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毎日小学生新聞炎上に寄せて、東浩紀氏への残念感

高市早苗氏が日本初の女性総理大臣に就任したことを受け、毎日小学生新聞が掲載した社説が絶賛SNS上で炎上中だ。
問題視されたのは、『女性だからといって「女性の代表」というわけではありません。』という一文だ。

だが、冷静に読めばその意図は明白である。
それは「女性総理だからといって無条件に称賛するのではなく、その行動をよく見て、自分の頭で考えよう」という―子どもたちに“考える行為”を促す教育的メッセージだ。

それにもかかわらず、SNS上では「女性の活躍を否定している」といった、誤読に基づく批判が広がり、「女性の敵」とまで言い出す声もあった。
この炎上の根底にあるのは、言葉の意味よりも「誰が、どんな気分で言ったか」という感情優先の社会構造である。


私がこの件で最も驚いたのは、
本来なら文脈を読み解く側にいる知識人までもが、短絡的な感情に流されていたことだった。評論家の東浩紀氏はSNSで、

「これは女子児童がかわいそう。後世非難されるでしょうね。」

https://x.com/hazuma/status/1982354060046184815

と投稿した。
だが、この反応こそが現代のポピュリズム化した知性を象徴している。
本来、言葉の意図や背景を読み取り伝える立場にある人々が、SNSの“かわいそう”という情動の波に巻き込まれ、思考よりも印象で語るようになってしまっている。

これは単に一人の評論家の問題ではない。
今の社会全体が、「考えるよりも感情で反応する」方向へと加速度的に傾いているのだ。


政治の世界を見ても、この「情動の支配」は顕著である。
高市首相の支持層の中には、政策の中身よりも「爽快感」「共感」を重視する傾向が見られる。タレントのつるの剛士氏がSNSで、

「リーダーが変わるとこんなにもスピード感って変わるもんです?
爽快すぎて今までなんだったんだろう感。」

https://x.com/takeshi_tsuruno/status/1981007032997351856

と投稿し称賛を集めたが、実際には国会は閉会中で、まだ具体的な政策審議すら始まっていない。

この発言も「気分の良さ」で支持が形成される。政治が「結果責任」ではなく「共感ビジネス」として機能し始めていることを示す典型例だ。
石破茂氏のように地道に政策論を重ねる政治家が敬遠され、「敵を叩く言葉」で共感を得る政治家が支持される――
それが、SNS時代の情動政治の構造である。


しかし本来、民主主義とは“感情の多数決”ではなく、事実に基づき、熟考のうえで判断を下す制度のはずだ。
SNSのアルゴリズムは、賛否を煽ることで「怒り」や「同調」を増幅させ、私たちの視野を狭める。
その結果、自分のタイムラインを“世論”と誤認し、複雑な問題を単純な二項対立に矮小化してしまう。

だからこそ今こそ必要なのは、
「考えることを恐れない姿勢」である。
感情の代わりに理性を、
共感の代わりに理解を、
そして、言葉尻ではなく
意味の奥行きを読む力を持つこと。


この騒動で忘れてはならないのは、
子どもたちは、大人が思う以上にしっかりとした倫理的思考を持っているという事実だ。
彼ら、彼女らは正確な判断材料さえ与えられれば、自分の頭で考え、答えを導き出す力を持っている。

もし親が新聞の記事に違和感を覚えたなら、
家庭で子どもと話し合えばいい。
「あなたはどう思う?」と問うことで、
子どもは思考し、議論し、意見を形づくっていく。それこそが、親の役目であり、民主主義の最初の学びの場である。

新聞の記事が気に入らなければ、購読をやめればよい。
それは個人の自由だ。

だが“洗脳装置”などという言葉で人々の恐怖心を煽り、攻撃的な方向へと導こうとする――そんな空気こそが最も危うい。
そうした風潮がメディアを萎縮させることにつながるのなら、私は断固としてそれに抗いたい。

「ものを言えない空気」を作ることは、最終的に自分自身の思考をも縛ることになるからだ。


私たちは、自ら選び、考え、判断する力を持っている。
大人も、そして子どもたちも。
民主主義とは、その力を信じ、育て続ける営みである。

考えることを恐れず、
感情の渦に流されず、
冷静に「言葉の意味」を読み解く社会であってほしい。それが、今回の炎上騒動から私たちが学ぶべき最大の教訓ではないだろうか。


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