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カーミージー

沖縄で好きな場所をひとつだけ挙げるとしたら、カーミージーを選ぶ。月に二回ほど訪れた、浦添市の自然海岸・天然ビーチである。

海岸を散歩しながら海を眺める。ときどき足を止めて海を見つめる。何十枚も写真を撮る。麦わら帽子を手で押さえながら、大きな橋をゆっくり渡る。やっぱりずっと海を見ている。橋の上でも立ち止まる。見つめる。写真を撮る。渡り切ってもまた眺める。見つめる。写真を撮る。

何度繰り返しても足りない。もっと見たい。ずっとずっと見ていたい。

海はつねに変化している。潮の満ち引き、天気の移り変わり、風の強さ。あらゆるものに影響を受けながら変化する。一ヶ月前と二週間前と今日の海はちがう。十分前と五分前といまの海はちがう。いまの海も、毎秒ちがう。

橋の右端、まんなか、左端。ほんの数メートル歩くだけでも目に映る景色はちがう。数百メートルも歩けば、ここは本当におなじ海なのかとびっくりするくらいちがう。

だから何度見ても、何枚写真を撮っても飽きない。歩くたび、目を逸らすまいと必死になる。一瞬一瞬の輝きを目に留められないことそのものが、悔しいけれど美しかった。

海には数えきれない色があることを教えてくれたのも、カーミージーだ。眺めるたびに色の多さに驚いた。青だけでも数万種類はありそうだった。青、緑、黄緑、黄色、茶色、ベージュ、クリーム色、白……。名前のある色に無理やり当てはめてみたけれど、実際は単純に色分けできるものではない。  

水の色、空の色、雲の色、光の色、岩の色、砂の色、土の色、生きものの色……。海はあらゆる自然の色を包容している。実は海とは、この世のすべての色が見つかる場所なのではないか。そんなことをときどき思った。

時間がゆるせば、すぐそばのショッピングセンターで買い物や読書をした。建物の一階、ちょうど海の目の前には、上島珈琲店がある。つめたい黒糖ミルク珈琲を片手に歌集をひらく。顔を上げるたび海がきらめく。こんな贅沢があっていいのだろうか。限りなく不安に近い、幸福感に包まれる。

沖縄から離れることが決まったとき、わたしはまずカーミージーとの別れを思った。この目でカーミージーを見れなくなる。橋の上を歩けなくなる。光と風を感じられなくなる。想像するだけで切なかった。

海の広さ、美しさ、複雑さ。そのすべてを見せながら、わたしを癒し続けてくれたカーミージー。この場所との別れがわたしにどれだけの影響を与えうるのか、計り知れないものがあると思った。

写真ならたくさん撮った。千枚くらいは撮ったと思う。でもどんなにインスタ映えのする写真も、この目で直接見た美しさにはかなわない。体全体で感じた迫力と奥深さにはかなわない。それほど素晴らしい場所に、わたしは運良く出会ってしまった。たった一度きりの、短い短い人生のなかで。

わたしはカーミージーというたったひとつの場所で、わたしというたった一人の人間の心と体で、その一瞬しか感じとれないものを感じていた。すべてをそのまま思い出すことはできないけれど、目を閉じて思い浮かべるだけで、わたし全体が澄みわたっていくのがわかる。

でも考えてみれば、生きている限りいつでもどこでもすべては一度きりである。世界は刻一刻と変化している。わたしもあなたも変わっていく。目に映るものはカーミージーほど美しいものばかりではないけれど、この世は目を逸らすまいと必死になる価値のある場所だと思う。

カーミージーを見つめ続けた網膜で、いまわたしは冬の空を見つめている。


<短歌>

海へ来るたびに初めて海へ来たようにうれしい 全力で立つ

おなじひとなんてどこにもいないけど海ではみんな海を見ている

足跡を辿る少年ふと顔を上げれば海が、海だけがある

この橋のはしからはしへ歩いても捉えきれない海がすきです

この海がみえないときもこの海を映し続けた網膜を持つ


※本作品は『漕いで光って飛んでいく』に収録したエッセイです。


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