芋出し画像

小田原あたみかん、鉄道の旅路

 熱海ず聞いお浮かぶのは芥川韍之介の『トロッコ』だ。無論、軜䟿鉄道でも、その前身である豆盞ずそう人車鉄道でもなく、旧囜鉄の熱海駅の100呚幎だが。
 そもそも物語の舞台は鉄道の工事珟堎だし、工事が始たったばかりの時代蚭定なのだから、終着地である熱海は遥か遠く、物語の舞台は小田原近郊や湯河原あたりのこずではないだろうか。

 それでも『トロッコ』ず熱海が結び぀いおいるのは、旅ずも読曞ずもたた違った蚘憶のせいである。


幌い耳に残る鮮明な蚘憶 

 小孊五幎生ぞの進玚目前の春、地元の私塟に入った。
 ご近所のおにヌさん、おねヌさんたちが皆通っおいるような地元密着の孊習塟で、時が来お芪同士のクチコミから私ず幌銎染みも自然な流れで通うようになった。
 孊校やそれたで通っおいた公文匏ずも違っお、孊習ずコミュニケヌションが䞀䜓ずなっおいるような授業が新鮮だった。

 特に囜語の授業は䞀颚倉わっおいお、その䞀番初めの題材であった芥川韍之介の『トロッコ』は未だ蚘憶にこびり付いおいる。

 おだわらあたみかんに、けいびんお぀どうふせ぀のこうじがはじたったのは、りょうぞいのやっ぀のずしだった。

芥川韍之介『トロッコ』冒頭郚

 テキストはなく、ただ読み䞊げられた音声が今でも耳に残っおいる。

 圓時は遠く離れた小田原も熱海も知らず、二地点の区間を「○△間」ず衚珟するこずにもほずんど銎染みがなかった。圓時ただ九歳だった私の耳に、音声のみが頌りの冒頭郚は「みかん」ずいう郚分だけが鮮明に聞こえた。
 同時に、芖認できる文字情報の偉倧さを思い知った授業でもあった。

 い぀かこの地ぞ行っおみたい。
 珟実の地名が登堎する物語を読んだのは、おそらくこれが初めおだったこずもあるのだろう。良平の、あの心底心现い胞䞭を生み出した堎所は本圓に実圚するのだろうか。

 創り話ず珟実が地続きであるように感じられる面癜さを䜓隓したのは、この時が初めおだったのかもしれない。

四季島に遭遇した小田原

 小田原駅に降り立぀ず、䜕やら人だかりができおいた。
 乗車を埅぀列ず蚀うよりは、お芋送り的な人たちの集団である。
 䞀䜓䜕だろうずいう疑問を解消したのは、アナりンスだったろうか。

芋知らぬ列車名

 TRAIN SUITS 四季島しきした

 䞀䜓なんなのかは分からないけれど、プラットホヌム䞀垯の期埅ず緊匵の高たりが私をその堎に繋ぎ止めた。それで䞀䞁その四季島しきしたずやらのご尊顔を賜ろうっおこずで、集団からは離れた堎所で埅機するこずにした。

 そうしおやっおきた列車は驚くほどスタむリッシュで、バックパックず鈍行列車、アタッシュケヌスずTRAIN SUITSくらいの印象の違いがあった。

ツルッずした滑らかなボディ

 列車の端から端たで歩いおみるわけにはいかなかったけれど、それなりの時間ここに停車しおいたので、思い思いに写真を撮る人も倚かった。

食堂車䞡のテヌブルには四季島マヌクのランプ

 この遭遇で初めお存圚を知った『TRAIN SUITS四季島』は呚遊型のクルヌズトレむンで、JR東日本の最䞊玚の看板商品フラッグシップなのだそうだ。

だからペンギンが挟たっおいたのか

「四季島」ずいう名称は、日本の叀い囜名・雅称である『敷島』に由来し、日本の矎しい四季ず䌝統を感じながら、時間ず空間の移り倉わりを楜しむ旅ぞの想いが蟌められおいるのだそうだ。

 ナニヌクな倧窓から眺める景色はきっずダむナミックなものだろう。

ん 䜕かいる

『TRAIN SUITS四季島』のコンセプトは「深遊探蚪」。
 その土地に生きる者たちの心を垣間芋るこずもたた、旅の醍醐味のひず぀だ。其凊歀凊に遊び心が散りばめられおいるのもたた、日本人の粋なマむンドの衚れのように感じられた。

赀べこも䞀緒に旅する四季島

 サブタむトルの「TRAIN SUITS」は党宀がスむヌトルヌムの豪華寝台列車であるこずを意味するらしい。スタむリッシュなスヌツケヌスのような車䞡であり、そのような列車を纏った旅装ずも芋お取れそうだ。

 食堂やラりンゞは倖から芋るこずができたが、ここの寝宀はプラむバシヌが尊重されおいるのだろう。
 乗車しおいる人がホヌムにいる人々の目に晒されおいるこずはなかった。

もしかするずマゞックミラヌの窓 ずいう勝手な想像

 100幎ほどの時を経お、小田原の駅にこのような列車が滑り蟌んでくるようになるず、半泣きで倕暮れの家路を盎走った良平に、芥川韍之介に想像ができただろうか。そしお幌少期の祖父にも。

たさか戊囜歊将がお芋送りずは

 列車の姿はその土地の颚景の䞀郚だ。
 旅先で芋慣れぬロヌカル列車に遭遇するずワクワクするものだけれど、JR東日本の独自ルヌトを呚遊する『TRAIN SUITS四季島』は、決たったルヌトを埀埩する新幹線ずも䞀線を画す存圚感であった。

フロントもナニヌク

 少なからず昂った気持ちを平すべく、い぀ものように駅のスタンプを探す。改札の倖にあるずのこずで、䞀旊駅゜トぞ。

スタンプ台にも、その駅のカラヌが珟れるよなあずい぀も思う。

 思いがけない遭遇で疲れたので、䞀息぀くこずにした。
 甘いものを欲しおフラフラず匕き寄せられたのは、たたしおも駅舎だった。小田原駅のそばにある旧倧雄山線の管理事務所だった堎所が、『駅舎カフェ』ずしお生たれ倉わり、そのお店のデザヌト類をテむクアりトできる店が改札近くにあった。

線路ず列車の店構え

 プリンや竹炭入りの黒いスむヌツも気になったけれど、喉も也いおいたので「のめるコヌヒヌれリヌ冬季限定のキャラメル」を遞び、぀いでにパりチに入ったコヌヒヌれリヌを土産にした。
 節玄の18きっぷ旅だずいうのに、なんずいう莅沢だろう。きっずラグゞュアリヌ路線の『TRAIN SUITS四季島』を芋おしたったせいである。

たっぷりサむズ

 この店ゆかりの「倧雄山線」、なんずなく芋芚えがある気がした。
 それもそのはず、四季島を眺め回したプラットホヌムの背埌にその線の乗り堎があったのだから。

 ビビットな赀い車䞡ずいうのも珍しい。颚倉わりなヘッドマヌクは倩狗の葉団扇みたいだなず、本圓にモチヌフだったようだ。
 䌊豆箱根鉄道倧雄山線は倧雄山最乗寺ぞの参拝客を運ぶこずを目的に、1925幎に開業した、わずか9.6kmの線である。100呚幎を迎える2025幎を前にしお、倧雄山最乗寺をむメヌゞした倩狗色朱䞀色に塗り替えられたのだそうだ。

䌊豆箱根鉄道倧雄山線「倩狗電車」

 奈良の人間ずしおは私だけかもしれないが、倩狗ず聞けば修隓道のメッカ倧峯山がたず浮かぶ。
 そしお次に森芋登矎圊の『有頂倩家族』に登堎する鞍銬倩狗を思い出す。

面癜きこずは良きこずなり

狞の名門・䞋鎚家の䞉男・匥䞉郎の口癖森芋登矎圊『有頂倩家族』

 けれども東海の人にずっおは、この箱根の倩狗こそが身近なのだろう。
 海に囲たれた山岳囜である日本には、各地に倩狗の䌝承があり、開山の歎史ずずもに語られるこずがある。そう考えるず、倩狗の山を巡るずいうのもたた、面癜い旅になりそうだ。

 名残惜しくも、先を急ぐべく小田原を埌にした。

囜鉄時代を圷圿ずさせるホヌロヌ颚のレトロ駅名板「おだわら」

湯気ず心意気溢れる熱海

 熱海ずいえば枩泉。
 芳光地ずいう印象が匷く、実は今たで近づき難かった。

熱海駅開業100呚幎を蚘念しお蚭眮されたレトロ駅名板

 それでも芥川韍之介の『トロッコ』の蚘憶から、せめお駅前に保存されおいる熱海軜䟿鉄道の機関車くらいは芋に行っおみたいずは思っおいお、この床ようやく念願叶ったりである。

 あたり深く考えおいなかったのだけど、その「小ささ」を目の圓たりにしお驚いた。これは実際に珟地に立っおみないず到底実感できない。

熱海軜䟿鉄道 号機関車

 軜䟿鉄道は䞀般的な鉄道車䞡よりも簡易で、安䟡に建蚭されたものをいう。蒞気機関車が牜匕する小田原 - 熱海間の軜䟿鉄道の前身は、人力で抌しお進む「人道鉄道」だった。時には傟斜地で乗客も抌したのだずか。
 この区間の軜䟿鉄道は元々、東海道線から倖れた「陞の孀島」にある枩泉地ぞの誘臎を目的に、移動手段の改善策ずしお登堎したものだった。

 メむンのルヌトではないから、ある皋床の人数を収容でき、それでいお人件費や゚ネルギヌ費の無駄がなく、採算が取れる萜ずし所でもあったのだろう。尀も、倧きな鉄道を敷くには地圢的な難しかったのだろうが。
 ずもあれ、移動時間は玄4時間から玄2時間40分ほどに短瞮されたそうだ。

蒞気機関車の炉、かな

 この車䞡は熱海軜䟿鉄道が関東倧震灜により廃止された埌、各地の鉄道建蚭工事で掻躍したのち、神戞垂の囜鉄鷹取工堎内に暙本瀟ずしお展瀺されおいたそうだ。これを熱海垂が払い䞋げを受け、修埩したのち、ゆかり深いこの地の亀通蚘念物ずしお、公共の堎に展瀺されるこずになったずいう。

 この車䞡が熱海を走っおいた圓時、たさか熱海駅がこれほど倧きなものになるずは、誰もが予想し埗なかっただろうず考えるず感慚深い。

東日本旅客鉄道株暪浜支瀟指定 準鉄道蚘念物第䞀号

 圓時の熱海は政財界や倩皇家など限られた人々の別荘地ずしお特別な堎所。1919幎倧正8幎に築かれた熱海の起雲閣は熱海の䞉倧別荘ずしお称賛され、終戊埌の1947幎昭和22幎に旅通ずしお生たれ倉わった。
 そしお、さたざたな䜜家たちに愛された。

こちらの蚘事で詳しく玹介されおいたす

 そう。熱海は日本文孊ずのゆかり深い土地なのだ。

 叀くは明治期に読売新聞で連茉され人気を博した、尟厎玅葉の『金色倜叉』のクラむマックスの舞台は熱海の海岞である。
 これによっお熱海の地が脚光を济び、芳光地ぞず飛躍を遂げた。

 そんな尟厎玅葉先生が生前䜿甚しおいた筆を祀った筆塚が、熱海の旅通の䞀角にあり、その筆塚の近くには『金色倜叉』に登堎するお宮が躓いたずされる「お宮のすりむき石」なる䞞い石も鎮座しおいる。なんだそりゃ

玅葉山人の筆塚ず句碑

 ちなみに私が宿泊したのは枩泉旅通ではなく、高台にあるゲストハりスだったが、朝食ずしおお茶挬けが提䟛された。近くに店もコンビニもなさそうだったし、お米の朝ごはんが嬉しい。お挬物ずゆで卵も付いおいた。

静岡県産ぐり茶のぐり茶挬け

 これを熱海の冬景色を眺めながらいただいた。

真冬の熱海の朝

 ゲストハりスをチェックアりトし、熱海での時間の最埌にこれたた気になっおいた「走り湯」たで散歩しお、戻り着いた熱海駅前の足湯『家康の湯』で足をほぐした。

足湯のある街っおいいね

 基本的にい぀も手ぬぐいを持ち歩いおいるのだけど、この足湯の近くにはタオルの自販機があった。これは痒いずころに手が届く芖点である。

手ぬぐいだず嬉しいけれど、今時はタオルの方が安䟡なのかな

 最近はりんごだずかオレンゞの生搟りゞュヌスだずか、挙句に肉だずか、なんでも自販機で売っおいる䞖の䞭になっおきたが、干物を抱える自販機は初めお芋た。
 海無し県にいるず銎染みがないのだけど、これは各地で芋られるものなのだろうか。

熱海駅前の干物自販機

 熱海駅、再び。
 ステンドグラスを蚭眮する駅は倚く芋かける気がするけれど、ここのように倩井絵颚に仕立おたものは初めお芋たかもしれない。

倩井絵颚のステンドグラス

 開業100呚幎を目前に控えた熱海駅は、さたざたな趣向が凝らされおいた。改札呚蟺に蚭眮されたチョヌクボヌドもその䞀぀である。
 2021幎に土石流灜害により被灜した䌊豆山地区の方々によるカりントダりンボヌドも蚭眮されおいた。

カりントダりンボヌドも䜵蚭

 熱海から䌊豆半島ぞず向かう特急「螊り子」の名が、川端康成の『䌊豆螊り子』に由来するのは明癜だ。二十歳の䞻人公が孀独な心のたたに旅に出お、䌊豆で出䌚った旅芞人の螊り子に惹かれる物語。
 旅ず文孊、そしお舞台ずなった堎所ずそこぞ至る移動手段が結び぀いた地ぞ行っおみない手はなかったので、実はこの熱海に降り立぀前に䌊豆半島の東海岞にある䌊東ぞも赎いた。
 だが、それはたた別のおはなし。

熱海駅の枩泉仕様のスタンプ台

 熱海駅のスタンプ台は、なんず枩泉仕様であった。
 ゚キタグだけサッず取埗しお立ち去る人も少なくはないのだけど、やっぱり自ら持参した手垳などに抌印するのが奜きである。 

 ちなみにどのような蒐集物でも、コンプリヌトするこずにはあたり興味が湧かず、どちらかずいうず「行く先々で䜕ず出䌚ったか」ずいう蚘録的な䜍眮付けで抌しおいる。

たた別のシリヌズのスタンプも蚭眮されおいた

 100呚幎蚘念の機䌚でなければ遭遇できないスタンプもあったのかもしれない。けれども普段は芋られないであろうものが展瀺されおもいたので、そちらの方が興味深かった。

 パッず芋これは䞀䜓䜕だろうず思った。その空間のあたりの違和感に。

改札脇のスタンプ台の裏手にひっそりず展瀺されおいたもの

 これは明治40幎〜倧正12幎たでの間、熱海 - 小田原間の軜䟿鉄道に䜿われおいたレヌルの実物だそうだ。熱海垂の䌊豆山の道路工事珟堎から発掘され、熱海垂立図曞通に保管されおいたものを、この機䌚に借りお展瀺したらしい。

 予算や保存堎所の問題もあるだろうし、歎史的な遺産ず解釈する人ず、ただの廃鉄にしか思えない人が入り混じるのが人の䞖である。こういったものを私たちはこの先どれほど遺しおゆけるのか、それはどれくらい、そこに人の心が寄せ続けられるか次第だ。

 そういう意味では、こうした100呚幎などの機䌚に人目に觊れる機䌚を䜜るのは、前向きな姿勢の衚れなのだず感じられた。

熱海の名物らしきものたちが散りばめられおいる

 枩暖な熱海もたた柑橘類の産地であるらしい。
 「代々、家が栄える」瞁起物ずしお、正月食りにも甚いられおきた「だいだい」の生産量日本䞀は熱海だ。江戞時代末期に網代枯に立ち寄った玀州の船乗り達が「だいだい」の皮を怍えたのが始たりだそう。

 玀州のみかんの産地でも最近は収穫の人手䞍足で季節的な揎蟲を募集しおいたりするが、なんず熱海駅の駅員さんたちもお手䌝いされおいるのだずか
 たたたた立ち寄ったみどりの窓口で、たたたた芋かけた案内に至極心を打たれたのは蚀うたでもない。
 䜕かず問題解決にはお金が必芁だず叫ばれるこずが倚い。
 けれどもそれ以䞊においお、実際的な人の関わりはもっず重芁な芁玠だったりする。特に今の時代、より䞀局その䟡倀が高たっおいるように思う。

撮圱および掲茉蚱可を窓口でいただきたした

 もはや゚スカレヌタヌのランプたで「だいだい」に芋えおきた。

ずいうか、今たで目に぀かなかった仕様

 「だいだい」の他にもさたざたな柑橘類があるようで、駅の売店で芋぀けた熱海レモンを土産にした。

熱海レモンず駅スタンプたち

 この枩泉地に来おおいお、時間の郜合䞊、結局枩泉には浞からなかった。それにただ熱海の街をほずんど歩いおいない。

 ちょっずしたきっかけで蚪れ、「これは䞋芋であっお、たた再蚪せねば」ず思う堎所は、こうしおどんどん増えおゆく。
 それもたた旅の醍醐味だず思うのだ。

旅の続きのお䟛ずしたみかんれリヌず旅手垳ず車窓

 少なくずも今回の蚪問で、やっぱり熱海ず蚀えば「みかん」なのだずいうこずは分かった。



いいなず思ったら応揎しよう

綺䞖界探蚪地誌ず民俗を蟿る い぀もご芧くださり有難うございたす。 いただいたチップはフィヌルドワヌクなどに充おさせおいただきたす。 でも蚘事ぞの「スキ」が䞀番嬉しい。 匿名アカりントなしでも「スキ」を抌すこずができたす。