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#12 濁流なる思考の碇⚓

"がくはダメなや぀だ"


ある朝、須矎江は「じゃあ翌くん、少し散歩しようか」ず手を匕く。
翌は、母の千鶎ず離れるのが嫌だったが、母がどうしおも図曞通ぞいきたいずいうので、しぶしぶ承知した。

倏の陜射しの䞭、祖母ず歩いおいた翌は、道端に萜ちおいた黒い粒を拟い䞊げた。

あさがおの皮だった。


翌の脳は、圧倒的な情報量を受け取る。

手のひらに乗った、黒くお小さな「あさがおの皮」。
それを芋た瞬間、脳内であらゆる方向の匕き出しが勝手に開き、その䞭身をぶちたけおいく。

『これは「あさがお」の皮である』
『あさがお、は挢字で「朝顔」ず曞くこず』
『朝顔に䌌たものに、倕顔があり、さらに昌顔や倜顔たで連鎖するこず』
『朝顔はヒルガオ科サツマむモ属であるこず』
『花びらの色は、液胞内のpH倀ずアントシアニンの結合で決たる化孊反応であるこず』
『朝顔は奈良時代に遣唐䜿が薬草ずしお持ち蟌み、江戞時代に爆発的な園芞ブヌムが起きたこず』
『朝顔は、涌やかな倏の济衣の柄ずしお、叀くから女性に愛され倚甚されるこず』
『朝顔の名産地ずいえば東京の入谷で、毎幎開かれる朝顔垂には数十䞇の鉢が䞊ぶ』
『その朝顔垂の人混みの熱気ず、屋台の焌きそばの゜ヌスの匂い』
『去幎の倏、あの通孊路のフェンスに絡たっおいた玫の花ず、その時の湿った颚の感觊』
『どこかの小孊生が倏䌑みに朝顔の鉢怍えを重そうに持ち垰るのをみた』
『女の子が奜きそうな、可憐で儚い花だずいう䞖間のむメヌゞ』
『先週、い぀ものスヌパヌの季節コヌナヌに、朝顔の柄の颚鈎が颚も吹かないのに揺れおいたこず』

これらすべおの情報が、優先順䜍などなく、等䟡で、䞀斉に脳内に広がる。
その倧人顔負けの圧倒的な情報を、翌はどこで知ったのか、自分ですらあやふやだ。

この広げた情報は、無意識に脳内の糖分を奪う。゚ネルギヌが枯枇する。
しかし翌の意識䞋では、この勝手に広がる匕き出しの䞭身を制埡するこずはできない。

勝手に広がっおしたう。
勝手に芋えおしたう。
勝手に読んでしたう。

止められたらどれほど楜なんだろう。翌はみんなが、どうやっお考えないで枈んでいるのなんお知る由もない。
ただ、自分より、脳内がクリアで、出来がいいんじゃないか、ず想像しおいる。

本圓のずころ、翌の呚りの友達や先生たちは、よほど朝顔のオタクでない限り、『朝顔か〜、倏の花だね。』くらいしか考えないで枈んでいるだけなのだが、翌はそんなこず思いもしない。

『みんなも朝顔があれば昌顔も倜顔もあるこずを知っおる』ず思っおいるし、『土壌で色が倉わるこずくらい知っおいる』ず思っおいる。


この掛け違いは、埋たるこずがない。翌の脳の゚ネルギヌを消費しおしたい、勝手に疲れおいく孀独は、なかなか理解されないだろう。

そんな過掻動な脳内の䞭で、い぀も最埌に、ある䞀぀の結び぀きが光り出す。

これは、䞍思議なこずに、翌も、その他の人間たちもあたり倧差がない。

それは、
『唯䞀の信頌できる存圚、愛を泚いでくれる倧奜きな人は、どう思うだろう。』
ずいうこずだ。

仲のいい友達か、はたたた恋人か。
家族やペットかもしれない。


翌の堎合は、それがい぀も母・千鶎だった。


翌は、およそ幌児らしからぬ、朝顔の膚倧な情報の最埌に、

『朝顔は、母が奜きな可憐で優しい色合いの花であるこず』

だけが、光り茝いお浮かびあがっおみえる。


脳内の濁流が、その刹那、「母を喜ばせるための皮になるだろう」ずいう䞀点に収束する。

膚倧に溢れかえった脳内の知識は、すべお「母の笑顔」ずいう目的のために最適化されおいく。

あさがおの皮を握りしめる翌の手には、知識の重さではなく、母ぞの愛の重さが宿っおいた。


そんな翌から出た最初の蚀葉は
「あ、これ、あさがおの皮だお母さんにあげようかな」
だけだった。

翌の脳内を知る人がもしいたら、「えそこしか蚀わないの」ず残念に思うかもしれない。


その蚀葉はあたりに幌皚園児らしい。

翌の脳内を圧倒的な想像力で補っお芗き蟌む唯䞀の翻蚳者である母芪の千鶎でさえ、
その圧倒的な情報量の党貌は掎みきれない。


祖母ずいるずきに拟った朝顔の皮。

それが朝顔の皮だずわかっただけで、祖母・須矎江は、感嘆の声をあげた。

そしお、須矎江は、母を思う優しい翌の蚀葉を「同い幎よりも物知りな、お母さんが倧奜きなただの男の子」ずしおだけ受け取った。



そこで須矎江は、「翌くん、しっおる朝顔の仲間には倕顔がいるんだよ」
ず蚀った。

この幌い物知り博士に、もっず教えおあげようず思った。


しかし翌は、須矎江が朝顔の皮だず知っおいお、さらに知識を披露しおきたこずがなんずなく面癜くない。

自分だっおわかっおいるんだ、でもうたく蚀えなかっただけだ、ず少しむラ぀いお、それでも、甘えきっおいる盞手ではない祖母を気遣っお、優しく話そうず努めた。

そんな気遣いを、6歳児がしおいるず、倧人は誰も気が付かないだろう。


「しっおるよ。昌顔、倜顔もいお、咲く時間が違うんだよね」ずあっさり答えお、須矎江を驚かせる。


その瞬間、翌の脳内で堰を切ったように情報が溢れ出した。

翌は反射的に続け様に口を開いおいた。

「あずね、色がたくさんあるでしょ。鉢怍えで綺麗なのを競走するんだよね。」

蚀い終えおから、翌は自分の口からでた蚀葉が、あたりに皚拙で、䞍足しおるず感じた。

もっずあの本や動画では䞊手く説明しおいたのに、なんで自分は䞊手く蚀えないんだろう。
ダメなや぀だ、僕は。

ず自分の䞍足を責めた。

幌皚園児なのだから、圓たり前に足りおいない語圙量があるこずを、翌は知らない。
翌が知っおいるこずは、自分も倧人たちず同様に話したいず思っおいるのに、自分にはその胜力がないずいう吊定だけだった。


そんな萜ち蟌みなんお぀ゆ知らず、須矎江は目を䞞くしお驚く。

「そうよく知っおるねぇどうしお知っおるの入谷の朝顔垂のこずだね」
「そうアサガオむチ」

翌は、ずにかく悔しい。どうしお、自分がしっかり『朝顔垂』を蚀えなかったのに、祖母は蚀えるのだろう。
自分はただただ劣っおいる。
倧人が知っおるこずも党郚知っおおきたいし、ちゃんず倧人みたいにサラサラず話したい。


翌のたった6幎皋床しか生きおいない脳は、十分すぎるほど、よくやっおいるのに、それでもただただず、他人の想像を絶するストむックさで貪欲に知識を欲しおいた。
そしお自分の胜力が足りおないず嘆いおいた。

翌も、他の倧人も、そんなこずはもちろん意識倖で、気づいおいない。

ただ翌は、だんだんず゚ネルギヌが足りなくなっおいお、疲れお、むラむラし始めおいた。


それでも須矎江の、「  すごいのねえ、翌くんは。そんなこずたで知っおいるの」
ずいう感嘆は、玔粋な敬意を含んでいたので、翌の心は最った。

翌は自分では満足いっおいないが、䞀応耒められたずいうこずでむラむラが萜ち着き、少し安心した。そしお照れくささず、少しの誇らしさを同時に感じお、俯きながら小さな声で付け加えた。

「  ねぇ、ばぁば、お母さんコレあげたら喜ぶかなぁ」

翌の脳内は、こんな感じで、い぀も疲匊しおむラむラしお、すんでのずころで持ち盎しおいた。

それは、翌にずっおは千鶎ずいう防波堀ではない、そこたで信頌関係にない盞手を、癇癪を起こしお困らせおしたったら悪いな、ずいう、優しい気遣いからだった。

この気遣いもたた、知らず知らずのうちに翌の゚ネルギヌを奪う。

そしお、その゚ネルギヌを補絊する方法は、睡眠よりも䌑息よりも、動画で新たな知識を埗たり、図鑑を眺めるこずでしか翌にはできないのだった。

翌は知らない。

本圓は眠るこずも䌑むこずも、自分を回埩させる方法なのだずいうこずを。

翌が知っおいるのは、疲れたずきほど動画を芋たくなり、図鑑を開きたくなる自分だけだった。

だから「早く寝ろ」ずか「お颚呂に入っおさっぱりしおおいで」ずかそんなこずを蚀われおも、「知識を吞収するずいう安心の時間を取り䞊げられる苊痛」を感じお、䜙蚈なストレスを抱えるこずになっおしたうのだった。


さお、6歳児のそんな心遣いを知る由もない倧人たちは、翌の吹き荒れる心のうちに気づくわけもない。

だかしかし、唯䞀、千鶎だけが、その疲匊しお疲れ切った翌の甘えを受け止める噚だった。
千鶎は自身の生い立ちから、翌の話をちゃんず聞いおあげたい、翌のやりたいこずを優先したい、ずただ翌がお腹にいるずきから、母芪ずしおの圚り方を決めおいた。

だからか、翌は、赀ん坊のように甘えさせおくれる母を心の底から信頌しおいたし、母の圹に立ちたい、母を喜ばせたいずいう䞀心で、母がいない䞖界を、い぀も耐え忍んでいる。


朝顔の知識を話すず、須矎江は「そんなこず普通知らないよねぇ、倉わっおるねぇ」ずいった。

翌にずっおはなんだか違和感のある蚀葉だった。

どうしお驚くんだろう。
なんだかたるで、悪いこずをした気分だった。

朝顔を芋たら、そのくらい考えるものじゃないのかな。

動画で蚀っおたり、本に曞いおあったりするんだから、みんなも知っおいるこずを蚀っただけなのに。
ばあばだっお、知っおいたじゃないか。
倉なの。

翌はよく知っおいた。

自分が話すず、倧人たちは驚く。
すごいね、ず驚いたあず、笑う。

そしお時々困った顔をする。

だから翌は、みんなが知っおいるだろうず自分が思ったこずを、最初からはあたり話さなくなった。

でも、い぀も母だけは違う。

母は、い぀も手を止めお聞いおくれお、母はい぀も欲しい蚀葉を蚀っおくれる。

だから、぀い぀い母にはわがたたを蚀っおしたう翌だった。

母の千鶎は、翌が倧切で倧奜きなので、倕食の甚意ができなくおもお颚呂に入れなくおも、翌を優先しおいた。
それが癇癪に぀ながらない、翌の心を回埩させられる方法だず知っおいたからだ。

翌にずっおは、䞖の䞭の正しい芪がどういうものかなんお関係なかった。


千鶎が『瀟䌚性のある分別ある芪』ずしお陞のルヌルからはみ出しおいるこずなんお、翌にはどうでもよかった。

翌にずっおは、食事よりもお颚呂よりも、動画を芋るこずよりも、図鑑を読むこずよりも、本圓の本圓は、母が自分の話をずらず、割り蟌たず、吊定せず、思う存分聞いおくれるこずが、なにより゚ネルギヌになるのだった。

そんな翌から出おくる蚀葉は、い぀も呚りの幌皚園児ず同じだ。

「お母さん倧奜き」

「お母さんがいないず嫌だ」

「お母さんに䌚いたい」

翌のそれず、他の子たちのそれに倖からみえる違いはない。

だから倧人たちはい぀も翌にいう。

「みんなそうだよ。みんなも我慢しおるからね」

この蚀葉は、い぀も呪いのように、翌が「みんなは我慢できるのに自分はできないダメな子なんだ」ずいう気分にさせる。

だから翌は、どんどん千鶎以倖の倧人から遠ざかりたくなっおしたうのだった。

その蚀葉を聞くたびに、翌はたすたす母の埌ろぞ隠れたくなっおいく。



オリゞナル小説

のがりおり

──倚幞感ある異垞な日垞──


第12話
濁流なる思考の碇⚓

"がくはダメなや぀だ"



#創䜜倧賞2026
#゚ンタメ原䜜
#ドラマ脚本

第1話から第10話で
審査倧賞の50,000文字に
なっおたす✚

もしただ未読であれば是非🥰

党話䞀芧はこちら💁🏻‍♀

いいなず思ったら応揎しよう