他人と比べる人生をやめたら、心が軽くなった話
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朝、目覚ましアラームを止めたあと、そのまま親指がSNSのアイコンに向かうことが多かった。
ただ、スマホを置いたあとに残るのは、不思議な軽さではなく、胸の奥のもやもやである。
SNS上の誰かが新しい案件を受注していたり、本を出していたり、大きな舞台で登壇していたりする。
「すごいな」と思う気持ちと「自分は何をしているんだろう」という焦りが、同時に湧き上がる。
知り合いに対して、お祝いのスタンプを送りながら、心のどこかでは自分を責めている感覚が消えない。
そんな日々が続いたとき、ふと気づいた。
私は情報を取りにいっているつもりで、実は「自分を下げる、傷つける材料」を探しにいっていたのではないかという疑い…。
結論:SNSから少し離れて「去年の自分」とだけ比べる
ここで先に、私がたどり着いた結論を書いておきたい。
他人と比べる人生をやめたいなら、まずはSNSを見る量を減らすこと。
そして、どうしても「今の自分は大丈夫だろうか」と確認したくなったときだけ、比べる相手を「去年の自分」に限定することである。
SNSを開く回数が減るほど、他人の成功報告やキラキラした日常や海外旅行の写真に触れる頻度も下がる、これは言い切れる。
羨ましさや妬ましさが生まれる「きっかけ」自体を減らせるため、心のざわつきが静まっていく。
同時に、比べる軸を「他人」から「過去の自分」に変えると、小さくても前に進んでいる部分を見つけやすくなる。
同じ土俵に立っているのは、去年の自分だけ、他人は本当に関係ない。

心がすり減っていった日々と、SNSを止める実験
おめでたい投稿が、素直に喜べなくなった日
観光や地方創生の仕事をしていると、周りには行動力のある人が多い。
「◯◯町から新しいプロジェクトを受託しました」「大好きな場所を舞台にしたイベントが大盛況でした」という報告が、毎日のように流れてくる。
最初は純粋に刺激で、「自分もがんばろう」と背中を押されるような感覚があり、励まされた。
しかし、ある時期から、同じ投稿を見ても胸の奥に棘のようなものが残るようになった。
前提として、思ったような成果を出せない自分が悪いことは言わずもがなだが…。
それでも、いいねを押しながら「この人はもう次のステージに行ってしまった」「私は同じ場所で足踏みしている」という思考が止まらない。
そんな夜は、本を読んでも、仕事をしてもモヤモヤが止まらない。
眠りにつく直前までスマホを握りしめて、まだ知らない誰かの近況を追いかけていた。
SNSを見ることを止めた
ある日、思い切って癖でSNSを見ることを止めた。
見ることを完全に止めたわけじゃない、見るコンテンツを「仕事に関係する情報」「友人とのDMのやり取り」に限定したのである。
最初の数日は、正直そわそわした。
エレベーターを待つあいだ、電車を待つホーム、レジの行列。
これまで無意識にちょっとした時間でも「タイムラインを開く」ことで埋めてきた隙間時間に、急に何もすることがなくなった。
手持ち無沙汰が落ち着かなさに変わり「あの人たちは今も成果を出し続けている」という不安がおし寄せる。
それでも1週間ほど続けると、少しずつ変化が現れた。
隙間時間に、仕事関係のPDF資料を読む、事業の分析をマインドマップで行う。
その結果、寝る前にスマホを見ない日が増えると、眠りも深くなった。(気がする)
比べる相手を「去年の自分」に変えた日
SNS断ちを続ける中で、完全に比較をやめるのは現実的ではないとも感じた。
仕事をしている限り、売上や成果、反応を振り返る場面は必ず訪れるからである。
そこで、比べる相手を「他人」から「去年の自分」に変えるルールを自分の中で決めた。
少し考えたのは、いつの自分と比較するか。
比較の選択肢を整理した。
昨日の自分
1ヶ月前の自分
3ヶ月前の自分
半年前の自分
1年前の自分
昨日の自分は直近すぎて、成果が見えにくい。
1カ月前~3カ月前も微妙、半年前は成果が少し見える気がするけど…、1年前かな。
そんな考えで決めた「比較は1年前の自分と行う」という自分ルール。
1年前の関わった施策、関わった案件、自分から仕掛けた提案と、今行っている内容と比べる。
この物差しに変えてから、小さな変化が見えるようになった。
大きなジャンプではなくても「去年は勇気が出せなかった提案が、今年はできている」と気づける瞬間が増えたのである。
関わっている人も変わってきているし、スケールもほんの少し上がっている。
その気づきが積み重なるほど、他人の成功報告を見ても、以前ほど心が大きく揺れなくなった。(もちろんゼロではない)
「この人はこの人の持ち場で、私は私の持ち場で進んでいる」という感覚が、ようやく自分の中に根を下ろし始めたからである。

まとめ:自分の物差しを選び直すということ
他人と比べること自体を、完全にやめる必要はないかもしれない。
そもそも原理的にそれは無理だ。
誰かと自分の違いに気づくことで、成長のヒントが見つかる場面も確かに存在する。
ただし、その比較が「自分を動かす燃料」ではなく「心をすり減らすきっかけ」になっていると感じたときは、一度立ち止まっていい。
SNSを開く回数を減らすことは、逃げではなく、自分を守るための戦略である。
そして、比べる相手を「他人」から「去年の自分」に変えることは、自分だけの物差しを選び直す行為である。
誰かのハイライトシーンではなく、自分の足跡を基準にする生き方。
もし今、タイムラインを閉じたあとに、理由のわからないざわざわが残っているなら、少しだけスマホから離れてみてほしい。
その静けさの中で「1年前の自分」とだけゆっくり向き合ってみる。
そこで見つかる成長は、他人からは見えないものだが、確かに自分の中に積み重なっている。
その事実に気づいたとき、他人と比べる必要は、少しずつ薄れていく。
1年後の自分に出会うのが楽しみだ。
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