台風の夜に思い出した、あの日の「奇跡」と「パニック」
台風一過である。
久しぶりに大阪を直撃した台風は、私の帰宅を困難にした。
なんと、帰宅まで4時間もかかったのである…。
心身ともに疲れて横になったのは夜の12時。
疲れているのに眠れない。
この時に思い出したのが、大阪府北摂地震で帰宅難民となった時のことだ。
今回は、この時の学校の様子と体験談を述べてゆくことにする。
【地震発生。逃げ帰る教員現る】
午前8時過ぎ、教科室で授業準備をしていると、少し揺れを感じた。
地震だ。
当時、私は以前登場した自宅から遠い学校で勤務をしていた。
「ちょっと揺れたよね。」
なんて言いながら、朝礼の時間に階下の職員室まで行くと…。
どうやら、大阪北部がすごいことになっているというではないか。
生徒は電車が動いているうちに帰宅させるということが決定し、各担任が教室に向かおうとするその瞬間、驚きの出来事がおこった。
「帰る!!!!!!」
と一言、ものすごいスピードで、職員室を出ていこうとする50代の社会科男性教諭がいるではないか。
え?
クラスの生徒は?
それが先じゃない?という心のつっこみがあったが、あまりの勢いに圧倒された。
どうやら、その先生の自宅周辺が震源地だったようだ。
「帰るのは分かりましたが、ついでにサラサ先生を乗せていってあげてください。」
と、冷静な英語の先生が説得してくれていた。
私の自宅も、その近くだったからだ。
しかし、その声を遮り、何か雄たけびをあげて走り去ってしまった。
え?あの人、早退の手続きもしていない。
生徒も放ったまま。
YABAI。
の一言であるが、人間パニックになるとこんなもんなのかもしれない…。
【~帰宅準備~】
生徒達を帰宅させた後、もしも電車が動かなかった時の為にパンを2つ買い、鞄に入れた。
ずっと止まっている電車は、梅田までは間引き運転で動くことになった。
同じ方面の先生たちと、梅田で別れ、ここからどうしよう…。
【電車が止まるって大変】
運が良ければタクシーに乗れるかもしれない。
トイレに行って、万全の体制を整えてタクシー乗り場に向かうが、長蛇の列で諦めざるを得なかった。
タクシー乗り場ではなく、たまにタクシーに乗った人が下車するエリアにも数名の人が並んでいたので、その列に並ぶことにした。
タクシーが停まる保証はない。
それでも、たまにタクシーが来て、前の列の人達は運よく乗れている。
いつかは帰れるかもしれないと思いながら、列に並び続け、ついに自分が最前列となった。
どれくらい時間が経ったのかは覚えていない。
ただ、目の前にタクシーが停車し、必死に乗り込み
「〇〇方面の方。一緒に乗ります。いませんか?」
と大声で叫び続けた。
1人の女性が飛び出してきた。
お互いに手を握り合い、地元へと向かった。
「乗れてよかったね。今日は大変やで。」
と、タクシーの運転手さんがため息をついていた。
私達は、励まし合いながら、地元へ向かった。
不安と疲労で、パニックになっていた。
【家に帰る】
家では父と母がぐったりとしていた。
「高い食器だけ割れて、ガラスの破片だらけになって、掃除したら疲れたわ。」
と、食器好きの母が落胆していた。
命に別状がなかっただけでもありがたい。
家について少しすると、目が回り、頭痛がして倒れこんだ。
「タクシーに乗れたのは奇跡やな。」
と言いながら、その日はそのまま眠った。
【思い出したこと】
翌日以降も電車は復旧作業のため、止まっていた。
そのため、私は仕事を休んだ。
電車が止まっていなくても、疲労で休んでいたとは思う。
パニックになり直帰をした男性教諭は、一体どのような気持ちだったのだろう。
あの時、タクシーが来ていなかったら、私は野宿でもしたのだろうか。
今回の台風で、帰宅難民になり、久しぶりにあの時のことを思い出した。
時間がかかっても、家に帰る事が出来るのは奇跡である。
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