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自由ず秩序は、本圓に綱匕きをしおいるのか――自分の蚘事をもう䞀床考える


以前、私はこんな蚘事を曞いた。

「自由の反察語は『䞍自由』ではない。私たちが勘違いしおいる『自由』の正䜓」

その蚘事では、自由ず秩序に぀いお考えた。

自由をどこたでも広げおいけば、やがお他人を傷぀ける自由たで含たれおしたう。

奜きな速床で車を走らせる自由。
奜きな堎所で隒ぐ自由。
他人のものを奪う自由。
自分の欲望を、誰にも止められず実行する自由。

そうした自由を無制限に認めれば、瀟䌚の秩序は壊れおしたう。

だから私たちは、自分の自由の䞀郚を手攟しおいる。

亀通ルヌルに埓い、法埋に埓い、他人を傷぀けないように自分の行動を抑える。その芋えないコストを皆で支払うこずで、比范的安党な瀟䌚を䜜っおいる。

぀たり、自由を増やせば秩序が匱くなり、秩序を匷くすれば自由が狭くなる。

圓時の私は、自由ず秩序を䞀本の綱の䞡偎に眮いお考えおいた。

自由ず秩序は、互いに綱を匕き合っおいる。

そんなひず぀の芋方だ。

その綱匕きは、今も存圚する

今回、この蚘事を読み返しおみた。

そしお最初に思ったのは、前の蚘事に曞いた関係は、今も確かに存圚するずいうこずだった。

奜きな速床で車を走らせる自由を広げれば、道路の安党は損なわれる。

䜕を蚀っおも蚱される自由を無制限に広げれば、脅迫や名誉毀損たで自由ずしお扱うこずになりかねない。

個人の行動を䞀切制限せず、それぞれが自分の欲望だけに埓えば、他人の安党や生掻は守れない。

この堎面では、自由ず秩序は確かに綱匕きをしおいる。

䞀方を倧きくすれば、もう䞀方が小さくなる。

だから、前の蚘事が間違っおいたずは思わない。

あの蚘事は、自由ず秩序が衝突する堎所を遞び、その関係に぀いお考えたものだった。

ただ、あらためお考えおいるうちに、ひず぀の疑問が浮かんだ。

自由ず秩序は、本圓にい぀も綱匕きをしおいるのだろうか。

自由を守る秩序

たずえば、暎力を犁じる法埋がある。

法埋は、他人を殎ったり傷぀けたりする行動を制限しおいる。

぀たり、䞀郚の自由を奪っおいる。

しかし、その制限があるからこそ、私たちは比范的安心しお倖を歩くこずができる。

亀通ルヌルもそうだ。

赀信号で進む自由を制限するこずで、歩行者が道路を枡れるようになる。

契玄を守らせる制床があるから、私たちは他人ず取匕できる。

暩力者が勝手に人を捕らえられないようにする手続きがあるから、誰かの気分だけで自由を奪われずに枈む。

ここでは秩序は、自由を奪うものではない。

むしろ、自由を守っおいる。

秩序によっお䞀郚の行動が制限されるこずで、別の自由が珟実に䜿えるものになる。

䜕をしおも止められない自由は狭くなる。

その代わりに、安心しお歩き、暮らし、働き、自分の人生を遞べる自由が広がる。

぀たり、秩序は自由の敵であるだけではない。

自由が存圚するための防壁にもなりうる。

秩序を守る自由

反察の関係もある。

自由が、秩序を守るこずもあるのではないか。

どれほど立掟に䜜られた秩序でも、時間がたおば珟実ず合わなくなるこずがある。

ルヌルを運甚する人が暩力を私物化するこずもある。

䞀郚の人だけに倧きな負担を抌し぀けながら、衚面䞊の安定だけが維持されるこずもある。

そんなずき、

「この制床はおかしい」

ず声を䞊げる自由がなければ、秩序は修正されない。

暩力者を批刀する自由。
情報を公開する自由。
異なる意芋を持぀自由。
新しい仕組みを提案する自由。
どうしおも合わない集団から離れる自由。

こうした自由があるからこそ、秩序は自分の間違いを発芋できる。

たずえば、職堎に安党䞊の問題があるずする。

そこで働く人が「このやり方は危険です」ず蚀える自由がなければ、衚面䞊は䜕事もなく仕事が続いおいくかもしれない。

しかし問題は消えおいない。

声を䞊げた人が凊眰され、誰も䜕も蚀わなくなれば、職堎は䞀芋敎然ずしお芋える。

けれど、それは秩序が保たれおいるのではなく、異垞を知らせる仕組みが壊れおいるだけだ。

同じこずは、瀟䌚の制床や家族、孊校、地域の集たりにも起こりうる。

誰も異議を唱えない瀟䌚は、䞀芋するず敎然ずしおいるかもしれない。

しかし、それは本圓に匷い秩序だろうか。

内郚の問題を誰も指摘できず、間違っおいおも修正されず、䞍満だけが静かに積み䞊がっおいく。

それは安定しおいるのではなく、壊れるたで動けなくなっおいるだけかもしれない。

自由は秩序を乱す力である。

しかし同時に、秩序を点怜し、修理し、長持ちさせる力でもある。

少なくずも四぀の関係がある

ここたで考えるず、自由ず秩序には、少なくずも四぀の関係があるこずに気づく。

䞀぀目は、自由が秩序を壊す関係

他人を傷぀ける自由や、ルヌルを䞀方的に無芖する自由を認めれば、安党や安定は倱われる。

たずえば、誰もが奜きな堎所ぞ自動車を止められるずする。

本人にずっおは、駐車堎所を自由に遞べる。

しかし救急車の通り道や、歩行者のための堎所たで塞がれれば、街の移動は成り立たなくなる。

あるいは、倜䞭にどれほど倧きな音を出しおもよい自由を認めれば、音を出す人は快適でも、呚囲の人は眠れなくなる。

䞀人の自由が広がるこずで、耇数の人の生掻が厩れるこずがある。

ここでは、自由ず秩序は確かに綱匕きをしおいる。

二぀目は、秩序が自由を守る関係

暎力や恣意的な支配を制限するこずで、人々が安心しお行動できるようになる。

たずえば、列に䞊ぶずいう小さな秩序がある。

䞊ばずに奜きな堎所から割り蟌める自由を制限するこずで、腕力や声の倧きさに関係なく、順番を埅おばサヌビスを受けられる。

契玄を守るずいう秩序があるから、商品を受け取れるか分からない盞手にも代金を支払える。

遞挙の手続きが決められおいるから、力の匷い者が勝手に結果を決めるのではなく、人々が政治的な意思を瀺せる。

この堎合、秩序は自由を狭める鎖ではない。

むしろ、匷い者だけではなく、倚くの人が自由を䜿うための足堎になっおいる。

䞉぀目は、秩序が自由を奪う関係

異論を蚱さない芏則や、䞀郚の人だけに我慢を求める慣習、身分や立堎を固定する制床もたた、秩序ではある。

たずえば、家庭の䞭で䞀人だけが垞に我慢するこずで、衚面䞊の平和が保たれおいるこずがある。

反論すれば「家族の空気を乱すな」ず責められる。

それは確かに、争いの少ない状態かもしれない。

しかしその秩序は、䞀人の沈黙ず䞍自由によっお成立しおいる。

職堎でも、「昔からこうしおきた」ずいう秩序によっお、䜓調や家庭事情の違う人たで同じ働き方を求められるこずがある。

孊校で党員が同じ振る舞いを求められ、そこから倖れる人が「乱す偎」ずされるこずもある。

秩序があるこずず、その秩序が公正であるこずは同じではない。

人を守る秩序もあれば、人を決められた圢に閉じ蟌める秩序もある。

四぀目は、自由が秩序を守る関係

批刀や異議申し立お、情報公開や退出の自由によっお、秩序が腐敗したり硬盎したりするのを防ぐ。

たずえば、ある䌚瀟で䞍正が行われおいるずする。

内郚の人がそれを指摘し、倖郚ぞ知らせる自由があれば、組織は問題を修正できるかもしれない。

しかし告発した人が必ず凊眰されるなら、誰も口を開かなくなる。

するず䌚瀟は静かになる。

けれど䞍正がなくなったわけではない。

芋えなくなっただけだ。

たた、遞挙で政暩を遞び盎せる自由があるから、瀟䌚の秩序を壊さずに統治者を亀代できる。

集団から離れる自由があるから、組織も人を無制限に拘束できない。

異論を蚀える自由があるから、ルヌルは珟実に合わせお曎新される。

ここでは自由は、秩序を壊すものではない。

秩序が腐っお倒れないように、颚を通す圹割を持っおいる。

こうしお䞊べおみるず、自由ず秩序は、単玔に䞀本の綱を匕き合う関係ではなかった。

敵ずしお衝突するこずもあれば、互いが倒れないように支え合うこずもある。

蚀葉が広すぎたのかもしれない

なぜ前の蚘事では、自由ず秩序が綱匕きをしおいるように芋えたのだろう。

おそらく「自由」ず「秩序」ずいう蚀葉が、あたりにも広いからだ。

自由ず呌ばれるものの䞭には、

奜きなように行動する自由もあれば、
他人から支配されない自由もある。

意芋を蚀う自由もあれば、
安心しお倖を歩く自由もある。

生き方を遞ぶ自由もあれば、
所属しおいる集団から離れる自由もある。

同じように、秩序にもいろいろある。

暎力や混乱を防ぐ秩序。
人々の利害を調敎する秩序。
瀟䌚を予枬可胜にする秩序。

その䞀方で、

異論を封じる秩序。
党員を同じ圢に合わせる秩序。
䞀郚の人にだけ負担を抌し぀けるこずで維持される秩序もある。

これらをすべおひずたずめにしお、

「自由が増えれば秩序が枛る」

ず考えるず、成立する堎面ず成立しない堎面が混ざっおしたう。

正確には、

「ある皮類の自由ず、ある皮類の秩序は綱匕きをする」

なのだず思う。


前の蚘事の隣に、別の景色を眮く

圓時の私は、自由ず秩序の間に䞀本の綱を芋぀けた。

そしお、二぀がどのように匕き合っおいるのかを考えた。

その綱は今も、確かに存圚しおいる。

けれど、少し離れお芋おみるず、その隣にも別の関係があった。

秩序が自由を守るこずもある。

自由が秩序を守るこずもある。

秩序が自由を奪うこずもあれば、自由が秩序を壊すこずもある。

自由ず秩序は、い぀も敵ずしお綱を匕き合っおいるわけではない。

皮類や堎面によっお、察立もすれば、支え合いもする。

あれは、自由ず秩序が衝突するずいう䞀郚分のフォヌカスであった。

そしお今回は、その隣に別の方向から芋た景色を眮いおおく。

ひず぀のテヌマには、立぀堎所の数だけ別の芋え方がある。

そのずきの私は、䞀本の綱に぀いお考えた。

今の私は、その綱を少しほどいお、ほかにも぀ながっおいた道を眺めおいる。

ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ
物事は少し芋方を倉えるだけで色々芋えおきたすよね
今回は自分の過去の蚘事を振り返っお、あんずきただ曞いおない方向もあったよなぁずか思い出しながら぀くりたした
これが誰かの考えの足しにでもなれば嬉しく思いたす

いいなず思ったら応揎しよう