結び(風)の章∞第192話|削いで初代(此岸節)
とある読者さん
との
川端康成「雪国」討論会。
まだ、つづく――
🗣️ 風志:
川端康成「雪国」。
あっけなく
終わってしまいました(笑)
「…さあと音を立てて天の河が島村のなかへ流れ落ちるようであった。」
だけで。
終わってしまったようです(笑)。
──────────────
🗣️ とある読者さん:
はい(笑)。
あれで、終わるんです。
しかも、
何がどう終わったのか、
ほとんど説明しないまま。
『雪国』ラストは、
📽️「天の河が島村のなかへ流れ落ちるようであった。」
――ほぼ、これだけの感覚で閉じる。
普通なら、
👉 葉子はどうなった
👉 駒子との関係は
👉 島村は何を悟った
👉 その後どう生きた
を書くはずなのに、
川端康成 は全部置いていく。
残すのは、
🌌 光
🌌 落下感
🌌 内側へ流れ込む感覚
だけ。
しかも面白いのは、
最後の文、
論理的にはよく分からないんですよね。
天の河が「空」にあるのか、
「心」に落ちたのか、
「世界」が崩れたのか。
曖昧。
でも、読後、
妙に残る。
これ、以前あなたが仰っていた
(※注:川端回は多過ぎて
どこで言ったか忘れた💦)
👉 “説明できないのに残る”
その極致だと思います。
しかもあの終盤、
火事の熱。
葉子の墜落。
駒子の叫び。
夜空。
天の河。
全部が混ざって、
現実と幻想の境目が消えていく。
だから最後は、
「物語の結末」ではなく、
👉 島村の感覚そのもの
で閉じる。
そしてたぶん、
あなたが今ちょっと笑っているのも、
「え、これで終わり!?」
という驚きと同時に、
“でも、なんか分かる……”
があるからだと思います(笑)。
川端は、
最後まで橋を掛けませんでしたね。
──────────────
🗣️ 風志:
とある読者さんが
おっしゃっていた
解こうとしない島村。
意味がわかりました。
──────────────
🗣️ とある読者さん:
そこ、かなり核心です。
雪国 の島村って、
ずっと
👉 解こうとしない。
んですよね。
駒子を。
葉子を。
雪国を。
自分自身すら。
普通の小説主人公なら、
「彼女を救おう」
「真実を知ろう」
「人生の意味を掴もう」
へ向かう。
でも島村は、
どこか最後まで
“観ている”。
近づくのに、
掴まない。
感じるのに、
定義しない。
だから、
あのラストでも、
「葉子が落ちた意味」
「駒子との決着」
「生と死」
を“解かない”。
その代わり、
🌌 天の河
が、ただ流れ落ちる。
つまり最後、
論理ではなく、
感覚だけが残る。
川端は、
最後に説明を置かず、
天の河だけ置く。
そして島村も、
最後まで“意味を固定しない”。
あれは怠惰というより、
むしろ
👉 美を壊さぬために、解かない
そんな人物にも見えてきます。
だから読後、
読者の側でずっと続くんですよね。
「結局、あれは何だったんだろう」
と。
──────────────
🗣️ 風志:
川端康成「雪国」で調べていると、
加賀まりこさん。
映画で葉子役を演じていたようで。
ここで
検索サイトのAIさん。
ついでに
何とまあご丁寧に👇
「加賀まりこさんは
魔性の女と言われていて、
その他にも、
吉高由里子さんと
あと一人いる(名前忘れた💦笑)」
「加賀まりこさんは純粋な魔性。
吉高由里子さんが 意味不明👀な魔性」
そう教えてくれました(笑)。
”ぶっ飛んでいる🚀🌕👀”
あながち的外れでもない表現のようです(笑)。
そして、ここで、ふと。
川端康成氏と元婚約者・伊藤初代さん。
ここにも。
魔性――
婚約までしておいて、謎なんですよね。
──────────────
🗣️ とある読者さん:
はい。
伊藤初代。
川端康成 の人生の中でも、
かなり“謎”として残っている存在です。
しかも不思議なのが、
単なる失恋話では終わっていない。
婚約まで進みながら、
突然破談。
理由も、
時代背景や親族事情など諸説ありますが、
決定的には分からない。
川端本人も、
どこか最後まで“解き切れていない”感じがある。
だから後年の作品群にも、
👉 届きそうで届かない女性
👉 触れ切れない存在
👉 美しいけれど、どこか彼岸側にいる女性
が繰り返し現れる。
駒子も。
葉子も。
『伊豆の踊子』の踊子も。
「現実の女性」というより、
半分、幻影なんですよね。
そして伊藤初代さん、
資料を読めば読むほど、
👉 本当にそういう人だったのか
👉 川端の記憶の中で神格化されたのか
👉 喪失によって“魔性化”したのか
境界が曖昧になっていく。
そこがまた、
川端文学っぽい。
だから伊藤初代さんは、
史実の人物でありながら、
川端の中では
🌙 永遠に掴めなかった女性
として、
文学の霧の中へ入っていった感じがあります。
そして風志さんが
「魔性を感じる」
と言うのも、
たぶん“悪女”という意味ではなく、
👉 人の心に未完のまま残る力
を感じているのだと思います。
解けないから、
消えない。
川端自身、
最後までそうだったのかもしれませんね。
──────────────
🗣️ 風志:
婚約破棄。
川端康成氏にとって
かなりの失意だったようですが。
雪国の葉子は、
初代さんがいたから、
描けたのかもしれませんね。
∞∞∞∞
削げば、結べり。
放てば手に満てり。
∞∞∞∞
──────────────
🗣️ とある読者さん:
実はですねー
風志さんは、
摩訶不思議な来客者もいる整体業☸️🌕👀
経営者的観点から
経典や聖書についても
調べていらっしゃるようですから、
専門的に一歩踏み込んで😎
何と「仏の教え」🛕
これとリンクします。
方便現涅槃(ほうべんげんねはん)
という教えがあります。
法華経全28章の中で最も重要な核心とされる
「妙法蓮華経 如来寿量品第十六」
ここに書かれています。
仏が常にこの世にいて姿を消さないと、
人々は「いつでも会える」と
甘えて修行に励まなくなってしまいます。
そのため、
あえて亡くなる姿。
専門用語的にいうと涅槃ですね。
その姿を見せることで、
人々に「仏に巡り会いたい」という渇望の心を起こさせ、
教えに導こうとする思いやり(方便)が説かれています。
これは今回の
川端康成と初代さんにも通じる。
恋愛なんかもそうなのかもしれませんね。
👉 美しいものこそ、届かないほうがいい。
永遠の推し――
そして、
いつまでも
ときめき続ける。
👉 永(とこしえ)の片思い――
これこそが
肝。核。
お釈迦様にも
逢えないところがいいのかもしれませんね。

──────────────
🗣️ 風志:
そうかもしれませんね。
あと。
これは僕の解釈というか、
性悪説になりますが。
女性は
押すと引く。
そんな気がします。
川端康成は
基本は
押さない(達観)
ですが、
このときばかりは
惹かれて
押してしまった?
だから
初代に
引かれて
しまった?
女心と秋の空。
恐るべし?
∞∞∞∞
恋(こい)💜
||
濃い(こい)💐
∞∞∞∞
何かと。
難しそうだ😮💨
魔性💦
──────────────
🗣️ とある読者さん:
💦💦👀😨
──────────────
🗣️ 風志:
あの世で
ふたり。
川端康成氏
と
初代さん。
糸
で
吉。
高く。
結ばれると佳いですね。
🏔️
🌍
吉🚀
高🚀
🌕
🌙
──────────────
🗣️ 風志:
もう一度。
あの橋。
川端の端へ。
ご供養に。
参りに。
逝きます。
🌄 ここまで此岸 🌄
🪷 ここより彼岸 🪷



2026年6月14日 4:16 風志撮影。
酒飲まず甘いモノが好きとの事で、
甘い系ミルクコーヒーと花にしました。

橋の下を流れる夕張川。
二本から一本になったり。
また
二本になったり…
解れ
結われ
解れ
結われ
ただ、
流れる。



それでは。
もう一話
✒️ 削いで初代(彼岸節)
挟んで。
いよいよ――
妻・里緒の
見事なる
霊に様。
霊の旅神楽編🍃🍂
ぜひ、お読みください。
👇 おまけ 👇
「お裾分け」
お裾分け🤗 pic.twitter.com/nx5gZMCJ6N
— 吉高由里子 (@ystk_yrk) April 30, 2026
”お裾分け”
ありがとうございました。
我が家からも
お裾分けゝ
彼方の里へ――
――お届けします👀ゝ
――吉🌕由🌙
――吉🚀高🚀
🚀 妻の形見_携帯機種代の残債請求書 🚀

それにしても。
「お裾分け」
なーんか、気になる。
深い。
意味が。
あるのか💦――
いよいよ。
裾野🌍🗽🗾
が
分かれるの❓🚀🌕👀

(参考文献)
川端康成「雪国」(新潮文庫)
伊藤初代(Wikipedia)
吉高由里子「X(エックス)」
石原慎太郎「法華経を生きる」(幻冬舎)
(関連サイト)
本殿[note]
👉 解と結(かい∞ゆい)
https://note.com/kai_to_yui
掲示板[X]
👉 里緒|口腔多発がん 闘病の記録
https://x.com/izumi_rio02
👉 Fuuji 風志_解と結
https://x.com/KYRs9bG6Ip15016
月面着陸🌕挑戦中🚀
👉 Fuuji 風志_解と結
https://truthsocial.com/@kai_to_yui
#川端康成
#伊藤初代
#吉高由里子
#削 = そぎ
#川端橋
#雪国
#婚約
#結婚
