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心の避難所となった食堂

私は中高ともに公立に通っていた。
私学に通っている友達から、食堂の話を聞くと、
「ソフトクリーム」がある。
「日替わりメニューが楽しみ」など、
羨ましい思いをしたものだ。

食べるということは、生きる上で大切なことである。
前回は、中学時代のパン購入についての記事を挙げた。

今回は、大人になって一番楽しみだった私学の食堂について述べてゆくことにする。

【スクールライフは絶望そのもの】



その学校に勤めて1日で、不思議な出来事が多く、
「大丈夫なんかな…この学校。」
と早くも不安な気持ちになっていた。

自宅から学校が遠かったこともあり、引っ越しを考えていたが、引っ越すことを1日務めただけでやめることにした。

できるだけ私生活とは距離を置きたいと思ったのである。

そんな中、私を癒してくれたのが食堂であった。

【併設されている大学の食堂が利用できる学校】

中高の校舎の横には、併設されている大学があり、食物科の学生たちが日替わりで厨房に入りすべて手作りで食事が作られていた。

そういう理由もあり、メニューは毎日日替わりで、魚系のさっぱりとしたセットと、お肉系のがっつりとしたセットに分かれていた。

デザート付きで500円。
味も美味しかった。

デザートも手作りで、寒天や杏仁豆腐やプリンなど、ちょっとあれば嬉しい一品であった。

あまりにも美味しかったので、
昼食の楽しみを糧に働いていた部分もある。

【食堂で成立したコミュニティ】


授業の空き時間に食堂にいくと、ぽつぽつと中高の教員がご飯を食べていた。

そこで、何となく学校に違和感を持っていた先生たちと、ストレスを感じたことや、変だと思った出来事を共有できたのも良かった。

大学という離れた空間にいるからこそ、本音を吐き出し合えたのだと思う。


【大学の食堂が利用できないときは?】


中高の食堂を利用したことがあるが、恐ろしく味が濃かった。
大人が食べたら、塩分のとり過ぎで、病気になるのでは?
というレベルだったので、初めて食べた際には、衝撃を受けた。

これ、冗談抜きで殺されるやん…。

たまに、時間割変更で大学の食堂に行けない日は、嘆いたものだ。

あとは、近所の有名なパン屋さんがパンを販売しに来てくれるのだが、有名店だけあって、非常に値段が高い。

そのため、パン屋を利用する機会はほとんどなかった。

【食べる事の思い出】


正直、罰当たりかもしれないが、一番いい思い出は大学の食堂であった
そこで絆を深めた先生たちは、私も含めて1年で次の勤務先に就くことに成功し、その学校を辞めた。

あの空間と、栄養バランスが整った美味しい食事があったからこそ、1年間を乗り切れたのだと思う。

今思い返しても、あのレベルの食堂には出会ったことがない。
そう考えると、良い経験が出来たのかもしれない。

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