ウォルマート研究⑦ 業態の変革力。アマゾンとの競争
ウォルマート。 その名は、かつて「地元の商店街を飲み込む巨大な怪物」として恐れられました。 しかし、そんな絶対王者の前に現れたライバル。
ネットの巨人、アマゾンです。
前回は、ウォルマートが「効率」を極限まで追求した結果、 何を犠牲にしてきたかの話でした。
2025年度、ついに歴史が動きました。
アマゾンの売上高が、長年首位に君臨したウォルマートを上回ったのです。
しかし、そこには安易に王座を譲らない、壮絶なデッドヒートがありました。
(また、純粋な小売りではウォルマートの方が売上が高い状況)
アマゾンの台頭:店舗が「重荷」になる日
2010年頃、小売業界に激震が走りました。
それまで「本をネットで売る会社」だと思われていたアマゾンが、猛烈な勢いでウォルマートの領土を侵食し始めたのです。
アマゾン創業者ジェフ・ベゾスは、エンジニア出身。 小売の経験がないからこそ、業界の常識に縛られませんでした。
「アマゾンはEC企業ではなく、データ企業である」
彼は自社の商品だけでなく、ライバル企業にもプラットフォームを開放しました。
自社商品の隣に他社商品を並べる。
当時としては画期的な手法で、品揃えを爆発的に増やしたのです。
当時の空気感は、まさに「静かなる恐怖」でした。
店舗を持たないアマゾンは、固定費を抑え、ITを駆使して消費者の好みを先回りする。
対するウォルマートは、全米に広がる巨大な店舗網が、デジタル時代においては、かえって「重荷」に見え始めていました。
世間はこう囁きました。 「リアル店舗の時代は終わった。これからはネットがすべてを支配する」と。
ここで、アマゾンの強さを支える重要なキーワードに触れておきます。
AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)です。
これは、アマゾンが自社のために構築したコンピューター・システムを、外部企業に貸し出すクラウドサービスのこと。
実は、アマゾンの利益の大部分はこのAWSが稼いでいます。
この「金の卵」があるからこそ、アマゾンは本業の小売で、赤字覚悟の破壊的な投資を続けることができたのです。
2017年、アマゾンが高級スーパー「ホールフーズ」を買収したとき、世界は確信しました。
「ネットの王者が、いよいよリアルの世界も飲み込みに来た」と。
ウォルマートの逆襲:店舗を「武器」に再定義する
2014年、崖っぷちのウォルマートに救世主が現れます。 若きCEO、ダグ・マクミロンです。
彼は就任早々、驚くべき宣言をしました。 「我々は、テクノロジー企業になる」
彼は、単にアマゾンの真似をしたわけではありません。
ウォルマートが持つ最強の資産。 すなわち「全米に広がる5,000近い店舗」を、デジタルの力で再定義したのです。
ここで登場するのが、「オムニチャネル」という戦略です。
ネット(オンライン)と実店舗(オフライン)の境界をなくし、顧客がどこでも同じように買い物ができる仕組みのことです。
ウォルマートが取った作戦は、実に鮮やかでした。
彼らは店舗を単なる「売り場」ではなく、「ネット注文の配送拠点」へと作り変えたのです。
アマゾンが巨大な配送センターをゼロから建てている間に、ウォルマートはすでに全米の生活圏内に「倉庫(店舗)」を持っていました。
「店舗があるからネットに勝てない」のではない。
「店舗があるから、ネット注文を一番速く届けられる」。
この逆転の発想が、彼らを死の淵から救いました。
対決の思想:固定価格 vs 変動価格
両者の戦いは、その「思想」においても真っ向から対立しています。
ウォルマートの根幹にあるのは、EDLP(エブリデー・ロー・プライス)。
「毎日ずっと安い」という考え方です。
価格を固定することで、配送の無駄をなくし、顧客に「いつ行っても損をしない」という圧倒的な安心感を与えます。
一方のアマゾンが得意とするのは、ダイナミックプライシング。
AIを使って、ライバル店の価格や在庫状況に合わせ、1日に何度も価格を自動で変動させる仕組みです。
「信頼の固定価格」か、「緻密な変動価格」か。
小売の本質を問うこの戦いは、今もなお続いています。
成功要因の核心:プライドを捨てた「自己変革力」
最近、この戦いに面白い変化が起きました。
アマゾンが意欲的に進めていたレジなし店舗「Amazon Go」の一部撤退です。
最先端のカメラを駆使した店舗は、コストがかかりすぎ、顧客のニーズともズレが生じました。
「技術が凄ければ勝てるわけではない」。
小売業の奥深さを物語る出来事です。
対するウォルマートは、派手な技術よりも「駐車場で車に乗ったまま商品を受け取れる」といった、泥臭くも圧倒的に便利なサービスを磨き上げています。
ウォルマートがアマゾンとの死闘を生き抜いている最大の理由。
それは、自らの過去を否定するほどの「自己変革力」にあります。
彼らは「世界一の小売業」というプライドを捨て、ITベンチャーを巨額で買収し、その文化を飲み込んでまで、デジタルへの脱皮を図りました。
守るべきは「店舗」という形ではなく、「顧客に安さと便利さを届ける」という目的そのものだったのです。
歴史ある大企業が、自らの成功体験を捨ててまで変わる。 これこそが、ウォルマートが今もなお成長し続けている理由なのです。
ウォルマートの強さを支えるのは、システムや戦略だけではありません。 そこには、創業から受け継がれる「泥臭い哲学」があります。
次回は、「 小さく考えよ。歴代CEOと受け継がれるDNA」。
巨大組織を動かす、あまりにもシンプルな思考法についてお伝えします。
お楽しみに!
参考:「アマゾンVSウォルマート――ネットの巨人とリアルの王者が描く小売の未来」 ダイヤモンド社 鈴木 敏仁 (著)

