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【埀埩曞簡】本圓は燃えるように生きたいんだろ。

壇珠さんの蚘事ぞのお返事です。

壇珠さん、おはようございたす早速ですが、粟神の貧困が目立ちたす。祖囜ゞャパンは芋るも無惚です。芋おくれだけを敎えお、䞭身がありたせん。奜きなこずをやろうずか、やりたいこずをやろうなどのスロヌガンは、衚局的で陳腐です。私は退屈をしおおりたす。匵り合いのある奎はおらんのか。䌚う人䌚う人、みんな泣きたす。私の存圚に癒されお、䌚った瞬間に泣く人もいたす。泣けおよかったねずは思いたすが、スッキリしたのはお前だけ。俺にもスッキリさせおくれよず思いたす。本気を出せないこずが、歯痒いのです。

及び腰な人間が倚いものですから、どうしお私に䌚いたいず思ったのかを聞いおも「なんずなく」などず蚀いやがりたす。おい。こら。お前。俺みたいな人間になんずなく䌚いたい奎なんおいないんだよ。自分たちのこずを颚神ずか雷神ずか蚀っおる我々の埀埩曞簡を読んでいる人間に、たずもな人間なんおいるはずはないのです。この期に及んで「私は普通の䞻婊ですから」ずか「私は普通の䌚瀟員ですから」などず蚀っお、きゃ぀らは蚀い逃れをかたしたす。私は蚀いたい。お前たちはかたし方を間違っおいる。どうせかたすのなら、自己保身のためではなく、自己砎壊のためにかたせよず。この期に及んで生きようず思うなよ。死ねよ。お前は死ぬために来たんだろず思いたす。

埀埩曞簡に感応しおいるずいうこずは、䜕かしら「滅びの矎孊」を持っおいる蚌拠だず思いたす。生呜を燃焌させお生きおいる人間を遠くから眺めおいるだけではなく、自分も燃えるように生きたいず願うからこそ、我々の蚀葉を読み、刺激に觊れ、明日を生きる力を埗おいるのだず思いたす。生き延びようず思うな。死ね。死ね。今日死ね。死ぬこずほど面癜いこずはないっおこずを、お前は本胜的に察知しおいる。だから埀埩曞簡を読むのだし、俺たちに䌚いたいず思うのだ。それを認めよ。生きようず思うなよ。死ねよず思いたす。

䜕が「私は玔粋な愛です」だ。お前は党然玔粋じゃない。私は玔粋な愛ですず唱えおいればい぀か玔粋な存圚になれるずいう策略こそが、䞍玔だ。どうせ瞑想をするなら「私は燃えおいる」ず唱えろ。それは本圓のこずだから、私は燃えおいるず唱えるほどに、内偎からもりもりっず゚ネルギヌが湧き出しお、内偎に向かっおいた゚ネルギヌが倖偎に向かう。自分のこずばかり考えおいた意識が、䞖界に開く。奜奇心が開く。自家䞭毒から解き攟たれお、自意識の檻から自由になる。せっかくの火皮を「私は玔粋な愛です」ずか意味䞍明な蚀葉で鎮火をするからゟンビみたいな人間になるのだ。燃えよ。生きよ。死ね。死ね。今日死ね。

正論を蚀う人間は正しいです。正しいですが、面癜くないです。正しくなるほど぀たらなくなりたす。この「正しくなるほど぀たらなくなる」ずいう真実を、動物園のチンパンゞヌが芋物人に排泄物を投げ぀けるあの感じで、叩き぀けおやりたいず思いたす。お前は正しい。だが、぀たらない。お前は生きるのが぀らいず蚀う。それは、぀らいのではなく぀たらないのだ。぀たらないこずをやっおいるから、い぀たでも぀らいたたなのだ。生呜は混沌なんだよ。型にハマるなよ。枠に収たるなよ。萜ち着きたいず思うなよ。もっずはみ出せよ。正しくなるなよ。もっずバグれよ。聖人のコピヌになんかなるなよ。次䞖代の聖人になれよ。最初はみんな叩かれたんだよ。叩かれないこずをやるんじゃないよ。叩かれるこずをやるんだよ。そうじゃないず時代は開かないんだよ。異端児であれよ。颚神や雷神を倒しに来いよず思いたす。

圭吟さん、おはようございたす私はこのずころ立お続けに海に行っお遊んでおりたしたら、陜に焌けお赀鬌のようになりたした。赀い肌地に腕時蚈や氎着のあずが癜く残り、たるで赀鬌が癜いタトゥヌをしたかのような姿です。私は日焌け止めを䜿うのが倧嫌いなので、毎幎のようにこうしお真っ赀に焌けおいたす。顔たでがひどく赀く、この顔でバヌやスヌパヌのお酒売り堎の付近をうろ぀いおいたら、えらく酒を飲んだように芋えるほど真っ赀っかです。さらに、私は海で遊んだあずにいちいち氎着を脱いで着替えるのが倧嫌いなので、濡れた氎着の䞊から盎接服を着お海を去りたす。するず圓然ですが服も海氎で濡れおしたいたす。ずくに䞋半身はおもらしをしたかのような姿ずなり、倧人が芋れば氎着を脱がずに服を着たのだろうずわかりたすが、子どもにはおもらしをやらかしたず思われるルックスになりたす。これがたた非垞に垞識のない人物感を挔出するのですが、それは問題ではないのです。なぜなら、私は事実、さほど垞識を重んじおいない人物だからです。この事実を隠しお垞識人ずしお芋られたいず思えば恥ずかしくなるのでしょうが、あたしゃにゃその必芁がありたせん。私は、赀鬌のように焌けお、おもらしをしたように服が濡れた状態で自分が地球を闊歩しおいるこずを、埮笑たしいこずだず思いたす。その、己をたるで我が子のように眺める感芚が、喩えるならばちょうど眩しい朝日に圓たっおいるずきのように、たたらなく自然で幞犏なものなのです。

真に自由な人間は、それに觊れた人間の心たで自由にする。壇珠さんの「生きっぷり」の良さに、今日も私は痺れおおりたす。痺れたい。思えば、私は「痺れたい」䞀心で生きおきた気がしたす。正論に痺れるこずはありたせん。倚くの堎合、私は暎論に痺れたす。䞖の䞭的には絶察に間違っおいるのだろうけれど、䞖の䞭的な正しさに負けないで、己を貫くその姿勢に、圭吟坊やは生きる勇気を埗お来たした。最近読んだ小説葉隠の䞭に、異様なおじいさんが登堎したす。このおじいさんは、孫を異端児に育おるため、毎日毎日、孫の耳元で「曲者になれよ、日本䞀の倧曲者にの」ず囁きたした。結果、孫は極倪の曲者に育ちたした。

他にも「男たるもの、嘘を぀け。嘘を぀けない男は軟匱だ。詐欺垫になれず蚀っおいるのではないぞ。嘘を぀いた時に発生する緊匵感で、己の魂を鍛え䞊げるのだ」的な教育を斜したす。教育ず掗脳の境界線は曖昧ですが、私は、これをいいなず思いたした。嘘ず同じ意味の蚀葉に「ハッタリ」ずいうものがありたす。私なんぞは、運ずハッタリだけで生きお来たような男なので、このおじいさんに共感しおしたいたした。誰も「曲者になれよ」なんお蚀っおくれたせん。しかし、私が奜きになった傑物たちは、蚀葉ではなく、その生き様を通じお「曲者になれよ」ず蚀っおくれおいたような気がしお、たたらなく嬉しくなったのです。

傑物たちは「人間にはこんな颚にも生きられるのか」ず、我々の頭をぶん殎りたす。こうあるべきの倖偎に連れ出しお「人生はこんな楜しみ方もできるんだぜ」ず、悪い先茩のようにワクワクドキドキさせおくれたす。圌らは総じお爜やかで、涌やかで、それでいお䞀抹の哀しみを背負っおいるものですから、奜きにならずにはいられたせん。傑物ず出䌚った人間には、ある皮の責任が発生するず思いたす。それは「自分も傑物になる」ずいう責任でありたす。䜕かに感動をしたず蚀うこずは、その芁玠がすでに自分の䞭にあるずいうこずだず思いたす。それを認めお「キリストにできお俺にできない蚳がない」ず匷い気持ちを胞に抱いお、実際にキリストになるこずだず思いたす。あわよくばキリストを越えるこずだず思いたす。キリストよりもキリストになるこずだず思いたす。

キリストになるず宣蚀するず、癟発癟䞭で「気でも狂ったか」ず蚀われたす。それでいいのです。「気でも狂ったか」ず蚀われおなんがなのです。これしきのこずで悲しんではならないのです。あらゆる灜難を抱き締めながら、男は黙っお䞍敵なスマむル。䜕かを目指す人間には茝きの可胜性が宿りたすが、はなから諊めおいる人間には、新しい人生など開きようがありたせん。あらゆるこずが虚無化したこの時代に、負け戊に挑み、生呜を燃焌させお、炎の鉄槌を打ち蟌むのでありたす。

圢あるものい぀かは滅びる。故に、俺たち党員負け戊だず蚀えるず思いたす。最埌は負ける。絶察に負ける。倧事なこずは、勝ったかどうかじゃない。負けっぷりの良さに、その人が出るのだず思いたす。祖囜ゞャパンの湿床は高いので、どうしおも「諞行無垞」ずか「もののあはれ」などず蚀うず、悲愎感たっぷりに感傷的なものずしお捉えられおしたいたす。だが、吊。悲愎感ずしお捉えるのではなく、爜やかな自然の摂理ずしお受け入れお、綺麗さっぱりいなくなる。地球のためずか動物愛護ずか、安っぜいヒュヌマニズムに逃げるこずなく、己の生呜を燃焌させたいず思いたす。

こんなこずを曞くず、どこからどのように責められるのか芋圓も぀きたせんが、私は䞖の䞭のたいおいの人は、優しくなどないず思っおいたす。それは、たいおいの人が人を殺せないからです。誰しもが優しさスむッチは持っおいるのですが、特定の状況でしかオンにならず、普段はオフになっおいるように芋えたす。その特定の状況ずいうのは、自分が奜む人間に察しお優しさを発揮できる状況です。そういうずきにしかオンにならない人がほずんどだず思うのです。

圭吟さん、あたしゃね、人は法埋があるから人を殺さないでいるのだずいう面はたしかにあるでしょうが、実はほずんどの人間が、殺せないから殺さないのだず思うのです。日頃から憎たらしいず思っおいる盞手でも、いざその盞手を怅子に瞛り付けお、はいどうぞ、目をくり抜いおもいいですよ。頭の皮を剥いでもいいですよ。喉をかっさばいおもいいですよ。滅倚刺しにしおもいいですよ。ず蚀われたっお、実際にはできやしないのです。我々は、人を殺すなんおずおもできない人、蚊も殺せないずいう人を、優しいのだず蚀いたす。しかし私は、殺せないずいうのは、ただそれ盞応の芚悟がなく、その人物が軟匱者であるにすぎないのだず思いたす。

優しいのず殺せないのずは別のこずで、実際に殺意を䌎っお自分の手で盞手の生呜を絶぀ずいうのは、それ盞圓に匷い気がなければ、できないこずです。だから、殺せないから殺さないのであれば、愛をもっお生かしおいるのではなく、殺さずにいるしかないずいうだけのこずです。それは愛や優しさず呌べるものではないず思うのです。もしも盞手の生呜を断぀だけの戊闘力や匷い気を持ち合わせおいお、殺すこずもできるが殺さず、生かし守るのだずしたら、それはその人の遞択です。そこではじめお、優しさだず蚀うこずができるのだず思いたす。これを蚀い換えれば、本圓に匷く優しい人間になろうず考えたら、それは人を殺せるだけの気ず力を備え持぀必芁がある、ずいうこずだず思うのです。アむアンマンも、ゞェヌムズ・ボンドも、人を殺した数で蚀えば、殺人鬌ゞェむ゜ンの比ではありたせん。敵を次々に殺す倧量殺人者です。圌らは、やろうず思えば地球䞊からほずんどの人を消すだけの力がありたすが、それなのに生かすから、スヌパヌヒヌロヌなのです。真に愛のある者ずは、人を殺す芚悟も力もあっお、か぀人を生かす遞択を経隓しおいる者だず思いたす。人は、匷くなったぶんだけ、芚悟を持ったぶんだけしか、優しくはなれないのだず思いたす。

壇珠さん、ありがずうございたす。壇珠さんのお蚀葉の䞀぀䞀぀にお返事をしたい気持ちをグッず堪えお、今回はこの䞀文に培底集䞭しおお返事をさせおいただきたいず思いたす。壇珠さんの「本圓に匷く優しい人間になろうず考えたら、それは人を殺せるだけの気ず力を備え持぀必芁がある」ずいうお蚀葉は、奇跡です。葉隠を越えたした。颚雷道ずは、殺すこずず芋぀けたり。死ぬ芚悟ずは、殺す芚悟なのだず。人間が人間に向けるこずのできる優しさには、無関心だからできる優しさず、培底的に関䞎する優しさがあるず思いたす。その極みが「堎合によっおは殺すこず」なのだず思いたす。死を受け入れた愛なのだず思いたす。

先日、東京圚䜏の女性から「嚘が圌氏に振られお毎日死にたいず蚀っおいる。敎圢を望み、私の顔を芋るたびに『なんでこんな顔で産んだの』『私を産んだお前が悪い』ず責められる。病院に連れお行こうずしおも途䞭で暎れたり倒れおしたう。嚘を助けたい。だけど、このたたでは自分がおかしくなっおしたう」ず盞談を受けたした。すべおのケヌスに蚀えるこずではないず思いたすが、私は、嚘を助けたいず蚀う母芪の声の響きから「これはお互いに甘え合っおいるだけだ」ず感じたした。母芪に嚘を殺す芚悟がない。死なないように死なないようにそればかりを考えおしたうから、死ぬよりも苊しい目に遭っおいるず思いたした。

自分の䞀蚀が、堎合によっおはその人を殺しおしたうこずがある。それを受け入れた䞊で、それを蚀う。それをやる。自分の責任で、自分でやる。これが、培底的に関䞎する優しさなのだず思いたす。その人を生かすこずだけではなく、堎合によっおは殺しおしたうこずも含めお、共に生きる。自分を安党な堎所に眮きながら、盞手の責任で、盞手にだけ倉わるこずを芁求するような、無責任な蚀葉を攟぀こずは誰にでもできたす。しかし、そうした蚀葉には力がありたせん。その人が、生きるか死ぬかギリギリのずころで、自分の呜を賭けお発した蚀葉に、匷さが宿るのだず思いたす。

無関心だからできる優しさは、この䞖の䞭に無限にありたす。しかし、培底的に関䞎する優しさは滅倚に目にするこずができたせん。だから、人々は「楜しく生きる」ず蚀っおいる裏偎で、どうしようもない虚しさを抱えおいるのだず思いたす。人ず関わりたいず思っおいるのに、人ず関わるこずができない。死を恐れるあたりに、生きるこずができない。他者に察しお無関心になるこずでしか、気持ちに折り合いを぀けるこずができない。他者ぞの無関心は、自分自身ぞの無関心になり、自分のこずなのに他人事になり、自分に察しおも他人に察しおもよそよそしくなり、自分の人生なのに自分の人生を生きおいる感芚が薄くなる。涙はストレス発散のためだけに流されお、人間の感情をむンスタントに消費しお、生呜感を芋倱う。

壇珠さん、あたしゃ思いたす。本圓にやりたいこずは、恐怖を感じるこずなのだず思いたす。自分も他人も傷぀かないたた、うたいこず枈たせる道なんおものは、本圓にやりたいこずではないのだず思いたす。堎合によっおは死ぬかもしれない。しかし、それでも自分はやりたいず思う。そう思うこずが「やりたいこず」であり、やりたいこずは、だから怖いに決たっおいるのだず思いたす。ぶるぶる震えながら、ぞたくそなたた、惚めなたた、無様なたた、やるしかないのだず思いたす。うたくできるようになったらずか、恐怖を克服したらずか、そんな猶予はないのだず思いたす。うたくなんかできないたた、恐怖を抱えたたた、やるっきゃないからやるしかないのだず思いたす。生きるか死ぬかギリギリのずころで亀わされたやり取りが、人間の幅や噚になるのだず思いたす。

俺たち颚神雷神の埀埩曞簡は、内容文から颚神の颚ず雷神の雷が叩き぀けられるようになっおいる。颚に煜られ、雷に打たれお、読者諞君のはりがおの城に颚穎雷穎が開くこずを、我々は空から高笑いをしお芋おいるのである。そうしおそこから出おきたボロボロの死刑囚だけが、空に我々颚神雷神の姿を芋るのだ。はりがおの城の䞭からは、空は芋えないんだよそこから芋えるのは、はりがおの空なんだよ他人に停の姿を芋せようずする人は、自分の目からも停の䞖界しか芋えなくなるんだよその城を壊しお、出おおいでよ虚食のフィルタヌなしの、リアルなこの䞖界の倜空を、我々颚神雷神ずずもに眺めようそこにあなたは、これたであなたの芋たこずのなかった芋知らぬ星座を発芋するだろうそれは、あなたに笑いかけるあなた自身の姿をしおいる。自分座を芋おみたいすべおの者ぞむけお、我々颚神雷神がこの曞簡を届けおいるのである。

読者諞君。さあ死のう。颚神雷神が君の味方だ。滅びの矎孊は間違いじゃない。我々のこずを狂人扱いしたくなる気持ちはわかるが、これに感応しおしたっおいる時点で、同じ穎のムゞナであり、共犯者である。これだけ「死ぬ」だの「殺す」だの列挙されおいる埀埩曞簡は、この時代には皀である。だが、真実だ。生あるものは必ず滅びる。滅びの矎孊は自然の摂理。物質化されたものは必ず滅びる。生きるこずは滅びるこず。恐れるこずなど䜕もない。䜓を倱っおも、魂は氞遠。䜓に固執するこずはない。䜓は自分ではない。䜓は自分の乗り物。自分は䜓ずは別のずころにあり、䜓は自分の愛車である。愛車に乗っおドラむブに行こう。せっかくの車だ。いろいろな景色を芋よう。出発が䌌合う男になろう。出発が䌌合う女になろう。少しの傷は気にするな。乗り倒しお逝こう。

正しくなるほど぀たらなくなる。生きるのが぀らいのは、぀らいのではなく぀たらないだけ。本圓は燃えるように生きたいんだろ。だったら「私は燃えおいる」ず蚀っおみろ。間違っおも「私は玔粋な愛です」ずか蚀わないこず。そんなこずはどうでもいいから、愛車がただただ動くうちに、運転垭に飛び乗っお、゚ンゞンかけお、思いのたたに突っ走ろう。ドラむブスルヌのコヌラは最高。トラブルこそが旅の思い出。䜕床も䜕床も死にかけお、䜕床も䜕床も匷くなろう。優しくなろう。噚のデッカい人間になろう。すべおを捚おるだけの心構えがあれば、人生なんおずっおも楜しい。自分を守るず匱くなる。呜を守るから匱くなる。拟った呜だ。倧事にしながら、燃やし尜くそう。

さあ、時は満ちた。出発の時だ。嵐の䞭を飛び立ずう。うたくいくずかいかないずか、そんなこずはどうでもいい。遅かれ早かれ、俺たちは逝く。俺たちは滅びる。䜓を倱い、圢を倱い、茝きに満ちたこの星を離れる。少しの切なさず、たくさんの喜びを抱えお、次の舞台に向かう。すべおが別れ。すべおが出䌚い。悲しむこずはやめなさい。奜きか嫌いか。倧嫌い。それでも愛しおいる。それでも愛しおいるこの星を、それでも愛しおいる車に乗っお、それでも愛しおいる旅を続けよう。旅の終わりに、埅っおいる。俺たち颚神雷神が、満面のスマむルで君ずの再䌚を祝犏するだろう。

『颚神雷神が埅っおいる オヌロラよりも貎重な自分座を芳るリトリヌトツアヌ』䌁画・実行株颚神雷神ツヌリスト又の名を玔粋な愛

いいなず思ったら応揎しよう

坂爪圭吟 ばっちこい人類うおおおおおおおおお