芋出し画像

カダックの䞊で   短線小説

 䌑みは取ったもの勝ちだ。

 穏やかな凪の海。雲はずぎれずぎれ。うっすらず颚が吹いおいる。この陜気だから少し汗はかくかもしれないが、ただ湿気が少ないのでべた぀くこずはないだろう。この海ず空を芋られただけでも、今日は䌑みをずっお正解だった。

 いたごろ䌚瀟であれやこれやずしおいる埌茩の姿が思い浮かぶ。あい぀に任せおきた仕事、倧䞈倫だろうか。たあ、やれるこずはやった。あずはあい぀次第だ  

 車のラゲッゞルヌムを開けお、子䟛の背䞈くらいあるナむロン補のキャリヌバッグを匕きずり出す。積み蟌むずきより、降ろすずきのほうが重く感じる。ラゲッゞルヌムからズルズルず匕っ匵っお、ひょいず背負うずズシリず肩に食い蟌んでくる。二十キロ以䞊あるのでやっぱり重い。おたけに金属のパヌツ郚分が腰のあたりに圓たっお痛い。持ち方を䜕床も倉えながら、砂浜近くのアスファルトの道たでゆっくり歩く。

 駐車堎より間近に砂浜が芋えたころには、湿気が少ないずいうのが甘かったず悟った。もう銖筋から汗が噎き出しおいるし、シャツの背䞭はびっしょりだ。やがお砂浜に接した道の端たで来た。

 キャリヌバッグをそっず道の端に降ろすず、汗がポタポタずアスファルトに萜ちる。もう目の前に海が芋えた。

◇

 キャリヌバッグのファスナヌを開けお、倧きな袋を䞉぀取り出す。たずはフレヌムの入った黒い袋。続いおセむルスキン船䜓垃を包んだ袋。最埌にラむフゞャケットやパドルなどの備品が入った袋。

 最初にフレヌムの袋からパヌツを取り出す。錆に匷いアルミ補のパむプだ。䞀本ず぀䞁寧に、傷やヒビが入っおないか慎重に確認しながら䞊べおいく。党郚でアルミパむプは二十䞃本。それぞれ䞀メヌトル前埌で驚くほど軜い。運んでいる途䞭に腰に圓たっおいたから、曲がっおいないかもチェックする。

 次に、䞊べたパむプを繋げお船䜓フレヌムを組んでいく。順番は決たっおいる。パむプに貌られたシヌルの蚘号ず番号を芋ながら接続する。昔は説明曞を芋ながらやったが、今はどれずどれを繋げるかは圢ず番号を芋ればすぐにわかる。プラモデルの組み立おみたいなものだ。
 パむプのゞョむント郚分は片方がバネ匏のボタン、もう片方が穎になっおいる。パむプ同士を差し蟌むずカチっずいう音ずずもにぎったりはたる。これがたた気持ちいい。誰にも邪魔されず、䞀人でひたすらフレヌムを組み䞊げおいく工皋は、本圓に心が萜ち着く。

 䞀本䞀本のアルミパむプは華奢に芋えおも、ゞョむントで぀ながっお倧きなフレヌムずなるずかなり頑䞈になる。
 組み䞊がったフレヌムの歪みを修正しお、䞭倮郚にシヌトを装着する。少し離れお党䜓を芋枡す。楕円を暪に倧きく匕き延ばした骚栌暙本のような船䜓フレヌムができあがる。

 ふず、すぐそばに人がいるこずに気づいた。老人ず麊わら垜子を被った少幎だった。い぀からいたのだろう。倢䞭になっおいたので、党然気づかなかった。いかにも定幎埌の祖父が孫を連れお散歩しおいるずいう感じだった。

 少幎は興味接々ずいう目぀きでフレヌムを指さした。
「  䜕䜜っおいるの」
 ただ、その質問は自分にではなく、老人に向けられたものだった。老人は少し銖をかしげお自分に質問した。
「  これは  カヌヌですか」

 こういうずきは、できるだけ正確に答えたい。
「カダックです。フォヌルディングカダック」
「  フォヌ」
「折り畳み匏のカダックです。こうやっお  」
 説明するより芋せたほうが早いので、セむルスキンを広げた。四メヌトル近くあるポリ塩化ビニルでコヌティングされた防氎性の船䜓垃だ。これの䞭に、たるで掋服を着せるように、組み䞊がった船䜓フレヌムを滑り蟌たせおいく。するず、さっきたで骚ず皮でしかなかった二぀の物䜓が、立䜓的な船――カダックずなっお姿を珟しおくる。

「わあ  ボヌトだ」
「ほぉ  」
 少幎が歓声をあげ、老人が感心したようにため息を぀いた。なんだか、こっちも誇らしい。
「それらしくなったでしょ」

 きちんずフレヌムがセむルスキンの䞭に入ったかどうか確認し、各郚をテヌプで仮止めしたあず、ロヌプでテンションをかけおセむルスキンずフレヌムをがっちりなじたせる。

 最埌に残りのフレヌムや船䜓カバヌを取り付け、船䜓䞡脇の゚アチュヌブにポンプを぀ないで空気を入れる。グむグむず手動でポンプを抌しおいるず、たた汗が噎き出しおくる。最初はなかなか空気が入らないが、ある皋床入るず、船䜓の䞡サむドが浮き茪のように膚らんでくる。それに぀れおセむルスキンずフレヌムの密着床が増し、ピシッずいう音ずずもに船䜓ががっちりずした塊になっおいく。

 この瞬間が倧奜きだ。カダックが産声を䞊げた瞬間のように感じる。

◇◇

 ほが船䜓が完成したずころで、ブレヌド矜が䞡端に着いたパドルを組み立お、ラむフゞャケットを身に着けた。
 老人が聞いおくる。
「これに乗っお  釣りされるんですか」
 たいおい、そう聞かれるが答えは決たっおいる。
「  いえ。釣りはしたせん」
「しないの」
「はい。ただ  挕ぐだけです」
「それだけ」
「  それだけです」
「  」
 垜子をかぶり、サングラスをかけた自分を芋ながら、老人はたた銖をかしげた。釣りをするわけでもないのに、なんで海に出るのか、䜕が楜しいのかずいう顔をしおいる。

 必芁なものだけ防氎袋に詰め、砂浜に繰り出す。そしお、ゆっくりず䞁寧にカダックを波打ち際に浮かばせる。海の氎は冷たい。けれど暑さで火照ったからだには心地いい。氎挏れやおかしなずころがないか最終点怜する。倧䞈倫。いける。

 ポケットのスマホがブルッず震えた。出るかどうか少し迷う。

 ずりあえず手に取り、送信者の名前だけ芋る。

 振り返るず、さっきの老人ず少幎が近くたで぀いお来おいた。少幎は口には出さないがカダックに乗りたそうだ。
 ごめん。子䟛甚のラむフゞャケットは持っおきおないんだ。シヌトも䞀぀しか付けおないし。それに、い぀か君も䞀人で乗れるようになるよ。

 そう思いながら防氎袋を積み蟌み、片足をさっずカダックに乗せる。すぐに残った足で砂浜を蹎っお、䞋半身を滑り蟌たせシヌトに座る。その勢いで、倚少巊右に揺れながら、船はスルスルず氎面を進んでいく。

 あずはパドル操䜜が頌りだ。巊右亀互に数回挕ぐず、あっずいう間にカダックは波打ち際から十メヌトルほど離れおいた  

◇◇◇

 少しだけ沖の海に出たら、もう呚りには䜕もいない。

 遠くに芋える波打ち際には、老人ず少幎がただこっちを芋おいる。でも声は聞こえない。静かな波の音ず、ずきおり流れる颚の音だけ。ちょっずだけ冷やっずするが、それも心地よい。いったん挕ぐのをやめお、パドルを船䜓に入れ、ゆらりゆらりず流れに任せる。

 さっきの老人の蚀葉がリフレむンする。
 ――「それだけ」
 そう、「それだけ」のために今日はここぞ来た。

 カダックの䞊では  䜕もしない。

 釣りをするずか、本を読むずか、動画を芋るずか、音楜を聎くずか  

 そうしたい人はすればいい。

 でも、自分はやらない。

 それでは仕事ず同じじゃないか。

 カダックの䞊では、䜕もしない。ただボヌッずする。 

 たったそれだけのために、䌑みを取り、わざわざ早起きしお、重い荷物を運んで、汗をかきながら、時間をかけおカダックを組み立おた――


 ふず、ポケットからスマホを取り出し、さっきの通知の䞭身を確認する。

 『先茩のおかげでうたくいきたした。ゆっくり䌑んでください』

 口元が緩む。返事は  


 ――良かった。圏倖だ。


 やっぱり、䌑みは取ったもの勝ちだ。


了



䜜者より
最埌たでお読みいただきありがずうございたした。

本䜜にはスピンオフ䜜品「カダックの䞊で  真実」がありたす。優雅な䌑暇を送るかに芋える䞻人公の真実の姿ずは   本䜜ずセットでお読みいただけたすず幞いです。