて、今は放蕩生活を送っているらしい様子が、牧野母との会話から、読み取れます。

お母さんも愛想を尽かしている様子。

牧野さんと牧野母の関係も、あまりよいとはいえない雰囲気です。険悪とまではいかないまでも。

そんな折、牧の母が3尺(90cm)ほどある地球儀の箱を、邪魔だと話すことから、過去に牧野さんが書いた短編の内容が繰り広げられます。

それは、祖父が健在で、牧野さんがまだ子どもの頃の地球儀にまつわる回想。

牧野父がアメリカにいる時、日本の牧野家では、牧野さんが母に英語を教えてもらっていました。

シイゼエボオイ・エンドゼエガアル。

なんやそれー、どんな英語やー!

と、思って調べてみたところ、

See the boy, and the girl.

ではないか、との情報を見つけました。

ふむ。

まあでも、牧野さんが生まれたのって1896年のことで、さらに作品内で「彼はこの年の春から尋常一年生になるはずだった」と言及されています。

尋常小学校というのは、1886年から1941年まで存在していた日本の初等教育期間で、1941年に国民学校初等科に、1947年には小学校になりました。

名前の通りですが、今の小学校の前身ですね。

当時も入学年齢は6〜7歳。6歳と考えても、この回想は1902年頃。その時代に、6歳で実母から英語を習っていた子どもがどれだけいたことか。

さらに父親がアメリカにいるなんて、相当珍しかったのでは?そうでもないのか?ちょっとそのあたりはわかりませんが、大学に行くことも既定路線な感じの会話も出てきており、かなり教育水準の高いご家庭であったことがうかがわれます。

お母さんも相当な才女だと思われる。そんな母と子を置いて、アメリカに旅立つ父。

牧野父がアメリカに旅立ったのは、1897年、牧野さんが1歳にもならない時で、以降10年をアメリカで過ごしたらしい。自由奔放か…!

当時の小田原では、アメリカへの移民熱が盛んだったそうですが、牧野母とのソリも合わなかったらしいし、

作中で父が渡米し、長らく外国へいた件について叔父に尋ねた回答で「このお祖父さんとだね、いろいろな衝突もあったし……」との言葉もある通り、祖父(おそらく牧野父の実父)との折り合いもよくはなかったことも、におわされています。

母は尋常小学校の準訓導(正教員ではないけど、先生に違いない)だったそうで、やはり才女でした。

そんな複雑な家庭背景を持つ牧野さんですが、ご本人は祖父母の溺愛の元で育ったそうで、ちょっと安心しました。兄弟は弟さんがいた様子。

というわけで、長くなりましたけど、アメリカにいるお父さんに会いたいという気持ちもあり、幼少期から英語を学ぶ習慣があったんですね。

お祖父さんは、長男がアメリカにいること、どこにいるかを確かめるために、地球儀を買って、毎晩のように地球儀を囲んだ団欒があったようで、息子に対する愛情は深かったように思われます。

牧野父がいた場所は「へーヤーヘブン」と書かれていますが、ネットによるとマサチューセッツ州のフェアヘイブンのことだと思われるとのこと。

フェアヘイブンと言えば、ジョン万次郎さんとの結びつきの強い土地で、毎年10月には、高知県土佐清水市と交互に、ジョン万次郎をたたえるジョン万祭りが開催されるとのこと。

そのあたりも牧野父が、渡航先を選んだ理由になっているのかいないのか、そのあたりは不明ですが、ジョン万次郎がアメリカに渡航したのが1843年、日本への帰国が1851年なので、あり得なくはなさそうだし、なによりロマンがある…!!

牧野父が渡航したのが1897年ですからね。

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と、全然話の内容とは離れましたが、そんな背景情報のある、回想短編なのでした。

牧野信一の作品を読むには、彼の生い立ち(特に父との関係)を把握しておくのは、割と重要です。

知らなくても楽しめますけどね…!

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家族団欒の際のお祖父さんの「どこまでも穴を掘って行ったらしまいにはアメリカへ突き抜けてしまうわけだね」という言葉には、思わずサバンナ八木のブラジルギャグを連想させられました。

古き良き日本人の感覚が込められていたんだ。

絶対違うけど、八木さんが牧野信一を読んでいないなんて、だれにもわからないですよね…!!

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あと、地球儀の球だけを取り外して祖父に怒られたのを思い出したくだりで書かれた「江川の玉乗りの真似」というのは、わからなかった。

江川という川沿いに芸をする人がいたのか(小田原周辺の地理に明るくないので不明、そういう川はなさそうな予感)、江川という芸人がいたのか。

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そして、短編は退屈になって終わっちゃって、今に戻り、翌日親戚が集まる中、隣の部屋で母と叔父が自分の話をしているのを聞いたり。

父の代わりにしどろもどろの挨拶(自分のセルフツッコミ付き)をしたりするくだりが描かれる。

作内短編もメインコンテンツではあると思いますが、ここも見どころの一つだと思います。

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おそらくですが、家庭内のことを赤裸々に書くこと自体が割とタブーだった時代なのでは?と思ったりしますが、だからこそ、赤裸々に書いた人たちの作品が残っているのかなとも思います。

これまで牧野さんに対しては、特に自然主義という印象は持っていなかったのですが、改めて色々と作品を読んでみると、割と自然主義的な作品があるんだなと感じます。

年代的にもまさにそんな感じですしね…!

牧野さんのWikipediaに書いてある、堀切直人さんの牧野評が、まさにそんな感じ…!

なので、気になる方はぜひ読んでみてください。

文豪たちのWikipediaは、出てくる人が豪華なのでとても面白いです。(↓これは再掲です)

このWikipediaも面白い(日本の項目)。

自然主義も一時期ちょこっとハマりました。

私の中では牧野信一さんは、割と上品な人の部類だったのですが、今回の牧野信一ブームで色々読むうちに新たな一面を発掘しています。

上品だからこそ、露悪的に振れてる感じもしますけどね…そういうところも好きなのです。

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終わり方は、なんじゃそれーです。

こういう終わり方は牧野信一作品あるあるです。

この作品は、青空文庫マニアからすると、かなり読みやすいです。これはもう慣れです。

この時代の作品をたくさん読んだら慣れます。

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牧野信一『地球儀』1923

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前回の記事です。


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