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第252回「装ったり真似したりするよりも滲み出るものの方がはるかに価値があるという価値観」

オリジナルの美しさ、先駆者の美しさはすごい。
この人は超えることができない。
と本心から思ってしまう。

例えば、宮崎駿。
ここ最近AIの発達で、様々なジブリ風のイラストが生成されるようになった。
しかしどこからどう見てもAIが作ったものには美しさがない。

オリジナルにはあってAI生成にはない、
目で見るよりも細かなものがない、
見ていて何か滲み出るものを感じないのだ。

それは具体的にどんなものなのかはわからない。
でも感覚としては、
何かを装っている。
精巧に真似をしようとしている。
という気色悪さを本能で察知してしまい、それに対して嫌悪感まで出てしまう。

オリジナルとはそういうもので、
二次創作というものはそういうものなのかもしれない。

どんなに上手でも、どんなに綺麗でも、
オリジナルを超えるものは無い。
そう感じる。


例えば、ワンパンマンという漫画をご存知か。
ワンパンマンの原作はネットで読めるONE先生の作品だ。

ONE先生原作の方は、
絵の勢いにコマ割り、ギャグ描写、そして背筋がゾクッとするほど想いが滲み出ているストーリーの熱さがある。

ワンパンマンは村田雄介氏によって、リメイクというか原作と並行して同時連載をしている。
いまや村田版のほうが有名だろう。

絵は明らかに村田版の方が綺麗で迫力もあって上手い。
しかし、こと漫画というものとして総括すると、
圧倒的にONE版の原作の方が面白い。

この場合どちらにも滲み出るものはある。
しかしどうしても細かいニュアンスや表現の方法、作者が伝えたいものはどんなことなのか、
深く強く滲み出るのは、原作の方のワンパンマンになってしまう。

これがオリジナルの美しさであり、
どうしても越えられない壁なのだ。


noteを読んでいると、
ふとエッセイってなんだろう?と思う瞬間がある。

エッセイ、エッセイ、と言われているけれど。
本当のエッセイを書いている人はどのくらいいるのだろうか。

エッセイ風に書いたエッセイのようなもの。
悪いけど多くの人が書いているものをそんな風に感じてしまう。

どこかの誰かの真似をしている、
見たことのあるような書き方をして綺麗な表現を装っている、
その人から滲み出るものが感じられないものが非常に多い。

そういうものに疑問を感じ、
以前エッセイの定義を調べたことがある。

エッセイとは...自分の体験や見聞、そこから得た感想や考えを、形式にとらわれず自由な文章で綴る文学ジャンル

ということはエッセイには、別に比喩表現やメタファーを組み込まなくてはいけないなんてルールもないし、情景描写を細かく入れ込むなんてルールはない。

しかしどうだろう、
多くの人のエッセイ風エッセイをみると、ほとんどの人が形に囚われているように見える。

かくいう私も、以前にエッセイ風エッセイでも書いてみるかなと思って自分を殺して書いたものがあるが、
私にとってこの記事はものすごく失敗したなと思うし、何よりも自分らしくない。

それがこれ↓

たぶんこの日は、とても晴れたお天気の日に田んぼのド真ん中で強めの風を感じた日だった。
夏の伸びた稲の美しさを思い出して書いたような。

そんな記事だった。

でもこの記事は、失敗だったな。
だってこんなつまらない言い回しどこでも見るでしょ?
このような誰にだって書けそうな表現で埋め尽くされたものは、
自分の心に嘘をついているようで気が気でなくなる。


私はnoteを書く時に常々思っている。

あの人の人物像はこういうものだ。
あの人はこんな想いを持っていたんだ。
あの人、普段何を考えていたんだろう。
そんな疑問を解消できるように、なるべくたくさん自分の思考を書いていきたい。
あの人とは、私のことだ。

私が死んだ後、
私は何を考えていたのか、どんなやつだったのか、心の底を知らせてあげないと。

そんなことからnoteを書き始めた。
一言でいわば遺書だ。

だからこそ偽りの言葉は要らなかった。

この「滲み出る」という感覚を強く思ったのが、お笑い芸人「ブラックマヨネーズの吉田さん」のある言葉からだった。

それは過去に記事ですでに書いている↓

いくらカッコ悪くても、
いくら下手でも泥臭くても、
偽りの言葉を並べてるような綺麗に見える作品よりも、想いが滲み出る作品の方が美しく感じるものになると思うんだ。

甲本ヒロトが「ドブネズミみたいに美しくなりたい」と言っていたのは、比喩じゃなくて本当に本心からそう思っていたのかもしれない。

だからブルーハーツは時代を作ったのかもしれない、後から追いかけてきた似たような模造品たちをブッチ切ったんだろう。

だからこそオリジナルを追求したい。
美しくありたい。

どんなことでも言える、
整形なんてする必要もないし、
好きじゃないのに流行りに乗らなくてもいいんだ。


私が書いているこれはエッセイと言えるのだろうか、それともただの雑記なのだろうか。

過去に一度あのようなエッセイ風エッセイもどきを書いたが、あんな気色の悪い文章はもう2度と書かないと誓いたい。

滲み出るものをそのままに、
自分のリアルをそのまま伝えたい。

そっちの方が絶対価値があると思う。

...って価値観を持っているんだなぁ自分は。。

と俯瞰して終わります。

第252回目の投稿でした。

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