人が成長する「スイッチ」は、他人が押せるのか
「日本語のN4の講義を、受けてみたらどう?」
会社で働く外国人社員の一人に、そう勧めたことがあります。
最初から、本人が強く希望していたわけではありません。
将来のために日本語を勉強した方がいい。その必要性は分かっていても、日々の仕事をしながら、自分で講座を探し、申し込み、学習を続けるのは簡単ではありません。
それでも、こちらから具体的な講義を示して勧めると、本人は受講するようになりました。
その後、「ビジキャリ3級 生産管理オペレーション」の試験にも挑戦することになりました。
練習問題を40問解いてみると、間違いはわずか1問だけでした。
40問中39問正解。
正答率にすると97.5%です。
その結果を見ながら、私は考えました。
人が成長する「スイッチ」は、いったいどこにあるのだろう。
そして、そのスイッチを他人が押すことはできるのだろうか。
「本人のやる気」が先とは限らない
人材育成の話になると、よく「最後は本人のやる気次第だ」と言われます。
確かに、それは間違いではありません。
講義を受けるのも本人です。
分からない日本語と向き合うのも、仕事を終えた後に問題を解くのも本人です。
周囲が代わりに学ぶことはできません。
しかし、「本人にやる気が出るまで待つ」というだけでよいのでしょうか。
人はいつも、最初から明確な目標を持っているわけではありません。
何を勉強すればいいのか分からない。
自分に受けられる試験があることを知らない。
資格を取った先に何があるのか見えない。
そもそも、自分に合格できる可能性があると思っていない。
そうした状態では、本人の中に力があっても、最初の一歩は生まれません。
やる気がないのではなく、進む道がまだ見えていない。
自信がないのではなく、自分の現在地を確かめる機会がない。
成長しない人に見えていた人が、実は入口を見つけられずに立ち止まっていただけということもあります。
他人が押せるのは、スイッチそのものではない
では、経営者や上司が本人のスイッチを押せるのでしょうか。
私は、完全には押せないと思っています。
「勉強しなさい」
「資格を取りなさい」
「会社のために必要だから」
そう言って行動させることはできます。
しかし、それは本人の内側にあるスイッチを押したというより、外から動かしている状態です。
指示されている間は取り組んでも、指示がなくなれば止まってしまうかもしれません。
本人の人生に関わる挑戦を、会社の都合だけで決めるべきでもありません。
本人の内側にあるスイッチは、最後には本人にしか押せない。
ただし、周囲にできることがないわけではありません。
選択肢を示す。
挑戦する意味を伝える。
難しすぎない入口をつくる。
結果が出たときに、それを本人と一緒に確認する。
失敗しても、もう一度挑戦できる状態を残す。
他人ができるのは、本人を無理に動かすことではありません。
本人が「自分にもできるかもしれない」と思える条件を整えることです。
成長を本人の性格だけで説明しない
会社では、自分から動く人と、なかなか動き出さない人がいます。
その違いを、本人の性格や意識だけで説明したくなることがあります。
「あの人は向上心がある」
「あの人は意識が低い」
しかし、本当にそれだけでしょうか。
何を学べば将来につながるのか、会社から説明されているか。
仕事と両立できる学習方法があるか。
理解度に合った教材が用意されているか。
分からないことを聞ける相手がいるか。
努力した結果が、仕事や役割、待遇にどうつながるか見えているか。
この条件が違えば、同じ人でも行動は変わります。
人材育成は、本人の意識を変えようとする仕事ではありません。
本人と、学ぶ機会、仕事、将来をつなぐ仕事でもあります。
「成長する人を探す」だけではなく、「今いる人が成長できる環境をつくる」。
そこには、会社側の責任があります。
外国人社員には、入口そのものが見えにくい
特に外国人社員の場合、日本人には見えにくい壁があります。
現場の技能があっても、試験問題に使われる日本語が難しい。
制度の説明を読んでも、自分が何をすればいいのか分からない。
資格の名前を知っていても、それが将来の働き方や在留資格とどう関係するのか見えにくい。
仕事では理解できている内容でも、日本語の文章で問われると答えられないこともあります。
それを単純に「能力が足りない」と判断してしまえば、本人が持っている可能性を見落とします。
そこで今回、「ビジキャリ3級 生産管理オペレーション」の練習問題を、日本語の読み方を補いながら学べるサイトとして作りました。
問題を解き終えた後に、解答を確認できる仕組みです。
もちろん、このサイトを使えば合格できると断定することはできません。
実際の試験に向けては、本人が継続して学び、理解を深める必要があります。
それでも、「何から始めればいいか分からない」という状態を、「まず問題を解いてみる」という行動に変えることはできます。
40問中39問正解だったことには、点数以上の意味があると思います。
少なくとも、次の問題へ進むための材料ができたからです。
自信があるから挑戦するとは限らない
人は、自信があるから挑戦するとは限りません。
挑戦して、小さな結果が出てから、自信が生まれることもあります。
40問を解く。
39問正解する。
間違えた1問を確認する。
翌日、また新しい問題に取り組む。
その繰り返しの中で、
「言われたから勉強している」
という状態から、
「もう少しやってみたい」
という気持ちへ変わる可能性があります。
ただし、支援した側が「自分が成長させた」と考えてはいけません。
機会を示したのは会社かもしれない。
教材を用意したのも会社かもしれない。
しかし、実際に問題と向き合い、答えを選び、間違いを受け止めたのは本人です。
成長の主役は、あくまで本人です。
会社の役割は、その成果を奪うことではなく、本人の挑戦が続く環境を整えることです。
人材育成とは、可能性を決めつけないこと
本人の自発性を尊重することと、何もせずに待つことは違います。
一方で、会社の都合だけで資格取得を迫ることも、人材育成とは違います。
必要なのは、その間にある伴走です。
可能性を最初から決めつけない。
進める道を具体的に示す。
最初の一歩を小さくする。
結果を本人と一緒に確認する。
そして、続けるかどうかを本人が選べる余白を残す。
人の成長を、他人が直接操作することはできません。
だからこそ経営者や上司には、本人が自分の可能性に気づける機会をつくる責任があるのだと思います。
人が成長するスイッチを、他人が勝手に押すことはできない。
けれど、そのスイッチがどこにあるのかを、一緒に探すことはできます。
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