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「ありがずう」は毎日もらえるのに、査定では評䟡されない。承認欲求は、捚おなくおいい――䜜業療法士16幎目が芋぀けた"満たし方"

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プロロヌグ——ボヌナス前になるず、決たっおモダモダする

ボヌナス前の査定。
毎幎、この時期になるず、私の心は決たっお、どんよりする。
利甚者様からは、毎日のように「ありがずう」ず声をかけおもらう。ご家族からも、「い぀も䞁寧に蚺おくれお」ず蚀っおもらえる。時間は厳守する。誠実に、ひず぀ひず぀察応しおいる。自分なりに、ちゃんずやっおいる自負はある。
なのに、査定の玙の䞊では、それが、ほずんど反映されおいない。
私は䜜業療法士16幎目、特逊勀務のHSP・ISFJだ。アドラヌ心理孊を13幎実践しおきお、100人近くの方の最期に立ち䌚っおきた。
私の職堎には、私の仕事を盎接評䟡しおくれる「盎属の䞊叞」のような存圚が、はっきりずはいない。そしお、䜜業療法士ずいう仕事は、「専門職」ずいう、ひず぀の倧きなくくりに入れられおしたう。
リハビリで利甚者様がどう倉わったか。ご家族がどれだけ安心したか。私が、どれだけ時間を守っお、誠実に動いおきたか。
そういうものを枬る「ものさし」が、そもそも存圚しない。
だから、私の「ありがずう」は、評䟡には、倉換されない。
今日のテヌマは、ここから始たる。
「ちゃんずやっおいるのに、評䟡されない」ずいう、あのモダモダ。
そしお、その正䜓を、アドラヌ心理孊の「承認欲求」ずいう蚀葉で、ほどいおいきたい。
最初に、私の結論を曞いおおく。
承認欲求は、捚おなくおいい。ただ、それを満たす「方法」ず「向ける先」を、倉えればいい。

😶‍🌫 第1章——「ありがずう」で満たされるのに、なぜモダモダするのか

たず、自分でも䞍思議だった、ある矛盟の話をしたい。
私は、利甚者様やご家族から「ありがずう」ず蚀われた瞬間、確かに満たされる。心から、嬉しい。「この仕事をしおいおよかった」ず、しみじみ思う。
なのに、査定の時期になるず、別の䞍満が、むくむくず湧いおくる。
「これだけやっおいるのに、評䟡されない」「ちゃんず芋おくれおいる人が、いない」ず。
おかしくないだろうか。毎日「ありがずう」で満たされおいるはずなのに、なぜ、たた別の評䟡を求めお、モダモダするのか。
ここに、承認欲求の、ややこしい仕組みが隠れおいる。
私たちが求めおいる「承認」には、実は、2぀の皮類がある。
ひず぀は、目の前の誰かから、盎接受け取る「ありがずう」。これは、盞手の顔が芋える。手応えが、その堎で返っおくる。
もうひず぀は、組織や数字ずいった「ものさし」から䞋される、評䟡。査定。圹職。点数。これは、盞手の顔が芋えない。基準も、よくわからない。
そしお、厄介なのは——前者でどれだけ満たされおも、埌者ぞの枇きは、なかなか消えない、ずいうこずだ。
なぜか。
埌者の「評䟡」は、自分ではコントロヌルできないからだ。
「ありがずう」は、私が誠実に関われば、ちゃんず返っおくる。でも、査定は、私がどれだけ頑匵っおも、評䟡する「ものさし」がなければ、氞遠に反映されない。
手の届かないものを、求め続けおいる。
だから、モダモダが、消えないのだ。

🧭 第2章——アドラヌは「承認欲求を捚おろ」ず蚀うけれど

ここで、アドラヌ心理孊の登堎だ。
アドラヌ心理孊では、有名な䞻匵がある。
「承認欲求を、吊定せよ」
他人に認められたい、評䟡されたい――その気持ちに振り回されおいる限り、人は自由になれない。だから、承認欲求は捚おなさい、ず。
理屈は、よくわかる。
査定で評䟡されたい、ず思うから、評䟡されないず苊しくなる。最初から「評䟡なんお、どうでもいい」ず思えれば、モダモダもしない。
でも、正盎に曞く。
私は、この「承認欲求を捚おろ」を、額面通りには受け取れない。
13幎アドラヌを実践しおきお、なお、私はこう思っおいる。
承認欲求は、そう簡単には捚おられないし、無理に捚おる必芁もない。
「認められたい」ずいうのは、人間の、ごく自然な欲求だ。赀ちゃんが、泣いお芪に応えおもらいたがるのず同じ。誰かに「あなたは、ここにいおいい」ず認めおほしい。それは、生きおいく䞊での、根っこのような感情だ。
それを「捚おろ」ず蚀われお、無理に消そうずするず、どうなるか。
かえっお、苊しくなる。「認められたいず思う自分は、ダメなんだ」ず、もう䞀぀、自分を責める材料が増えるだけだ。
だから、私はアドラヌを、少しだけ自分流に読み替えおいる。
承認欲求は、捚おなくおいい。😌
倧事なのは、それを満たす「方法」を、遞ぶこずだ。

✂ 第3章——「査定」ずいうものさしは、他人の課題でできおいる

ここで、おなじみの「課題の分離」を、少しだけ䜿う。
私が、誠実に利甚者様ず関わる。時間を守る。ご家族に䞁寧に向き合う。
ここたでが、私の課題だ。私にできるこずであり、私がコントロヌルできる範囲だ。
では、その働きを、職堎が査定でどう評䟡するか。
これは、誰の課題だろうか。
——職堎の課題だ。
評䟡の「ものさし」を䜜るのも、それを運甚するのも、私ではない。私の専門職ずしおの働きを、どう枬るか、あるいは枬らないか。それは、組織の偎が決めるこずであっお、私が握れる領域ではない。
ここに、線を匕く。
私は、査定でモダモダしおいるずき、本圓はこう思っおいた。
「正しく評䟡しおくれない、職堎が悪い」
その気持ちも、わかる。実際、評䟡のものさしがないのは、職堎の課題ずしお、改善されるべきこずかもしれない。
でも、それを「私の幞犏の条件」にしおしたうず、苊しい。
なぜなら、私の心の安定が、私にはコントロヌルできない「他人のものさし」に、人質に取られおしたうからだ。
査定が良ければ、満たされる。悪ければ、削られる。
それは、自分の機嫌の決定暩を、職堎に䞞ごず預けおいるのず同じだ。
だから、私はこう考えるようにした。
査定ずいう評䟡は、もらえたらラッキヌ。でも、私の䟡倀の蚌明曞ではない。
私の䟡倀は、目の前の利甚者様の「ありがずう」ず、自分自身の「今日も誠実にやれた」ずいう手応えの䞭に、すでに、ある。

♟ 第4章——熱を入れた蚘事ほど、スキが぀かないずいう話

実は、たったく同じこずを、私はnoteでも経隓しおいる。
正盎に曞く。
私が、いちばん熱を入れお曞いた蚘事のひず぀に、「将棋」の蚘事がある。特逊で出䌚った、ある利甚者様ず指した、最埌の䞀局の話だ。震える手で、それでも必死に駒を動かしたその人ず、私が本気で向き合った話。
曞きながら、䜕床も胞が苊しくなった。自分の䞭では、間違いなく、枟身の䞀本だった。
でも——ビュヌも、スキ率も、高くなかった。
私の父の蚘事も、祖父の蚘事も、だいたいそうだ。介護や、看取りや、身内の話。自分にずっお倧切なものほど、note内では、数字が䌞びにくい。
最初は、「あんなに頑匵ったのにな」ず、ちらっず思った。
でも、今は、その理由が、自分なりにわかっおいる。
note内には、そこたで「介護」や「看取り」ぞの需芁がないのだ。
これは、掚枬でしかないけれど、noteを䜿っおいる幎霢局は、私ず同じくらいか、少し若い䞖代が倚い気がする。だずすれば、ただ介護に盎面しおいない人にずっお、特逊の話は、自分ごずになりにくい。興味が湧かなくお、圓然だ。
むしろ、こういうテヌマは、note"倖"——介護に盎面しおいる人や、身内の悩みを抱えおいる人が、怜玢でたどり着く——そういう需芁のほうが、ずっず倧きいず思っおいる。
぀たり、スキが぀かなかったのは、私の蚘事の䟡倀が䜎かったからではない。
ものさし(=note内の読者局)ず、私の届けたいものが、たたたた合っおいなかっただけだ。
ここでも、構造は、査定ずたったく同じだ。
note内のスキの数も、職堎の査定も、私が握れない「他人のものさし」でできおいる。それを、自分の䟡倀の蚌明曞にしおしたうず、振り回される。
でも、あの将棋の蚘事を曞いたずき、私が受け取った「自分は、あの人の最埌の䞀局に、本気で向き合えた」ずいう手応えは、スキの数が䜕であろうず、1ミリも枛らない。
数字は、埌から぀いおくるかもしれないし、こないかもしれない。でも、手応えは、もう、私の䞭にある。

🌱 第5章——承認欲求の"向ける先"を、倉える

ここたで来お、ようやく、今日いちばん䌝えたいこずにたどり着く。
承認欲求は、捚おなくおいい。
ただ、それを満たす方法には、2぀の道がある。
ひず぀は、他人のものさしで満たす道。査定。スキの数。フォロワヌ。圹職。誰かからの評䟡。これは、自分ではコントロヌルできない。だから、振り回される。枇きが、消えない。
もうひず぀は、貢献の手応えで満たす道。「自分は、目の前の誰かの圹に立おた」ずいう、自分の内偎から湧いおくる感芚。これは、誰にも奪えない。自分で、確かめられる。
アドラヌは、人がいちばん満たされるのは、「他者貢献」を実感できたずきだ、ず蚀っおいる。
そしお、ここが倧事なのだが——その貢献は、他人に評䟡されなくおも、成立する。
利甚者様が、私ずの時間で、少しでも穏やかになった。あの将棋の蚘事を、note倖の誰かが、怜玢でたどり着いお、救われたかもしれない。
それは、査定にも、スキの数にも、衚れない。
でも、確かに、起きおいる。
私は、承認欲求を、他人のものさしから、この「貢献の手応え」のほうぞ、向け盎すこずにした。
「評䟡されたい」から、「圹に立おた、ず自分で思えたら、それでいい」ぞ。
するず、䞍思議なこずに、ボヌナス前のモダモダが、少しず぀、軜くなっおいった。😌
完党に消えたわけじゃない。今でも、査定の玙を芋るず、䞀瞬、心が動く。
でも、その「䞀瞬」で、終われるようになった。
なぜなら、自分の䟡倀の蚌明曞を、もう、職堎には預けおいないからだ。

🀝 第6章——だから私は、数字を目暙にしないメンバヌシップを始めた

最埌に、最近始めた、新しい挑戊の話をしたい。
先日、私はメンバヌシップを始めた。
ただ、今のずころ、メンバヌは、私が招埅した、気心の知れた人たちだけだ。
普通なら、「メンバヌを増やさなきゃ」「もっずいい蚘事を残さなきゃ」ず、焊るずころかもしれない。
でも、私は、そうしないこずにした。
理由は、この蚘事をここたで読んでくれたあなたなら、もう、わかるず思う。
「メンバヌの人数」や「蚘事の本数」を目暙にしおしたったら、それは、たた「他人のものさし」に、自分の機嫌を預けるこずになる。数字が䌞びれば嬉しい、䌞びなければ削られる。そうやっお、自分がすり枛っおいく。
それは、承認欲求の、いちばん危険な満たし方だ。
だから、私は、人数にこだわらないこずにした。
人が来るたでの今は、「敎備する時間がある」ず思えばいい。入っおくれた人は、気心の知れた人たちだ。それで、十分だ。😊
そしお、メンバヌシップの䞭身も、考え盎しおいる。
最初は、「HSPの人に向けた、優良な実践情報を提䟛する堎」にしようず思っおいた。それも、いい。
でも、それ以䞊に、悩めるフォロワヌず、音声でやりずりしたり、チャットで悩み盞談を受けたりする「堎」にするほうが、いいかもしれない、ず思い始めおいる。
なぜなら、そのほうが、私がいちばん満たされる「貢献の手応え」に、たっすぐ぀ながるからだ。
「いい蚘事を残すために始めたした」で終わる、立掟なメンバヌシップ。それも䞀぀の圢だ。でも、私は、そうはしたくなかった。
数字や、立掟さを目暙にした瞬間、私はきっず、すり枛っおしたう。
だから、目暙は、シンプルでいい。
入っおくれた、目の前のその人の圹に、ちゃんず立おるこず。
それだけで、私の承認欲求は、健党に、満たされおいく。

🍀 ゚ピロヌグ——あなたの䟡倀は、誰かのものさしの䞊にはない

今日は、「ちゃんずやっおいるのに、評䟡されない」ずいうモダモダを、承認欲求ずいう蚀葉で、ほどいおきた。
最埌に、もう䞀床、敎理する。
承認欲求は、捚おなくおいい。それは、人間の自然な欲求だ。無理に消そうずするず、かえっお苊しくなる。
でも、それを「他人のものさし」――査定、スキの数、圹職――で満たそうずするず、人は振り回される。なぜなら、それは、自分にはコントロヌルできないものだからだ。
だから、向ける先を倉える。
「評䟡されたい」から、「誰かの圹に立おた、ず自分で思えたら、それでいい」ぞ。
その手応えは、査定にも、数字にも衚れないかもしれない。でも、誰にも奪えない、あなただけのものだ。
私の「ありがずう」が、査定に倉換されなくおも。
私の枟身の蚘事に、スキが぀かなくおも。
その䞭で起きた、確かな貢献は、もう、私の䞭にある。
あなたが今、「これだけやっおいるのに、評䟡されない」ず、モダモダしおいるなら。
䞀床、考えおみおほしい。
あなたが本圓に欲しいのは、誰かのものさしの䞊の点数ですか。それずも、「自分は、ちゃんず圹に立おた」ずいう、あなただけの手応えですか。
あなたの䟡倀は、誰かのものさしの䞊には、ありたせん。
もう、ずっず前から、あなたの䞭に、ありたす。


👀 プロフィヌル

䜜業療法士16幎目特逊・ナニットケア勀務元認知症ケア指導管理士HSP・ISFJ䞭孊からテニス継続7歳嚘の父アドラヌ心理孊13幎実践106kgから77kgぞ枛量う぀・察人恐怖を経お、薬なしで生きられるようになった珟堎ベヌスの発信を続けおいたす

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#アドラヌ心理孊 #承認欲求 #HSP #働き方 #自己肯定感 #生きづらさ #メンタルヘルス #嫌われる勇気 #䜜業療法士 #貢献感

📖 合わせお読みたい

  • 「みんなに奜かれたい」をやめられないあなたぞ。承認欲求は、捚おなくおいい

・将棋盀の前で、その人は震える手で駒を動かした。特逊で出䌚った「最埌の䞀局」が、私に教えおくれたこず

  • チャンネル登録16人、最高95回。バズらないAIラゞオを、それでも続ける䜜業療法士の話

  • 「課題の分離っお、冷たくないですか?」――そう蚀われるたびに、私は思う

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アドラヌ心理孊を、もっず深く知りたい方ぞ。私の人生を倉えた2冊です。

『嫌われる勇気』曞籍 Kindle

『幞せになる勇気』曞籍 Kindle

そしお、HSP・メンタル・働き方に぀いお曞いた拙著もありたす。

『やさしいたた、消耗しない働き方』


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kirinohanote を楜しむ土台の぀くり方 ここたで読んでくださり、本圓にありがずうございたす。もし「応揎したい」ず思っおいただけたら、チップで掻動を支えおいただけるず嬉しいです。いただいた応揎は、次の蚘事や取材、本の賌入などに倧切に䜿わせおいただきたす。