読了|思ひ出す牧野信一|中原中也|谷丹三経由で出会った集会、自宅での人となり|大きくガッテンガッテンする姿
空き時間は読書に全振りしたい、まほろです。
先ほど、中原中也さんの『我が詩観』の感想を書いたので、その一つ前に読んだ『思ひ出す牧野信一』の感想も書いておきたいと思います。
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中原中也『思ひ出す牧野信一』1936
中原中也さんの文章に初めて触れた作品。
牧野作品をとりあえず10作読んだ記念に、当初から読みたいと思っていた追悼文を読もうと思い、手に取った作品です。坂口安吾さんの追悼文と迷ったけど、なんとなくこっちにしました。
(坂口安吾さんは読んだことがあるし…)
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牧野さんの自殺についての所感、自殺そのものに対するコメント、牧野さんの作品についての所管に続き、初めて会った時と、その次に会った時の様子がかなり丁寧に描かれています。
あの頃のものよりも、それから暫く後に書いた、水車小屋や壁に凭れて月の明かりで手紙を読む短編なぞの方が、遙かに牧野さんらしいものであると思はれる。
頼むから、その短編のタイトルも記しておいてほしかったよ…!絶対探し出したい…!
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初めて会ったのは、同人雑誌の相談で、西銀座の「きゆぺる」というお店の2階に20人ほどが集まった集会でのこと。名刺を渡す程度の関わり。
そして2回目は文学青年4人で、タクシーでの道すがら、同乗の一人がお花屋さんで買ったケシの花を1人1本ずつ配り、それを持って、先輩である牧野さんの自宅を訪ねるという出来事の回想です。
なんかとてもお洒落で乙な演出だけど、洒落すぎてて滑ってないか少し心配になるレベル…。
到着後の描写で特にお花について言及されることはなく、一字も書いていない原稿用紙を前に座っている牧野さんの姿が描かれます。
後輩が突然押し寄せてきても嫌がる顔ひとつ見せず、外に飲みに行くのはしたいようなしたくないような煮え切らない態度で、子供を起こしたくないためにした二階に行こうという提案は反故にされ、小声で話す後輩たちに囲まれて、少し退屈そうな、でも帰ってほしそうでもない、全体的に線が細い、というより緩い印象の牧野さん。
そして、それを黙って見つめる中原中也さん。
言葉は交わさなくても、牧野さんの存在から多くを受け取っていたからこそ、こんなに豊かな追悼文が書けるのかなと思ったりしました。
ただ牧野さんを見つめる中原中也の静かで柔らかくでも鋭い観察眼だけがそこにあるという感じ。
とってもよい…!
なので、もっと中原中也の作品、文章を読んでみたいと思い、次の『我が詩観』を読みました。
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そして、どちらの会合の折にもその場にいて、牧野信一と中原中也をつないだのは、谷丹三さん。
谷丹三作品はほとんど世に出ていませんが、坂口安吾さんが、彼について書いた作品があります。
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坂口安吾『谷丹三の静かな小説 ——あはせて・人生は甘美であるといふ話——』
必ず読みたい。
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谷丹三『人生は甘美である: 谷丹三作品集』2022/05
★紙の本のみ、Kindle版なし。
割と最近出版された作品集もあります。
牧野信一さんを師と仰いでいた方のようです。
こちらもぜひ読んでみたい。
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中原中也『思ひ出す牧野信一』1936
2006年、青空文庫12作目の読了です。
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