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後編 「将来が不安。」……ほんとにそう?|正解を選ばなければ幸せになれない

前回は、

「将来が不安。」

という気持ちに、

「……ほんとにそう?」

と問いかけるところから、

私が子どもの頃から「正解」をあまり信じていなかった話を書きました。

「1+1=2って、誰が決めたの?」

「武田信玄の気持ちなんて、本人じゃないから分からん。」

「主人公の気持ち? 私、その人じゃないし。」

そんな子どもだった私。

そして、

英語0点だったのに、

鉛筆を転がしてシアトルへ。

高校では1年間の交換留学。

未来なんて、まったく予想していませんでした。

今回は、その続き。

大学時代の話から、

私がずっと見ていた、

「人それぞれの世界」

について書いてみようと思います。



🧑‍🎓大学では、4つのバイトを掛け持ちしていた

大学時代の私は、

勉強よりもバイト中心でした。

というか、

お金を稼がないと生活できなかった。

田舎町で、

4つのバイトを掛け持ちしていました。

「将来のために勉強しなきゃ」

というより、

「今、お金が必要だから働く。」

ただ、それだけ。

だから、

「今を生きる」

というのは、

私にとっては特別な考え方じゃなかったのかもしれません。

そのとき必要なことを、

そのときやる。

それだけでした。

ちなみに、

大学の英会話の授業では、

「テストで100点を取るなら、授業に出なくても単位をあげる」

と言われました。

なので、

「じゃあ、バイトします🤣」

と。

そして、

本当に100点を取った。

先生からは、

「100点だけど、授業で教えた構文じゃない答えがあったよ」

と言われました。

……正解なら、

よくない?🤣

私、

やっぱりこういうところなんですよね。


💰「お金がない」って、どういうこと?

そんな私が育った家は、

いわゆる、

「お金がない家」

でした。

父はパチンコで借金。

母は泣きわめく。

家計は苦しい。

弟たちは新聞配達をしていました。

そして、

母が、

「洋服がない。」

「買えない。」

と言えば、

弟たちは、

新聞配達で稼いだお金で、

母の洋服を買ってあげていた。

今思えば、

弟たちも弟たちなりに、

一生懸命だったんだと思います。

母を助けようとしていた。

でも、

子どもの私は、

少し違うところを見ていました。


🍇畑が売れた

うちには畑がありました。

そこに、

明治乳業の工場ができることになって、

「畑を売ってくれませんか」

と話が来た。

そして、

畑を売ることになりました。

まとまったお金が入った。

ところが、

私が留学から帰ってきたら、

家が新築になっていた。

しかも、

7LDK。

🤣🤣🤣

私、

「……え?」

でした。

だって、

ずっと、

「お金がない」

って聞いていたから。

なのに、

家、

新しくなってる。

しかも、

めちゃくちゃ大きい。

子どもの頃の私は、

うっすら思っていました。

「お金がないんじゃなくて、お金の使い道が違うだけなんじゃない?」

って。


🏠でも、母は「自分の家じゃない」と言った

もっと不思議だったのは、

家が建ってからです。

母は、

「ここは私の家じゃないから、居づらい」

と言っていました。

そして、

家に居場所がない。

ホームレスみたい。

そんなことを言って、

リビングで寝ていた。

私は、

7LDKの家を見ながら、

思っていました。

「……ホームレス?」

🤣

いや、

外に家がないわけじゃない。

ちゃんと家がある。

しかも、

7LDK。

キッチンもある。

お風呂もある。

なのに、

「私はホームレス」

と言っている。

子どもの私は、

もう、

寸劇を見ているような気分でした。

「いや、出てけよ。」

くらいに思っていた。


🪟でも、「居場所がない」は本人にとっては本当だった

大人になった今なら、

少し違う見方もできます。

母にとっては、

本当に「居場所がない」と感じていたのかもしれない。

家があるかどうかの話ではなく、

「自分がここにいていいと思えるか」

という話だったのかもしれない。

だから、

私は母の感じていたことを、

「そんなの嘘だ」

と言いたいわけではありません。

ただ、

子どもの私は、

どうしてもこう思っていた。

「でも、家はあるじゃん。」


🏘️そして、家はどんどん変わっていった

母が亡くなる前には、

その家は、

ゴミ屋敷のようになっていました。

せっかくオール電化のキッチンがあるのに、

母は家の外で料理をしていた。

私は、

「ホームレス好きだなぁ」

と思っていました。

🤣

7LDKの家がある。

キッチンもある。

でも、

本人は、

「居場所がない」

と思っている。

ここで、

私はずっと感じていたことに、

少しずつ気づいていきました。


🈚️「ない」って、本当に「ない」のかな?

家がない。

お金がない。

居場所がない。

愛されていない。

幸せじゃない。

私たちは、

いろんなことを、

「ない」

と言います。

でも、

その「ない」って、

本当に、

外側に存在しない

という意味なんでしょうか。

もしかしたら、

「ない」と感じていることと、

「実際にない」ことは、

別なのかもしれない。

母にとって、

「居場所がない」は、

きっと本当だった。

でも、

私から見ると、

「家はある。」

この2つは、

同時に存在できる。


🏡同じ家にいても、見えている世界は違う

そして、

父も、

母から逃げたかったと言っていました。

祖母と母も、

仲が悪かった。

母自身にも、

いろいろな思いがあったんだと思います。

私には、

それぞれの人生が、

全部つながって見えるようになってきました。

祖母は祖母の世界を生きていた。

母は母の世界を生きていた。

父は父の世界を生きていた。

弟たちも、

弟たちの世界を生きていた。

そして私は、

私の世界を見ていた。

同じ家に住んでいても、

見えているものが全然違う。


👨弟たちも、弟たちの「正解」を生きていた

弟たちは、

「どうして姉ちゃんだけお金を使ってもらえるの?」

と思っていたそうです。

自分たちは、

こんなに苦しいのに。

新聞配達をして、

そのお金で母の服を買って。

なのに、

姉ちゃんは海外留学。

弟たちからしたら、

「なんで?」

だったんでしょうね。

でも、

私からすると、

私は私で、

自分の人生を生きていただけ。

弟たちは、

弟たちの人生を生きていた。

母は、

母の人生を生きていた。

父も、

父の人生を生きていた。

誰かが悪い、

誰かが正しい、

という話だけではない。

ただ、

みんな自分の見えている世界の中で、生きていた。


🧠「洗脳されている」と気づかないこともある

子どもの頃の私は、

弟たちが、

「母にはお金がない」

「母には服がない」

と思って、

一生懸命働いて、

母に服を買っているのを見ていました。

でも、

母には家があった。

畑を売って、

家も建った。

それでも、

「ない」

という感覚は消えなかった。

だから、

私は、

「ない」という意識って、

怖いなと思ったんです。

本人にとっては、

それが現実だから。

周りから、

「あるじゃん」

と言われても、

本人には、

「ない」。

そして、

その「ない」を前提に、

次の行動を選んでいく。


👩私は、そこで「人って面白いな」と思った

だから、

私は人の話を聞くのが苦手なのかもしれません。

誰かが、

「仕事を辞めたい」

と言ったら、

私は、

「じゃあ、辞めればいいじゃん」

と思う。

「でも、生活が……」

と言われたら、

「じゃあ、次の仕事を先に見つければいいじゃん」

となる。

「でも……」

「じゃあ、どうしたいの?」

となる。

🤣

共感できない。

同調もしない。

なぜなら、

私にとっては、

「悩んでいる時間より、どうするか考えたほうが早くない?」

だから。

もちろん、

人には人の事情があります。

私には見えていないものもある。

だから、

「私の考えが正しい」

と言いたいわけではありません。

むしろ、

その逆。


💫「私にはそう見える。でも、あなたには違って見える。」

これが、

私が長い時間をかけて分かってきたことなのかもしれません。

母には、

「居場所がない」。

私には、

「7LDKの家がある」。

弟たちには、

「自分たちは苦労している」。

私には、

「みんな、それぞれ大変だな」。

父には、

「逃げたい」。

母には、

「私は一人ぼっち」。

同じ出来事でも、

見えている世界は違う。

だから、

誰かの世界を、

「それは間違ってるよ」

と簡単に壊すことはできない。

でも、

「本当にそう?」

と問いかけることはできる。


🤱私は、シングルマザーになりたかったのかもしれない

今振り返ると、

私がシングルマザーになったことも、

少し腑に落ちるところがあります。

子どもの頃から、

「結婚したら幸せになれる」

という正解を、

あまり信じていなかった。

母は、

「結婚式に数百万円もかけたのに、

幸せにならなかった」

と言っていた。

だから私は、

子どもの頃、

「じゃあ、結婚式しない。」

と思っていました。

そんなものに、

数百万円かけても幸せにならないなら、

意味ないじゃん。

そして、

「私は一人で子どもを育てたる」

みたいな気持ちも、

どこかにあったのかもしれません。

今思えば、

あえてそういう人生を選んだような気さえします。

もちろん、

全部が子どもの頃の家庭環境のせい、

という話ではありません。

人生には、

そのときそのときの自分の意思や、

いろいろな出来事があります。

ただ、

「こういう家族の形が正解」というものを、私は最初からあまり信じていなかった。

これは、

確かなんだと思います。


🍀「幸せになるための正解」なんて、あるのかな

勉強すれば幸せ。

いい学校に行けば幸せ。

安定した仕事なら幸せ。

結婚すれば幸せ。

大きな家があれば幸せ。

お金があれば幸せ。

子どもがいれば幸せ。

一人より二人のほうが幸せ。

本当に?

もちろん、

それぞれが幸せになることはある。

でも、

それを選んだら必ず幸せになるわけじゃない。

逆に、

世間から見た「正解」から外れていても、

幸せな人はいる。

だから、

「幸せになるために、

正しい人生を選ばなきゃ」

という考え方そのものを、

私はあまり信じていません。


🎮人生は、正解を当てるゲームじゃない

私は、

人生って、

テストじゃないと思うんです。

100点を取ったら、

幸せになれる。

0点だったら、

不幸になる。

そんな仕組みじゃない。

だから、

途中で間違えたっていい。

方向を変えたっていい。

仕事を辞めてもいい。

結婚しなくてもいい。

離婚してもいい。

引っ越してもいい。

また始めてもいい。

そのときの自分が、

「こっちだ」

と思ったら、

そっちに行ってみればいい。

そして、

違ったら、

また考えればいい。


📙「将来が不安」も、ひとつの物語かもしれない

だから、

もし今、

「将来が不安」

と思っているなら、

一度だけ、

聞いてみてほしい。

「本当に?」

将来が不安なのか。

それとも、

「将来はこうならなきゃいけない」

という正解を握っているから、

不安なのか。

「この仕事を続けなきゃ」

と思っているから、

苦しいのか。

「結婚しなきゃ」

と思っているから、

焦っているのか。

「子どもにはこうしてあげなきゃ」

と思っているから、

自分を責めているのか。

「お金がない」

と思っているから、

怖いのか。

その「ない」は、

本当に「ない」のか。


🗺️未来は、まだ来ていない

前編でも書いたけれど、

未来はまだ来ていません。

過去も、

もう終わっています。

私たちが実際に触れられるのは、

今だけ。

だから、

未来の正解を探し続けるより、

今、

目の前にあるものを見る。

今、

必要なことをする。

今、

やりたいことをやる。

今、

目の前にいる人を見る。

それでいいんじゃないかな。


🌊私は、たぶんこれからも波を見ない

先日ある方に、

「サーフィンみたいに波に乗っている人」

と言ってもらったけれど、

私はきっと、

これからも波の大きさをあまり気にしない。

大波なら大波。

小波なら小波。

それは、

あとから誰かが、

「大きな波だったね」

と教えてくれればいい。

私は、

目の前に来たものを、

そのときの自分で見て、

「じゃあ、これやろう」

と進んでいく。

たぶん、

それだけ。

そして、

もし途中で転んだら、

そのとき起きればいい。


○「正解を選ばなければ幸せになれない。」

前編と後編を通して、

私が伝えたかったのは、

「何も考えなくていい」

ということではありません。

考えることは、

必要なときもある。

未来の準備だって、

必要なことはある。

ただ、

「正解を選ばなければ幸せになれない」

という思い込みは、

一度疑ってみてもいいと思う。

その正解は、

誰が決めたんだろう?

それを選ばなかったら、

本当に不幸になるんだろうか?

今の私が、

本当に必要としているものは何だろう?

そして、

目の前にあるものを、

ちゃんと見ているだろうか。


🌿 「ほんとにそう?」は、答えを出すためじゃない

私は、

「これがあなたの正解ですよ」

と答えを渡したいわけではありません。

むしろ、

一緒に、

「ほんとにそう?」

と見てみたい。

「私はダメ」

ほんとにそう?

「お金がない」

ほんとにそう?

「居場所がない」

ほんとにそう?

「将来が不安」

ほんとにそう?

「このままじゃ幸せになれない」

ほんとにそう?

問い直してみると、

今まで見えていなかったものが、

見えてくることがあります。


🌱 今日、自分に聞いてみたいこと

もし今、

何か不安を抱えているなら、

その不安そのものを、

すぐになくそうとしなくても大丈夫。

ただ、

その不安に、

ひとつ質問してみてください。

答えが出なくてもいい。

ただ、

自分がどんな世界を見ているのか、

気づいてみる。

そこから、

少しずつ世界の見え方が変わることがあります。


🌿 あなたが握っている「正解」は何ですか?

「こうしなきゃ」

「こうあるべき」

「普通はこう」

「これがないと幸せになれない」

そんなふうに、

自分の中で当たり前になっていることはありませんか?

よかったら、

コメントで教えてください🌿

もちろん、

書きたくなければ書かなくても大丈夫。

まずは、

自分の中にある「正解」に気づくこと。

そして、

その正解を、

一度だけ、

少し遠くから眺めてみる。

「……ほんとにそう?」

前編のお話はこちら



🌱 「ほんとにそう?」心の結び目をほどく12の扉

「自分の中にある『こうあるべき』を、もう少し深く見つめてみたい」

そんな方へ。

私自身が、

「この感情は、いつからあるんだろう?」

と自分の中を辿りながら、

少しずつ思い込みをほどいていった経験をもとに、

「ほんとにそう?」心の結び目をほどく12の扉

というセルフワークを作りました。

「こうあるべき」

「ちゃんとしなきゃ」

「私が我慢すればいい」

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そんな自分の中の当たり前を、

一つずつ見つめ直していくためのワークです🌿

【完全版】「ほんとにそう?」心の結び目をほどく12の扉|本来の自分に還るセルフワーク


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「自分の中にある『こうあるべき』を、もう少し深く見つめてみたい」

そんな方へ。

8月末までのお申し込みは、60分・90分どちらも6,000円です。

  • 「ほんとにそう?」第0・第1の扉:90分 6,000円

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電話またはLINEで行います。

顔出しは必要ありません。

ご希望の方は、noteのメッセージからお気軽にご連絡ください🌿

※8月末までにお申し込みいただいた方が対象です。


おわりに

私は、

子どもの頃から、

「正解」をあまり信じていませんでした。

でも今思うと、

正解を疑っていたというより、

「そもそも、正解を選ぶ必要があるの?」

と思っていたのかもしれません。

0点でも、

シアトルに行った。

勉強ができなくても、

働いて生きてきた。

人生でトラブルが起きても、

なぜか結果的には、

いつも次の場所にたどり着いてきた。

だから私は、

これからも、

未来を完璧に予測することはしないと思います。

大きな波なのか、

小さな波なのかも、

たぶんあまり気にしない。

ただ、

目の前にあるものを見て、

そのときの私が、

「じゃあ、これやろう」

と思ったら、

やってみる。

そして、

何か違ったら、

そのときまた考える。

人生は、

正解を当てるゲームじゃないから。

だから、

もし今、

「将来が不安」

と思っているなら、

一度だけ、

立ち止まってみてください。

そして、

自分に聞いてみる。

「……ほんとにそう?」

もしかしたら、

あなたが探していた「正解」は、

最初から必要なかったのかもしれません。

🌿

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ゆきよちゃん|「ほんとにそう?」を届ける人 🌱このワークは、無料でお届けしています。 もし何か心にふれたら、そっとチップで応援いただけたらうれしいです🕊