大人になるって聞かないことですか?【哲学対話書簡】
どうも、
娘の中学校の三者懇談。
終わり際に「何かあれば言ってください」という先生の言葉に、「先生は学生の頃何かあったら先生に言いましたか?」と聞いたことがある文具です。
隣で娘の花ちゃんが呆れてました。
でも、気になるんだもの。
そもそも、花ちゃんにクラスの子から嫌味や悪口を言われてるけど、先生には言わないでくれと言われていた。
気持ちはわかる。
先生に言うと、対応によっては悪化するからね。
そんなことを知ってか知らずか、「何かあれば言ってください」と軽くおっしゃる先生に思わず聞きたくなったのだ。
「先生は何かあった時、先生に言いましたか?」
「僕ですか?」
「はい。人間関係の悩みなど、先生に相談しましたか?」
「あー…僕の学校はとても人数が少なかったので、そもそも人間関係で悩みがなかったです。だから、相談したことはないですね。」
そうですか。
それは、しあわせだ。
では、もしイジメられてる子がいたとして、それを先生に言ったら先生はどう対応しますか?
当事者を呼んで「そんなことをしては駄目だ」と言いますか?
それとも、その子がなぜそんなことをするのかバックボーンを探りますか?
と、どんどん聞いていく。
だって気になるから。
隣で花ちゃん呆れてはる。
約束は守ってますよ👍
と、念を送る。
「あー…まずは注意をしますかね。それで様子をみて改善しないようなら、深掘りしていきますかね…」
なるほど。
様子を見るというのは、先生から見た視点ですよね。
一度注意されたことにより、より見えないように工夫した場合先生には分かりづらくなりますよね。
相談した子も、一度相談したことにより状況が悪化したら、次また言おうとは思いませんよね。
そうなると、先生や大人の側からは平和に見えても、実際のところはわからない。
それって怖くないですか?
「そう、ですねぇ〜」と、先生。
隣で花ちゃんが呆れている。
ごめん。
花ちゃん。
だって気になるんだもの。
先生を責めているわけじゃないんです。
でも、先生から見えてるものが全てではないということを知っていてほしい。
見逃してるかもしれない、という気持ちがあるだけで少し何かが変わるんじゃないかという気がする。
そんな話をして終わった。
先生は、「そこまで考えたことなかったです。ありがとうございます」とおっしゃってくれた。
しかし、めんどくさい保護者リストに入っていたかもしれない。
周りのお母さんを見ても、先生にぐいぐい質問するお母さんはあまりいない。
先生のお仕事が多忙であること、精神的にもすり減ることが多いこと、今色々と問題になっていること、保護者はみな知っている。自分がその負担になる側になってはいけないと気を使っている。
個人懇談はひとり15分。
知り合いのお母さんたちに聞くと、成績のこと、学校での様子、特に質問もしないので10分くらいですぐに終わってしまうという。
じゃあ、本当に質問はないのか?
というと、そうでもない。
皆それぞれに何かしら気になることはあるようだ。
だけど、こんなことを聞いて先生の負担になってしまうのでは……と聞くに聞けないで悶々としていたりする。
それって結局誰のためになるんだろう?
大人同士の遠慮のしわ寄せが子どもにくるんじゃないのかなぁ。
と、気になる。
気になる。
気になる。
せっかく先生と話せる15分を聞きたいことも聞けずに帰っていいの?
気になる。
気になる。
隣で花ちゃんは呆れている。
花ちゃんの方が大人なのかもしれない。
とも思う。
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おはぎさんとけいこさんの哲学対話書簡。
今回のテーマは「大人になるってどういうこと?」です。
この難しいテーマの口火を切ったのははしさん。
とても素敵な男の子が出てきました。
そして、けいこさん。
けいこさんの幼少期にけいこさんの片鱗が見えてとてもおもしろかったです。
哲学対話書簡に興味のある方はけいこさんの記事をご覧になってください。
そして、お二人の記事を読んでムクムクと書きたいことが湧き上がった私。
でも、書きたかったことと違うことを書いてしまいました。
導入にサラッと通り過ぎるはずだったお話が長くなり本題になってしまいました。
本当はまだ書きたいことがあるんです〰️。
図々しくももう一つ書かせてもらえたら…と、思っています。
とりあえず、今日はここまで。
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