全部、優しい泡のせい
※前作「ぬるい泡」と対になる話です。
仕事から帰ると、優香の姿と荷物が消えていた。何となく、いつかこんな日が来るんじゃないかって思っていたけれど、それが現実になると、やっぱりボーッとしてしまう。
優香のお母さんから、優香が実家に帰ったことはすでに聞かされていた。
でも知らされていても、おかえりの声がない部屋は、やっぱりどこか白々しい。
優香は、名前の通り、優しさを香りのように自然に纏う人だった。そしてその優しさが、時に優香を傷付けた。だから、例え一瞬でも泡にしがみつかなければ耐えられなくなったのかもしれない。
酔ってソファで眠る優香が、本当に目覚めてくれるのを僕はいつまでも待つつもりだった。
酒に頼らなくても、優香が優香らしく生きられる方法を探すことを苦労だとは思っていなかったし、そうやって二人で足掻く時間さえ僕は愛しいと思っていた。
酔っ払うたび、もう飲まないと優香は言った。その言葉を毎回信じて、「今日は飲まない」という日を続けるしかなかった。
僕は何か間違えていたのだろうか。
僕だって、ずっと待っていられないと思っていた。ならば、優香を怒鳴りつければ良かったのだろうか。見放せば良かったのか。隣にいるだけじゃダメだってことぐらい、僕だってわかっていた、気もする。
でも専門家のサポートも受けていたし、ほかに何かできることがあっただろうか。
一人の部屋で、優香が残していったビールを開ける。こんな日でも、泡は真っ白で、プツプツ言いながら光っている。
あんなに憎かったのに、この泡は美味しいじゃないか。こういうことだったのか。一本だけと決めていたのに、次の缶に手を伸ばしそうになる震えと、ずっと戦っていたのか。
優香は、この泡に何を消したかったのだろう。
僕の知らない優香を、この泡はどれだけ呑み込んだのだろう。
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