見出し画像

函館一泊てんこ盛り~地元グルメと五稜郭③

その2からの続きです。


バースデー・ハグ

8月1日になりました。
朝起きて、開口一番にルナちゃんに「お誕生日おめでとう」とお祝いしてもらいました。
お互いパジャマ姿で、ひしっとハグします。
ずっとお世話になっている大切なわが友よ、これからもポンコツな私をどうぞよろしくね。

朝食ビュッフェ

温泉に浸かり、朝風呂を堪能してから朝食会場へ。
ホテル内のレストランに予約マシンが導入されているのは初めてです。
すぐに番が回ってきて中に入るととても広くて驚きました。ビュッフェスタイルの朝食で、ダイニングの中央にデンと五角形のカウンターが置かれています。
これは星型ではなく五稜郭型なんだそう。
なるほど、ここは函館ですからね。

海鮮ファイブスターズ

五稜郭型のカウンターでは、<海鮮ファイブスターズ>と称して「海鮮丼」「炙り焼き」「潮ラーメン」「寿司」「いかめし」といった北海道の味覚を提供してくれます。

かわいい五角形の器に入った酢飯の上に好きな具を盛り付ける「海鮮丼」に
軽く食べられるミニサイズの「潮ラーメン」。前にいた人が「おいしくて2杯目をおかわりします」と言うと、サーブする人が「最多は5杯でしたよ」と返していました。
昨日食べたあじさいの塩ラーメンとは、また違う味でした。

焼き野菜にシャケにイカゲソの炙り焼き

ホテルの人たちは皆さん気さくで、「炙り焼き」を取っていると「ジャガイモに塩辛を乗せてバターを付けて食べるの、オススメですよ」と教えてくれました。
言われたとおりに食べてみると、「うわ~、味が広がる!」と思わず声が出るほどのおいしさ。

いかめし

函館名物の「いかめし」は、マヨネーズと七味唐辛子と浅葱をかけて食べるといいそうです。こちらもその通りにいただいて、地元の味を満喫。
作りたて?のいかめしを食べるのは初めてでした。

海鮮ファイブスターズ + もずく

さすがは北海道、どの料理も素材からしておいしいです。
早々におなかいっぱいになって、デザートに移りました。
甘いものは別腹ですからね。

OMOバス

部屋に戻ってひと休みし、また温泉へ。
チェックアウト後は、荷物を預けてOMOバスが来るのを待ちます。
この日は最高気温21度。え、ウソでしょ?
最近暑すぎて、連日37、8度といった日が続いていたので、20度台の感覚を忘れていました。
連日の日差しの強さに参っていたので、寒いくらいでも大歓迎。多少雨が降っていても気にしません。

海から吹いてくる風が強く、傘があおられないように押さえながら、やってきたOMOバスに乗りました。
このホテルでは、宿泊者用に観光地を巡る専用バスを出してくれます。
旅行者にとってなんて便利なサービスなんでしょう。

すれ違ったバスは8010!8月1日?いえ10日でしたか。

道端にはアジサイがきれいに咲いています。
今年はアジサイを愛でる余裕もなく、急に暑い夏になったので、鮮やかな花の色が見られてうれしい。

行きたかった五稜郭

五稜郭前でバスを降りました。
前にガイドさん付きの函館観光をしていますが、ここは今回改めて訪れたかった場所です。
なぜならここは『ゴールデンカムイ』の最終決戦地。ファンにとっての聖地だからです。

五稜郭の全貌

一緒にバスから降りた人たちの流れに続いて入った五稜郭タワーは観光客で大混雑していました。雨だったからでしょうか。
一の橋、二の橋を渡って五稜郭に入ります。こちらは空いています。
中心には奉行所跡がありますが、今回私が気になっているのは兵糧庫。
普段は非公開で、8月の一か月間だけ公開されます。
ちょうどこの日から見られるのなら、せっかくだし見学したいものです。

奉行所跡

公開された兵糧庫

奉行所の人に、兵糧庫は向かい側の白い建物だと教えてもらいました。
行ってみるとちょうど11時で、解説付き見学会が始まるところでした。

兵糧庫

公開期間中、見学会が行われるのは2回だけ。
ちょうどその時間に来られるなんて、グッドタイミング。
これはツイてます。誕生日特典でしょうか。

兵糧庫の中に入ると、とたんにヒバのいい香りに包まれました。大黒柱がヒバで、箱館奉行所が東北に持っていた林から切り出して作られたそうです。
幅21.8メートル、奥行9.1メートル、広さ60坪。なかなかの大きさです。
いまは、五稜郭で発掘された陶磁器、一の橋・二の橋で用いられた古材、箱館戦争時に旧幕府軍の砲撃を受けて沈んだ明治新政府軍軍艦の竜骨の一部などが展示されています。

兵糧庫の見学会

奉行所の方に兵糧庫の歴史を詳しく教えていただきました。
箱館奉行所完成(1864年)と同じ時期に建てられた兵糧庫は、五稜郭内に唯一残る箱館戦争前の建築物。当時の姿を今に伝えています。

当時は米が備蓄されており、旧幕府軍は「腹が減っては戦ができぬ」と、毎朝8時に食事をとってから戦いに出るのが日課だったそう。
箱館戦争の時に旧幕府軍が降伏したのは、ここの備蓄米が底をついたからだとのこと。まさに「腹が減っては戦ができぬ」となってしまったわけで、切ないですね。無念がしのばれます。

その4に続きます。



いいなと思ったら応援しよう!