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「何をやればいいですか?」に、すぐ答えない理由

※守秘義務およびプライバシー保護のため、本稿は複数の支援経験をもとに、業種・地域・企業規模・経営者の属性・数値・時系列などを変更・再構成しています。特定の企業・人物について記述したものではありません。

「会社をもっと大きくしたいんです」

ある地方企業の後継者は、そう話していました。

先代から引き継いだ事業を守るだけではなく、自分の代で新しいことをしたい。

新しい商品も作りたい。
地域との取り組みもやりたい。
既存事業とは違う顧客にもアプローチしたい。

やりたいことは、たくさんあります。

私は、こういう話を最初から否定しません。

「そんなことをやっても儲からない」
「本業だけやっていた方がいい」

と、外から正解を決めるつもりもありません。

本人が実現したいのであれば、どうすれば実現できるのかを一緒に考える。

それが私の仕事だと思っています。

ただ、話を聞いているうちに、一つ気になることがありました。

やりたいことは多いのに、何から手をつければいいのかが決まっていない。

そして、数字の話になると急に曖昧になるのです。

まず、新規事業の話を止めた

そこで私は、いったん新規事業のアイデアを考えることを止めました。

まず確認したのは、

会社から毎月いくら出ていくのか。

固定費はいくらなのか。

既存事業では、どれくらい粗利を生み出せているのか。

今ある現預金で、どこまで挑戦できるのか。

といった基本的な数字です。

売上は分かる。

口座残高も、おおよそ分かる。

でも、

「いくら売れば固定費を賄えるのか」

「新しいことに、いくらまで投資してよいのか」

となると、はっきりしない。

これは珍しいことではありません。

売上は見ていても、利益とキャッシュがどうつながっているのかまでは見えていないことがあります。

そこで、事業計画と資金繰り表を作ることにしました。

ただし、私が作るのではありません。

考え方とフォーマットを伝え、本人に作ってもらいます。

次の面談で一緒にレビューする。

数字がおかしければ直す。

分からないところは説明する。

必要な数字が足りなければ、また調べてもらう。

これを何度か繰り返しました。

効率だけを考えれば、私が作った方が速いです。

でも、私が事業計画や資金繰りを理解しても、その会社は強くなりません。

本人が数字を入れてみて、

「この数字と、この数字がつながっているのか」

「ここまでなら投資しても大丈夫そうだ」

と、自分で分かることに意味があります。

既存事業で守り、新規事業で伸ばす

数字を整理していくと、一つの構造が見えてきました。

既存事業で、会社の固定費の大部分を賄える可能性があったのです。

私は提案しました。

「だったら、まず既存事業で固定費を賄える状態を作りましょう」

本人は数字を見ながら考え、

「それなら、いけそうですね」

と表情を変えました。

それまでは、新規事業に多くを背負わせすぎていました。

新しい事業を始める。

そこから売上を作る。

固定費も払う。

さらに次の投資資金まで生み出す。

これでは、新規事業に最初から求めるものが多すぎます。

そうではなく、

既存事業で会社を守る。
新規事業で会社を伸ばす。

と役割を分ければいい。

既存事業で固定費を賄えているのであれば、新規事業で追加固定費を大きく増やさない限り、そこで生まれる粗利の多くを利益として残しやすくなります。

さらに、仕入れや入金のタイミングまで設計できれば、キャッシュも残しやすい。

そのキャッシュを、次の商品や次の挑戦に再投資する。

売る。

粗利を残す。

再投資する。

また売る。

すると、少しずつ投資余力が生まれてきます。

「何を基準に選べばいいんですか?」

次の問題は、どの新規事業から始めるかでした。

本人から、

「選択肢がいくつもあるとき、何を基準に決めればいいんでしょう?」

と聞かれました。

私は答えました。

「まずは、キャッシュを増やせる可能性が一番高いものから考えてみましょう」

一番格好いい事業ではありません。

市場規模が一番大きい事業でもありません。

今持っている強みを使って、最も高い確率で粗利を生み出せるものは何か。

一つずつ見ていきました。

すると、ある商品が浮かび上がってきました。

本人には過去に販売した経験がある。

顧客の反応も分かっている。

比較的粗利率も高い。

資金回収の条件にも工夫の余地がある。

これらは、私が新しく教えた情報ではありません。

全部、本人がもともと持っていた情報です。

ただ、バラバラに存在していました。

事業計画と資金繰り表を使いながら一つずつ並べると、

「これなら、かなりやりやすいですね」

と本人自身が気づきました。

私は「この事業をやりなさい」と決めたわけではありません。

本人が持っていた情報を、判断できる形に並べ直しただけです。

夢を減らすのではなく、順番を決める

ここまで整理すると、最初に話していたたくさんの「やりたいこと」も見え方が変わります。

やめる必要はありません。

新しい商品もやればいい。

地域との取り組みもやればいい。

会社をもっと大きくすることも目指せばいい。

ただ、全部を同時にやる必要はありません。

まず既存事業で固定費を賄う。

そのうえで、最も勝率が高く、粗利を生み出しやすい事業から始める。

そこで生まれたキャッシュを残す。

再投資する。

さらに投資余力を作る。

つまり、

強み

粗利

キャッシュ

投資余力

次の挑戦

という循環です。

夢を小さくしたわけではありません。

夢を実現する順番を決めたのです。

自分で説明できるようになる

その後、第三者に事業について説明する機会がありました。

私は口を挟まず、本人に任せました。

既存事業がどういう状態なのか。

固定費をどう賄うのか。

なぜその新規事業から始めるのか。

そこで生まれた利益を何に使うのか。

以前なら曖昧だった話を、自分の言葉で説明していました。

相手からも、

「そこまで整理できているなら、あとは実績ですね」

という趣旨の反応が返ってきました。

それを聞きながら、私は一つの区切りが見えてきたように感じました。

もちろん、事業が成功する保証はありません。

思ったように売れないかもしれない。

計画通りにいかないこともあるでしょう。

でも、それでいいと思っています。

数字を見る。

仮説を立てる。

やってみる。

結果を見る。

修正する。

またやってみる。

このPDCAを自分で回せるようになればいい。

小さいうちにその感覚を身につければ、会社の規模が大きくなっても応用できます。

正解より、判断できる状態を

経営相談では、

「どうすればいいですか?」

と聞かれることがあります。

もちろん、知識は伝えます。

選択肢も出します。

必要なら具体的な方法も提案します。

ただし、最後に何を選ぶのかまで、私が決めてしまわない。

そこは意識しています。

経営では、すぐに次の問題が起きるからです。

市場も変わる。

人も増える。

投資額も大きくなる。

そのたびに、誰かに正解を聞かなければ動けない状態では困ります。

私が作りたいのは、

正解を知っている経営者ではなく、自分で判断できる経営者です。

何を実現したいのか。

今、どれだけ余力があるのか。

どこなら勝てる可能性が高いのか。

失敗しても、どこまでなら耐えられるのか。

次に何を試すのか。

それを自分で考えられる状態をつくる。

支援者がいなくなった後も、経営は続きます。

だから私は、答えを渡すことよりも、

自分で答えを出せる状態をつくること

を大切にしています。


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熊谷 篤
実戦経営アドバイザー/中小企業診断士

事業承継後の後継者、第二創業、新規事業責任者を中心に、経営者の意思決定整理と実行接続を支援しています。

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