自己紹介と善知識

現在浄土真宗本願寺派でお世話になっております。
ではずっと浄土真宗かといいますとそうではありませんでした。むしろ中身は凡庸で才能もこれといったものもなく職歴も学歴も捨ててしまい何の取り柄もない人生です。

どうして浄土真宗に御縁があったのか、善知識とも言えますが苦い思い出、人にはいいたくないことも沢山あります。

小さい頃に祖母の家に親に連れて行ってもらい泊まったときがありました。里帰りというものでしょう。朝に目が覚め台所で祖母がいましたのでご飯の無言の催促に伺うと、「ちょっと待ってね、仏様にお上げしてからね」と言われて、純粋に仏様の方が私より偉いのか、と思いました。後で知りましたが真宗大谷派のご門徒だったようです。

次第に大きくなるにつれ小学校で仏様を若干意識しつつも暴力や暴言を吐きイジメをする悪童でありました。おじばがえりなどという天理教にも行き修学旅行で奈良の大仏さんに行ったり、今思い返しても当たり障りない大衆、宗教としてではなく危なっかしくもありながら皆と同じ教という無宗教のようで民衆に溶け込んだ文化を享受していました。

中学校高校ではイジメやら集団無視など思い出せば殺意が湧くこと盛りだくさんで、この頃に人生と死に衝撃を受け真剣に考えました。しかし受験で諦め大学に受かったら考えようと志をポッキリ折ってトイレで泣いた記憶があります。

一浪し予備校通いでしたがある講師が宗教家をやり込める話を面白おかしく聞いていました。

大学入学し色々ありましたが、幸か不幸か浄土真宗親鸞会に勧誘を受け人生めちゃくちゃとなることとなりました。親鸞会については末端会員であったのですがまた色々書くと思います。現在は宮田秀成先生にお聞かせいただいています。法然聖人親鸞聖人お聖教から丁寧に学ばせていただきながら反省の年月日々を送ります。

大学卒業前に親鸞会を辞められたのは浄土真宗華光会に御縁があったからであり松塚豊茂先生との出会いでもありました。あまり参加やお会いできませんでしたが、故伊藤康善先生、増井悟郎先生、事務方、松塚豊茂先生、松塚豊茂先生の奥様との出会いが無かったら宗教も人生も終わっていました。『仏敵』(伊藤康善先生著)との出遭いが人生も宗教も強烈に変えていただきました。私の善知識です。増井悟郎先生は亡くなられてしまいましたが厳しくも教えていただきました。

その後残念ながら就職に失敗しアルバイトの日々でした。幸いながらネットと図書館通いで宗教で倫理観も人生観も腐って終わっていることに気付かされ、ああ騙されていたんだと二度泣いたことを覚えています。

そういう中で調べていくと、真宗光明団の故住岡夜晃先生と法雷学派の故稲垣瑞劔先生と稲垣瑞雄先生と紅楳英顕先生に出会わせて頂きました。梯實圓和上、大峯あきら先生、稲垣瑞雄先生は亡くなられてしまいましたが直接お話をお聞きした御縁は忘れられません。もっともっとお聞きしたかったです。

人生はやり直しが効きません。枕を涙で濡らすことは数え切れませんが、聞法とお念仏とお聖教と反省と多くの方々と交流し、人生を全うしたく思います。

老婆心ながら、和上と呼ばれる、勧学、司教と呼ばれる方との御縁は、人生で訪ねたほうがいいと思います。自分の職歴とか学歴とか財産だとか才能とか関係なく
他力信心をおきかせにあずかり、お念仏申す人生をおすすめします。

思想がぐちゃぐちゃだろうとお念仏が救ってくださいます。生きている間に親鸞聖人の御和讃に御教えをたまたまお聞かせに預かるということもあります。

一々の光明は、あまねく十方世界を照らし、念仏の衆生を摂取して捨てたまはず。
『浄土真宗聖典注釈版』102頁

まだ私自身は未信と思うときが結構ありますが最近はあまり気にしすぎなくなりました。自分で作れる信心じゃないからです。信心獲得者の今聞き今喜ばれる姿を見て羨ましいと思う日々です。ただ一つ学んだのは自分で何も握ることもなければ握るものもない、ただいまお救いの法をお聞きする、ということです。

不思議なもので好きな趣味をどれだけ貶されていても好きなものは好きなように、どれだけ非難批判蔑みを受けても聞法称名に後悔はありません。御同朋御同行のお陰で続けて間違いの反省とお聴聞とお念仏をさせていただいています。

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