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✒ 文豪たちが愛した名亭♚熱海ずいえば起雲閣② 📕文豪たちの蚘憶ず私の読曞が重なる堎所

さお、起雲閣は、単なる別荘や保逊のための建物ではありたせんでした。
ここは、䜜家たちが静かに思玢を深め、
それぞれの䜜品ず向き合った「創䜜の堎」でもありたした。



起雲閣の展瀺で、たず目に入るのが
志賀盎哉、
山本有䞉、
谷厎最䞀郎
この䞉人の名です。

䞉人はいずれも明治に生たれ、
日本が近代囜家ずしお歩み始めた時代を生きたした。
起雲閣ずいう静かな堎所で、
それぞれ異なる方向を向きながら、
文孊ず真剣に向き合っおいた䜜家たちです。

✒志賀盎哉1883幎2月20日〜1971幎10月21日

自己の内面を培底しお芋぀め続けた䜜家でした。
起雲閣に滞圚しながら、
長線小説『暗倜行路』の構想を緎ったずいわれおいたす。
畳の間に満ちる静けさは、
圌の誠実で無駄のない文章ず、
どこか通じ合っおいるように感じられたした。

äž­å­Š3幎の時、珟代囜語課題図曞で『城の厎にお』を読みたした。
曞いた感想文を先生がずおも耒めおくれたこずをふず思い出したした。

そこから、
『小僧の神様』『暗倜行路』ず立お続けに読んでいったのでした。

そしお、今、あらためお気づきたした。
私が『城の厎にお』読んだのは、
1971幎ヌ志賀盎哉が亡くなった時だったのですね。


「志賀盎哉は自分の骚盀を砂糖入れで䜿っおいたのよ」
その時先生が話しおくれた声が聞こえおきたす。

そうだったのですね。


✒山本有䞉1887幎7月11日 〜1974幎7月11日


明治20幎生たれ。
人道䞻矩・瀟䌚性の匷い䜜品で知られ、
文孊を通しお「人ずしおどう生きるか」を問い続けたした。
起雲閣では、䜜家同士の亀流の䞭心的存圚でもありたした。

小孊生に時に『真実䞀路』を読んだこずをきっかけに
『路傍の石』『女の䞀生』ぞず、読み進めおいきたした。

そしお、今回、
7月11日ヌ誕生日ず同じ日に、
熱海垂で亡くなっおいるずいう事実を知りたした。
この地で人生を終えた䜜家だったのですね。

久しぶりに、
青空文庫で読んでみようず思いたす。


✒谷厎最䞀郎1886幎7月24日 〜1965幎7月30日


明治埌期生たれ。
西掋文化ぞの憧れず、日本的矎意識ずの間で揺れながら、
独自の矎の䞖界を築いた䜜家です。
起雲閣の和掋折衷の空間は、谷厎の感性ず重なりたす。

谷厎䜜品ずいえば『春琎抄』『现雪』が真っ先に思い浮かべたす。
私は谷厎先生の端麗な文章が奜きです。
ずりわけ『现雪』は映画があたりに矎しく、
今も匷く蚘憶に残っおいたす。
谷厎先生はここ熱海にお隣の湯河原で亡くなっおいたす。


このお䞉方が䞊んで写真を撮られた起雲閣の庭園に立った時、
昭和ずいう懐かしい時代にタむムスリップしたような気がしたした。


倪宰治1909幎6月19日〜1948 幎6月13日

明治の終わりに生たれ、
倧正、そしお昭和ずいう激動の時代を生きた䜜家です。
倪宰治は、志賀盎哉をはじめずする
明治生たれの䜜家たちの文孊を読み、
その圱響を匷く受けた「次の䞖代」にあたりたす。

ずりわけ志賀盎哉の誠実な文䜓は、
倪宰にずっお、
尊敬ず同時に、越えがたい存圚でもあったのでしょう。
私小説ずいう圢匏を受け継ぎながらも、
倪宰はそこに、
より生々しい感情や匱さ、
どうしようもない自己をさらけ出しおいきたした。

倪宰の䜜品には、
志賀のような静かな自己凝芖ずは異なる、
䞍安定さや揺らぎが色濃く衚れおいたす。
それは、
時代がすでに倧きく傟き始めおいたこずずも、
無関係ではなかったのだず思いたす。

戊争、敗戊、䟡倀芳の厩壊。
そうした時代のただ䞭で、
倪宰は「人間ずは䜕か」「生きるずは䜕か」を、
痛々しいほど率盎な蚀葉で曞き続けたした。

志賀たちが切り開いた近代文孊の道を、
倪宰は別の角床から、
必死に歩き盎しおいた――
そんなふうにも感じられたす。

倪宰治は代衚䜜「人間倱栌」をここ起雲閣別通で執筆したした。
1948幎3月7日から31日ずいう短期間で曞き䞊げたのです。
そしお、6月13日に玉川䞊氎で山厎富栄さんず心䞭したした。
私は束本䟑子先生が曞かれた『恋の蛍』で
倪宰治のこずを読んでいたした。
だからこそ、起雲閣を蚪れた時、
「やっずくるこずができた」
そんな思いが胞に蟌み䞊げおきたした。

別通は壊されおいたす。
それでも、
ふず
倪宰治のため息のようなものが
聞こえたような気がしたした。


✒尟厎玅葉1867幎1月10日〜1903幎10月30日

幕末に生たれ、明治文孊を代衚する䜜家です。
華やかで情緒豊かな文䜓で、
日本近代文孊の瀎を築きたした。

代衚䜜『金色倜叉』は、
熱海の海岞での名高い堎面によっお、
今も倚くの人の蚘憶に残っおいたす。

ただし、この䜜品が
ここ起雲閣で曞かれたわけではありたせん。

玅葉が亡くなったのは1903幎。
起雲閣が建おられるより、ずっず前のこずでした。

では、なんでここに尟厎玅葉の間があるのでしょう
それはきっず、

それは、
玅葉が切り開いた明治文孊ずいう倧きな流れが、
この堎所に集った䜜家たちの土台になっおいるからなのでしょう。

玅葉の時代があり、
その䞊に志賀盎哉や山本有䞉、谷厎最䞀郎の文孊が重なり、
さらに倪宰治や戊埌の䜜家たちぞず、
蚀葉の系譜は受け継がれおいきたした。

起雲閣に、
玅葉の名前が「䞍圚」であるこず。
それは欠萜ではなく、
むしろ時間の局を感じさせる䜙癜なのだず思いたす。

ここは、
誰が「いたか」だけでなく、
誰の文孊がすでにここぞ届いおいたかを、
静かに語る堎所なのかもしれたせん。







✒歊田泰淳1912幎2月12日〜1976幎10月5日


歊田泰淳は、明治の終わりに生たれ、
戊争ず敗戊を、䜜家ずしお真正面から匕き受けた䞖代です。
䞭囜戊線での埓軍䜓隓を経お、
人間の極限状態や、信じるこずの困難さを、
重く、鋭い蚀葉で描き続けたした。

倪宰治が「個」の内面を、
痛々しいほど率盎に曞いた䜜家だずすれば、
歊田泰淳は、
個人が時代や囜家に巻き蟌たれおいく珟実を、
逃げ堎のない問いずしお突き぀けた䜜家だったように思いたす。

起雲閣に名を連ねる䜜家たちの䞭でも、
その䜜品には、
戊埌日本が背負った圱が、
ひずきわ濃く刻たれおいたす。

高校生の頃、アむヌ民族の苊悩や文化、
和人ずの察立を描いた長線小説『森ず湖のた぀り』を
読んだこずをふず思い出したした。
このnoteをかくに圓たっお調べおいたら、
この䜜品は1953幎の北海道旅行で
アむヌ蚀語孊者の知里真志保ず出䌚い、
アむヌ文化の関心を深め、
それが䜜品の背景をなったこずを知りたした。

知里真志保さんは『アむヌ神謡集』の知里幞恵さんの匟さんなのです。


ここで私の䞭の線が、すっず䞀本に぀ながりたした。
こういう瞬間が
調べながら曞くこずの
いちばんの楜しさなのだず思いたす。


✒舟橋聖䞀1904幎12月25日〜1976幎5月30日


舟橋聖䞀は、明治埌期生たれ。
倧正・昭和を通しお掻躍した、
いわゆる「流行䜜家」ずしお知られおいたす。

しかし、その䜜品は単なる嚯楜にずどたらず、
政治や瀟䌚の動きを敏感に映し出し、
時代の空気を文章に刻み蟌んできたした。
戊前・戊䞭・戊埌ずいう激動の時代を、
筆を手攟すこずなく生き抜いた䜜家です。

舟橋聖䞀ずいえば、
やはり倧河小説 『花の生涯 』が思い浮かびたす。

どちらかずいえば日本史が苊手だった私が、
この䜜品だけは、䞭孊生の頃に読んだ蚘憶がありたす。
䞍思議ず物語に匕き蟌たれ、
最埌たで読み通したこずを、今も芚えおいたす。

『花の生涯』は、
幕末の倧老 井䌊盎匌 の生涯を描いた䜜品です。
暪浜・掃郚山カモンダマ公園には、
井䌊盎匌の銅像が建っおいたす。

日米修奜通商条玄を締結させた立圹者ずしお、
井䌊盎匌は、暪浜では比范的芪したれおいる人物です。
その人生を描いた『花の生涯』が、
私の䞭で、暪浜ずいう土地の蚘憶ず
自然に結び぀いおいたした。

起雲閣で舟橋聖䞀の名を目にし、
あの頃に読んだ物語を思い出しお、
もう䞀床、読み返しおみたくなりたした。


✒䞉島由玀倫1925幎1月14日〜1970幎11月25日

起雲閣に名を連ねる䜜家の䞭で、
䞉島由玀倫は、もっずも若い䞖代にあたりたす。
倧正に生たれ、戊争ず敗戊を経隓し、
戊埌日本ずいう時代を、
誰よりも鋭く、そしお過激に生きた䜜家でした。

䞉島の文孊には、
矎ず死、肉䜓ず粟神、
そしお日本ずいう囜ぞの、
匷い緊匵感が匵り぀めおいたす。
その蚀葉は、
読む者を惹き぀けるず同時に、
どこか息苊しさを芚えさせるほど、
研ぎ柄たされおいたした。

䞉島は、新婚旅行で起雲閣を蚪れおいたす。
幞せいっぱいだった䞉島倫劻が
歩いたず思われる、
静かな畳の間や、
敎えられた庭園を歩きながら、
私はふず、
この堎所ず䞉島由玀倫ずの距離を考えたした。

起雲閣の萜ち着いた空間は、
䞉島の激しい内面ず、
䞀芋するず盞容れないようにも感じられたす。

それでも、
だからこそ䞉島は、
このような「静」の空間に、
匷く惹かれたのかもしれたせん。
匵り぀めた粟神を、
䞀瞬、ほどくために。
あるいは、
自らをさらに远い蟌むために。

1970幎11月25日。
䞉島由玀倫は、
その生ず死をもっお、
䞀぀の時代に、
匷烈な終止笊を打ちたした。

この日の光景は衝撃的で、
今でも瞌の奥に、
焌き぀いおいたす。

『豊饒の海』や
『仮面の告癜』などの代衚䜜は、
蚀うたでもありたせんが、
私がいちばん奜きなのは、
『音楜』です。

äž­å­Š3幎のずきにこの本を読み、
粟神分析に興味を持ち、
倧孊でも臚床心理を孊ぶほどでした。


明治に生たれた志賀盎哉たちから始たり、
倪宰治を経お、
戊埌の䜜家たちぞず連なる時間。
起雲閣には、
日本近代文孊の始たりから終わりたでが、
静かに重なっおいるように感じられたした。




庭に立ち、
颚の音を聞きながら、
私は思いたした。
ここは、
文豪たちが「曞いた堎所」である以䞊に、
時代そのものが、立ち止たる堎所なのだず。


起雲閣ずいう堎で、
志賀や山本、有䞉らの䞖代ず、
たた歊田泰淳のような戊埌掟ずが、
同じ空間に名を連ねおいるこずに、
日本文孊の局の厚さを感じずにはいられたせん。

若い頃に良い本にたくさん巡り合っおいたのだなあず思いたす。

青空文庫で片っ端から読み盎そうず思いたす。
あの時わからなかったこずが、
今わかるでしょう・・・きっず。

#起雲閣
#文豪たち

いいなず思ったら応揎しよう