【note特別記事】なぜいま、敗戦直後の戦争責任論をひも解くのか —— 國分功一郎『天皇への敗北』をよむ
2026年7月刊行の河西秀哉 著『〈退位〉の終戦史――免責と問責にゆれた天皇』。敗戦直後、人々は昭和天皇の戦争責任をどう論じていたのか。皇室典範改正にゆれる戦後81年目の今夏、現代の象徴天皇制を理解するうえで必読の一冊です。
このnoteでは、著者の河西秀哉先生による特別寄稿を公開します。ぜひご一読ください。
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『〈退位〉の終戦史――免責と問責にゆれた天皇』を脱稿した直後、本書のテーマと深い関わりを予感させる1冊の本が出版された。哲学者の國分功一郎氏による『天皇への敗北――シリーズ哲学講話』(新潮新書、2026年)である。韓国で行った講演と東京大学駒場キャンパスで学生向けに行った3つの講話、そしてまとめの終章からなる本書は、現代日本の哲学者が戦後日本のありよう、特に戦争責任の問題を論じたものとしてたいへん刺激的である。
ところで、タイトルに冠せられた「天皇への敗北」とはいかなることなのか。國分氏は、まず平成の天皇の護憲的な発言や態度に注目し、それが天皇個人の性格や思想などといった個人の資質だけに起因するものではないと指摘する。國分氏の見るところ、象徴天皇は日本国憲法に規定された存在であり制度であるがゆえに、平成の天皇のあり方は日本国憲法にはじめから内蔵されていた仕組みなのである(これは、憲法学者である石川健治氏との対談でなされた指摘から意識したという)。
だが、そうしたなか問題が生じる。安倍晋三政権の登場である。安倍政権による立憲主義への挑戦があからさまなものになっていくにしたがい、平成の天皇の存在感は高まっていく。日本国憲法で「象徴」として規定された自己を守らんとする天皇からすれば、立憲主義をないがしろにする安倍政権に対して、時には敵対的な対応もやむを得ないものとなる。しかしながら、そのことは平成の天皇がリベラルと目されることを意味し、安倍政権を支持する「保守」勢力としては批判的にならざるを得ない。一方で、リベラル派はそうした天皇の発言や態度に賛意を示す。こうして、本来は天皇を尊崇する「保守」が天皇を批判的に見、天皇制に対して批判的な態度を示すはずのリベラル派が天皇を支持する状況が立ち現れる。國分氏は、これを「天皇と憲法をめぐる運命のアイロニー」とし、「天皇への敗北」と評した。
それは、戦後の憲法学が国民に対して憲法について成熟した態度を求めてきたにもかかわらず、結局のところ国民は憲法秩序を守るために成熟した態度を取ることができなかったからである。「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と言ってのける安倍談話、さらには平成の天皇が築き上げてきた象徴天皇制のあり方を否定するような昨今の皇室典範改正をめぐる高市早苗政権の動向をまえに、もはや何をもって「保守」であるのかが曖昧化している現状に鑑みたとき、こうした國分氏の見立ては私も正しいと思う。
そして興味深いのが、國分氏がこの問題を考えるうえで文藝評論家・加藤典洋の『敗戦後論』を検討している点である。1997年に発表された彼の議論の出発点は、日本が戦争中にアジア諸国に対して行ったさまざまな侵略行為の責任を取っていないという問題提起であった。そして加藤は、その原因の一つに、戦後日本のなかにある「ねじれ」「自己欺瞞」があると見た。敗戦を迎え、アメリカに占領され、そして憲法を押しつけられたという事実を、日本国民は正面から受け止めずに知らぬ振りをしていたというのだ。
こうした被害者意識を持ち続ける「ねじれ」「自己欺瞞」の状態にある以上、いくら戦争責任を突きつけても責任感が生まれるはずはないと國分氏はいう。だからこそ『敗戦後論』は、それを乗り越えて日本の戦争責任について考えることを提起していた。日本の戦争責任を問いつつ、謝罪の必要性を問いつつ、日本にただ責任を突きつけるだけではダメだという問題提起が、そこにはたしかに存在した。
このように、國分氏は戦後日本の問題性をえぐり出している点で『敗戦後論』を評価する一方、それが天皇の戦争責任論においては甚だ不十分であり、方向性に誤りがあったとも指摘する。それというのも、加藤は同書で昭和天皇の戦争責任と退位について明確に言及したものの、それはあくまでも自国民に対するものであったからである。ましてや実際に昭和天皇が戦争責任を問われることはなかったという事実は、国民が自分たちの加害性を見つめるという課題から目をそらすことにつながった。
こうした國分氏の議論に耳を傾けてみると、やはりそこには『〈退位〉の終戦史――免責と問責にゆれた天皇』にも通底する問題があるように感じる。本書で光を当ててきた昭和天皇の自己弁護ともいえる言動は、天皇側からの「ねじれ」「自己欺瞞」であったように思われる。自分だけが責任を負うべきではない。軍部にも、国民にも、そしてアメリカにも責任がある。天皇は自己の戦争責任を感じつつも、それを正面から受け止めずに知らぬ振りをしていたのではないか。一方で、退位論を展開していた人々はどうか。昭和天皇の道徳的責任を追及するなかで、自分たちの責任もまた問うていたのだろうか。天皇ただ一人にその責任を負わせようとしたのではないか。そしてついぞ昭和天皇に自責と反省の「おことば」を言わせなかった吉田茂首相こそまさに、そうした戦後日本の問題性を構築した人物の一人ではないか。
戦後81年を迎えようとしている。実のところ『〈退位〉の終戦史――免責と問責にゆれた天皇』では、「2000年代以降、加藤の問題提起はどこか忘れられてしまったように思われる」と記して筆をおいた。だが今日に至って、まさにその加藤の問題提起を引き受け、ふたたび世に問うた好著が出版された。『〈退位〉の終戦史――免責と問責にゆれた天皇』もまた、私たちが正面から受け止めずに知らぬ振りをしていた戦争責任の問題を、もう一度考えるきっかけになれば幸いである。
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