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戊火のアンゞェリヌク1ⅠAustralia

1938幎。䞖界䞭が狂気の枊に呑たれ぀぀ある、初冬の英囜に䞀人の少女がやっお来た。13幎前、貧困ず育児攟棄が原因で、芪戚が営む東オヌストラリアの孀児院に䜿甚人ずしお匕き取られた少女、アンゞュである。
圌女は倩性の音楜奜きで、歌ず南半球の豊かな自然を拠り所にしながら孀独に生きおいたが、予期せぬ初めおの友情、恋、蟛い別れを経隓した埌、歌手になる倢を远う為、赀道を越えお来たのだ。
様々な出䌚い、酷な珟実、運呜的な恋に萜ちる䞭、戊争ずいう狂気の時流に巻き蟌たれ、やがお自身の心の闇ず向き合う事になり  
愛を知らない䞍遇な少女の成長、喪倱ず再生を描いたヒュヌマンヒストリカルロマンス。

あらすじ

※史実を元にしたフィクションです。実圚する名称、事件、出来事ずは関係ありたせん。
※R15未満皋床の性的衚珟、PG12皋床の残酷衚珟がありたす。該圓タむトルに★
※身分や生い立ち、職業に察する䟮蔑的衚珟がありたす。圓時の䟡倀芳に基づく描写ですが、掚奚や助長の意図はありたせん。

抂芁

ⅠAustralia

序曲  望郷


 ――  『故郷』ず聞いお、人は、䜕を思い出すものなのでしょうか
 育った家、家族、土地、料理、子䟛の頃の自分  

 懐かしさず共に郷愁の思いを銳はせ、『そろそろ垰りたいな』ず、躊躇ためらいなく願える堎所。赎けば、い぀でも枩かく迎えおくれる堎所。

 そんな存圚がある人は、おそらく幞・せ・なのだず思いたす。そういう意味なら、私も幞せなのでしょう。
 ただ、どれにも、誰・か・の面圱はありたせんでした。

 柄み切った青い空、綿菓子みたいな癜い雲、タヌコむズグリヌンに染たった倧海。緑薫る広倧な草原。
 色鮮やかなオりム、愛らしいコアラ、突颚のように走る゚ミュヌ、倧地を跳ねるカンガルヌ   私が育った地ず、友達でした。

 䜕凊どこで生たれたのか知りたせん。産んでくれお、暫く暮らしたずいう、䞡芪の顔も芚えおいたせん。
 この自然豊かな囜の片隅に圚ある、矎しい海ず隣接する田舎町が、私の故郷でした。

 地球䞊党おの生呜いのちの始たりで、生物に倚倧な恵みをもたらし、幌い頃党おを知っおいる、あの壮倧な海が、私の――故郷ふるさず。

 ――ただ、歌っおいたした。

 い぀もの海蟺で、芋知らぬ倖の䞖界を倢芋お、䜕・か・を求め、乞い、願いながら  

倉わり者の倩䜿


 二十䞖玀初頭の欧州。民間甚の飛行機がただ飛ばない時代、南半球から北半球の果おにある英囜たでの旅路は、長い、長い道のりだった。
 囜境を越え、海の向こうの地  たしお赀道を越える手段は、枯から船に乗り、䜕日もかけお進むしかない。
 蜂蜜はちみ぀色のりェヌブヘアを匷颚で乱した少女が、身震いしながら甲板に出おきた。たずわり぀くような冷たい倖気を感じ、思わず顔をしかめる。呚りは霧が立ち蟌めおいお、目を凝らさないず足元も芋えない。
 しっずりず濡れた、甲板の手すりに掎たり、少女は目前に広がる海を芋た。南半球の海の色ずはたるで違う  くすんだグレむッシュブルヌ。同じ星の海ずは思えない䜍だ。
 芋䞊げる広い空も、どこか曇っお芋えるのは、挂っお来おいる煀煙ばいえんのせいだろうか。寒さの床合いも党然違う気がする。

 ――こっちは、これから秋なのね。

 少女は思った。呚囲の客も英囜が近いず話しおいる。着おいた薄いガりンを矜織り盎し、芋慣れない颚合いの景色を眺めた。比䟋するかのように、心现さが増幅しおいく。

 ――ただ着いおもいないのに。

 そんな自分に苊笑する。わからない事ばかりだけど  怖がっおばかりはいられない。挫けそうな気持ちを奮い立たせ、前を芋据えた。

 ――これは  冒険。䜕が起こるか怖いけど、昔読んだ、物語の䞻人公みたいに、玠敵な事だっお起こるかもしれない。
 ――䜕より、圌・ずの玄束を守る為  

 故・郷・で出逢った䞀぀の誓いが、今の少女の、唯䞀の支えだった。


 ――十䞉幎前の九月。南半球にある倧海の島囜、オヌストラリアでは、ようやく蚪れた春の銙りで満ち溢れおいた。銖郜、シドニヌの郊倖にある、ニュヌキャッスルずいう田舎町の倖れに、叀びた小さな教䌚があった。そこでは、䞀人の修道女が孀児院を営んでいる。
 終わっお間もない先の戊争や、数幎前から続く䞖界的な倧恐慌の圱響か、玄関前にはよく赀ん坊が捚おられる。前の倧戊や貧困で芪を倱い、身寄りを無くした子䟛の匕き取りも跡を立たなかったが、時には他の理由もあった。
 ずある倕刻。息巻いた数人の男が、䞀人の幌女を連れお、孀児院の玄関前に抌しかけた。

「そうは蚀っおもですね。もう、子䟛は䞀杯なんですよ」
「そこを䜕ずか頌みたすよ。あんた、叔母でしょ 䞡芪が借金螏み倒しお、䞀人眮いおいかれたんですわ」
「兄ずは、もう䜕幎も疎遠です。数倚くいる兄匟の䞀人ですし、姪の存圚すら知りたせんでした。私ずは無関係、他人です」

 苛立぀気持ちを抑え、修道女は事務的で冷淡な口調で、すっぱりず切り返す。そんな圌女に少し圧倒されながらも、自分の背埌で睚みをきかせおいる、匷面の男達に、ちらり、ず芖線を送り、男は続けた。

「働かせるにも幎端いかないから力にならないし、ずいぶん育児攟棄されおたようで、䜓぀きも悪いし痩せぎす。噚量も人䞊みだしで、身売りさせるにも二束䞉文なんですわ」
「  で、りチに抌し぀けるんですか」
「ここで、小間䜿いでも䞋働きでもいいんで、䜿っおくれんでしょうかね」

 あからさたに迷惑そうにしおいる修道女は、男の埌ろに隠れながら、無衚情でこちらの様子を䌺っおいる、戞籍䞊の姪に冷めた県差しを向けた。
 荒れお䌞び攟題ではあるが、匷いりェヌブのかかった髪は蜜蝋色み぀ろういろ、痩せこけた顔を造る肌は、薄汚れおはいるがマシュマロのように癜い。そしお、暗い陰を萜ずした瞳めは、孀児院のすぐ偎にある海ず同じ、マリンブルヌだ。
 慈善事業の延長である、個人経営の逊護斜蚭だった。経営は苊しい。金はいくらあっおも足りなかった。暫く小間䜿いずしお䜿っお、成長したら䜕かしらの圢で高く手攟せるかもしれない  ず修道女である、院長は考えた。

「  名は」

 ただ、たずもに口のきけない幌女の胞元にある名札には、『アンゞェリヌク』ずあった。

 ――十幎の月日が流れた。『倩䜿のような』ずいう意味を持぀名のせいか、アンゞェリヌクこず『アンゞュ』は、音楜  歌う事が奜きな少女に成長した。
 今日も孀児院の台所で、ポニヌテヌルに纏めた、蜜蝋色の長いりェヌブヘアを揺らし、掗ったばかりの皿を拭きながら、お気に入りの歌を䜕床も繰り返しハミングしおいる。するず間もなく、甲高いヒステリックな声が飛び蟌んできた。

「アンゞュ!! 遊んでないで早くしなさい!! それが枈んだら、ケむトにミルクやっお、おしめも替えるのよ!? その埌は、い぀もの裏庭の掃陀!! わかった!?」

 炊事堎を芗き蟌んだ䞭幎の修道女が、目をキツネのように吊り䞊げながら、すかさず釘を刺し、次々に仕事を蚀い枡す。
 十幎前、アンゞュを匕き取った叔母であり、孀児院の院長は、圌女に来た逊子瞁組の話を党お断り、今でも小間䜿い、メむド代わりにしお䜿っおいた。良い頃合いの時・が来るたで、ここに眮いおおく぀もりなのだ。
 アンゞュず同じ幎頃の子䟛は、他にも䜕人かいた。しかし、院長は圌女にだけ、沢山の仕事を蚀い付ける。それは、十幎前から倉わらず繰り返されおいる、ここの日垞だった。

「はぁヌい。院長先生  」

 聞こえるように返事をした埌、アンゞュは肩を萜ずし、ふぅっ  ず、小さくため息を぀いた。が、すぐに次の仕事に取り掛かる。䌑んでいる䜙裕はなかった。
 倖からは、楜しそうに遊んでいる、同じ孀児院の仲間達の、きゃらきゃら、ずいう笑い声が聞こえおきおいる。

 圌女の唯䞀の楜しみは、昌過ぎにようやく䞎えられた䌑息時間に、院に隣接する海蟺に行っお、そこにある怰子やしの朚に登り、䞀人歌うこずだった。
 今日も、午前䞭の仕事を党お終えた埌、持っおいた箒ほうきを攟り出し、走り出す。春のぜかぜかずした陜射しの䞋、緑鮮やかな葡萄ぶどう畑を通り抜け、癜い砂浜ずタヌコむズグリヌンに煌めく海蟺ぞ向かっお行く。そしお、䞀番倧きな怰子やしに登り、おっぺんから海を眺めるのだ。

「ハロヌ。今日も、䞀緒に歌おうね」

 アンゞュの姿を芋぀け、ばさっ、ず舞い降り、傍に寄っおきたオりムに話しかける。そしお、お気に入りの讃矎歌や童謡を、次々に歌う。
 毎朝、院の子䟛達が、院長ずミサで歌っおいる楜曲だ。䜕床も埩唱しおいるので、教本も楜譜も無しで歌える。圌女は共に参加しおいないが、少し離れた堎所から、邪魔にならないよう歌うこずは蚱されおいた。
 朝の淡い光に照らされた、玔癜の十字架のオブゞェを眺めながら歌う、この静かで神聖な時間が、アンゞュは、ずおも奜きだった。心がどれだけ沈んでいおも、安らぎず頑匵りを取り戻せる気がしたのだ。
 圌女の歌声には、䞍思議な魅力があった。聎く者の心を癒し、次第に浄化しおいくような、ずおも柄んでいお柔らかな旋埋。しかし、それを知っおいる者、気に留める者は、䞀人も――いない。


「なぁ‌ お前も来いよヌ‌」

 暫くしお、海の方から、屈蚗の無い元気な声がした。歌うのを止めお、声のする方ぞ顔を向けるず、数人の仲間達がサヌフィンをしおいた。色ずりどりのサヌフボヌドが、ちらちら、ず芋え隠れしおいる。
 その䞭の䞀人  最近、孀児院に入ったばかりの、幎䞋の赀毛の少幎が、アンゞュを誘ったのだ。

「えっ  」

 驚きず期埅が泡立ち、少し憂いを垯びたマリンブルヌの県めを芋匵る。無理もなかった。院長が、圌女をメむド扱いする事が原因で、院に預けられおから䞀床も、他の仲間達ず遊んだ事がなかったのだ。『アンゞュは自分達のメむド』みたいな認識が、圌らの䞭で出来䞊がっおしたっおいた。

「おい。止めずけ。あい぀ず遊ぶず、院長先生に叱られるぞ」

 隣のブロンドの少幎が、すかさず止めに入る。

「あず、サヌフィンに興味ない、出来ないらしいからさ」
「そうそう。ああしお、ずヌっず、朚の䞊にいるのが奜きなんだっお。䜕が楜しいのかしらねぇ」

 もう䞀人のブルネットの少幎ず、栗毛のお䞋げの少女が、笑い声を䞊げた。
 海に密接し、䞀幎䞭枩暖な気候なこずもあり、この地域では、倧人も子䟛もサヌフィンを嚯楜にする習慣があった。出来ない、興味の無い人間の方が圧倒的に少なかったのだ。

「やめなさいよ。あの子だっお、奜きで出来ない蚳じゃないんだから」

 黒髪のポニヌテヌルの少女も、そう蚀いながらくすくす、ず嘲笑あざわらう。

「そもそもさぁ。あの子、あんたり喋らないし、いっ぀も、がやヌっずしおるし、倉だよねぇ 私達ずなんか違うっおいうか」

 アンゞュは、自分に察するそんな䌚話を、じっ、ず黙っお耐えながら聞いおいた。サヌフィンが嫌いな蚳じゃ無い。けど、昔から身䜓぀きが小柄で现身。乳幌児期の栄逊䞍足が原因だず医垫には蚀われたが、運動音痎だったのもあり、どう頑匵っおも習埗できなかった。
 䜕より、朚の䞊で歌うこずの方が、ずっず奜きだったから、今たでしお来なかった。それはいけないこずなのだろうか  

「そっか。じゃあ、誘っちゃ悪いなヌ ごめんなぁヌ 」

 誘った赀毛の少幎が、そう蚀っお手を振るず、他の子達も、圌女の方を䞀瞥いちべ぀しながら、次々にサヌフボヌドに乗った。あっずいう間に、皆、海面ぞ向かっお行く。

 子䟛達の姿が、すっかり沖の圌方ぞ消えた頃、自分の目頭が熱く、氎滎が溜たっおいるこずに気づき、アンゞュは䞋を向いた。必死に堪えたが、霞んだマリンブルヌの瞳めから、䞀筋の雫が、ぜたり、ず膝に萜ちる。

「  ずっず、このたた」

 友達も出来ず、ずっず䞀人きりで家事や雑甚に远われる毎日   心に、倧きな䞍安ず孀独感が抌し寄せる。

「  でも、この町の   葡萄ぶどう畑も、オりムも、この綺麗な海も空も、䜕より歌が、ずおも奜きだわ。奜きなものが沢山あるっお、すごく幞せよね それに、神様だっお芋おいお䞋さるし。倧䞈倫」

 ぐいっ、ず涙を拭い、自分に匷く蚀い聞かせた。

   い぀も独りだった。心を蚱せる友達もなく、物心぀く前に孀児院に眮き去りにされた圌女は、芪や家族の愛情ずいうものを知らない。しかし、アンゞュは、この䞖界の自然や生き物  花や動物を奜み、神・様・を信じおいた。

 ――い぀か、きっず、神様が助けおくれる。

 小さな頃、院長の目を盗んでこっそり読んだ童話集、矎しい絵本のお䌜噺ずぎばなしのような  奇跡を信じおいた。
 抑圧され、狭く、閉じた䞖界の䞭でも、必死に明るく生きおいたのだ。そしお䜕より、圌女にずっお歌う事は、生きおいく為の拠よる術すべ、呜そのものだった。


   黄昏時たそがれどきがきた。ニュヌキャッスルの倕暮れは、至極矎しく幻想的で、芋る者を魅了する。この䞖の颚景ではないような、優麗ゆうれいな薄明はくめいの空間に、街䞭が染たるのだ。
 タヌコむズグリヌンの氎面みなもが、オレンゞ色の倕陜に照らされ、きらきら、ず煌めきながら、青玫色に倉化し、深いコバルトブルヌの宵色に染たっおゆく。毎日倉わるこずなく繰り返される、この尊い瞬間が、アンゞュはずおも奜きだった。

 しかし、それは同時に、今日の自由の時間が終わったこずを意味する。この埌も、眠りに぀くたで、沢山の仕事が圌女を埅っおいるのだ。
 そんな耇雑な思いを振り払うかのように、アンゞュは、もう䞀床、声高らかに歌い始めた。

 神様ぞの、ありったけの感謝ず  救・い・を求めお。

海からの遣い

 倏のある日の事。い぀ものように䟋の海蟺の朚の䞊で、぀かの間の䌑息の時間をアンゞュは過ごしおいた。
 しかし、今日は、なかなか元気が出ない。い぀もなら、歌うだけで気分が明るくなるのだが、先皋、院の子䟛の䞀人が、優しそうな倫婊に逊女ずしお匕き取られお行ったのを芋送ったばかりだった。
 曎に、昚日、叔母である院長が、圌女の逊子瞁組話をたた断っおいるのを聞いおしたったのである。銬車に乗り、頭を撫でられながら嬉しそうに笑っおいた、あの子の姿が目にずっず焌き付いおいる。

「『幞せな家』、『愛される』っお、どんななんだろう  」

 そっ、ず呟く。こういう光景を芋たのは初めおではない。十幎間、䜕床も同じ衚情をしながら、院を出お行った子を芋おきた。その床に、い぀か自分も   ず期埅を膚らたせながら、そ・の・時・を埅っおいたが、䞀向に蚪れる気配はない。むしろ、せっかくのチャンスを、院長が党お朰しおしたっおいる。

「どうしお、私だけ  」

 普段、なるべく考えないようにしおいる思いが、ぜろり、ず零れる。叔母は、自分を逊女ずしおは迎えおくれない事は、物心぀いた頃から知っおいた。
 孀児院を出なければならない幎霢たで、ずっず䞀人で小間䜿いずしお過ごすのかず思うず、目の前が真っ暗になる。その日は䌑むこずなく近づいおいる。それに、幎霢が高くなる皋、逊女ずしお匕き取られる可胜性は䜎くなるのだ。自分の淡い倢は、叶わない  

 はあぁ  ず、アンゞュは、たた倧きなため息を぀いた。今床は、お腹から、深く、思い切り。

「今日は、ため息の日ね。お腹に、モダモダした怪物が䜏んでるみたい」

 そう蚀っお、自分のお腹をさする。埗䜓の知れない怪・物・ず向き合っおいるうち、歌詞ずメロディが次第に浮かんだ。

『怪物さん。ご機嫌いかが
 悪いみたいね。たくさんのため息ばかり。
 はぁヌ  はぁヌ  
 あなたは火を吹く怪獣なの
 でも、あなたが悲しいず、私も悲しいわ。
 『芪友』っおいうのかしら
 けど、あなたが嬉しい時、私はあなたのこず忘れおるの  』

 そんな歌はなかった。やけっぱちになったアンゞュが、感情に任せお適圓に䜜ったものだ。そこたで歌った時――

「  ふっ、ははっ」

 䞋の方から、軜やかな笑い声が聞こえた。驚いお、思わず䞋を芋る。同じ幎頃の少幎が、陜に反射しお现やかに瞬く、プラチナブロンドの髪を揺らしながら、くくくっ、ず必死に笑いを堪えおいた。

 ――今の、聞かれた  !!

 䞀気に顔が熱くなるのがわかった。それはもう火が出るんじゃないかず思う䜍。すぐにでも逃げ出したかったが、朚の䞊にいる身ではどうするこずもできない。

「  ごめん 勝手に聎いたりしお。そんなずころで䜕しおるの」

 慌おふためき、そのたた転がり萜ちそうなアンゞュに、ようやく笑いが止たったらしい金髪の少幎が、明るく声をかけた。

「  歌を、歌っおたの」

 緊匵ず焊りで枇いた口を開き、アンゞュは、必死に蚀葉を絞り出す。

「䜕でたた」
「  朚の䞊で歌うのが、奜きだから」
「ぞぇっ  ! それはいいなぁ」

 ポップコヌンが匟けたように、ははっ  ず、少幎は軜快に笑い出す。陜気で気持ちのいい笑い声が、蟺り䞀面に響き枡った。
 アンゞュは物凄く緊匵しおいた。同じ幎頃の子ずこんなに話すのは、かなり久しぶりだったからだ。

 ――倉に思われなかったかな  

 䞍安で少し青ざめおいる圌女に、その少幎は、屈蚗の無い笑顔で続ける。

「ねぇ、降りおおいでよ。友達も䞀緒に来おるんだ」

 手を振りながら手招きする少幎。思いもよらない誘いだった。たちたち、胞の䞭が嬉しさでいっぱいになる。
 しかし、䞀方で、こういう状況に慣れおないので、䞍安や怖さもあった。でも、せっかくのお誘いだず、アンゞュはありったけの勇気を振り絞り、固たった喉を、目䞀杯開き、空気を吞い蟌んだ。

「ありがずう   今、行くわ  」

 埮かに震えた声だったが、真䞋にいる少幎に届くよう、粟䞀杯の蚀葉を攟ち、朚を降り始めた。慣れた動䜜で軜々ず着地し、圌ず初めお近くで向き合う状態になったアンゞュは感嘆した。
 さらさら、ず絹糞のように靡なびく、プラチナブロンドの短髪に、少し日焌けした小麊色の健康的な肌。くりっずした硝子玉のような県めは、晎倩の空のようなスカむブルヌだ。背はアンゞュより十センチ以䞊はあるだろう。
 サヌフィンをするのか、癜いサヌフボヌドを抱えおいお、矀青色のりェットスヌツが良く䌌合っおいた。今たで、こんなに綺麗な男の子を芋た事がなかったアンゞュは、思わず芋ずれおしたった。

「どうかした」

 少幎が心配そうに尋ねる。慌おお、蚀葉を口から出す。

「ううん、䜕でもない。声をかけおくれお  ありがずう。えっず、あの  」
「フィリップ。フィリップ・ベルモント。よろしく!!」

 そう自己玹介しながら、爜やかな笑顔を芋せお、日焌けした倧きな手を差し出しお来た。アンゞュも、おずおずず荒れた癜い掌を重ね合わせる。

「アンゞェリヌク  アンゞュよ。孀児だから、姓は無いの  よろしく」

 䞀瞬、躊躇ちゅうちょしたが、なんずか自己玹介した。するず、少幎  フィリップは、しっかりず握手しながら笑った。

「アンゞェリヌク、か。いい名前だね」

 陜光が射すような県差しを返す。隙間から芋えた敎った癜い歯が、真珠みたいに綺麗  ずアンゞュは芋ずれ、たた吃驚びっくりした。初めお名前を耒められたからだ。今たで出䌚った人には、䞀床も耒められた事がなかった。
 それに孀児ずいう郚分に、䞀切觊れお来ない。䜕故、この人はこんなに優しいのだろう  ず䞍思議で仕方ない。

「ありがずう   でも、どうしお そんなこず、初めお蚀われたわ」
「僕の囜の蚀葉だず『倩䜿のような』ずか、『倩䜿の茪』っお意味だよ。玠敵じゃないか。それに『アンゞェ』っおいう街もあるんだ」

 ――そう、なんだ  

 アンゞュの冷えた胞の奥が、少しだけ枩たる。『父芪のくせに、お前を眮いお逃げたんだよ』『だらしなくお、兄だけどろくでもない男だった』ず、院長からずっず聞かされおいお、そんな芪に悲しみや恚みを感じた時もあった。
 けど、そんな玠敵な名前を぀けおくれたのだず、少し救われたような気がする。そしお、そんな良いこずを教えおくれた圌に察しお、感謝の気持ちでいっぱいになった。

「ありがずう   あの、貎方はオヌストラリア人じゃないの」
「僕は、フランス人。たたたた䌑暇でこっちに来おる。父の別荘があるんだ。今日はサヌフィンしに来たんだけど、たさか朚の䞊に女の子がいるなんおね。初めは、蜂蜜色のコアラかず思ったよ」

 そう朗らかに蚀い、けらけら、ずフィリップは再び笑い始めた。

 ――笑われおるのに  ちっずも、嫌じゃない。

 今たで、銬鹿にしたように笑われる事はあったけど、こんなに優しく接しながら笑っおくれる人はいなかった。

 ――この人こそ  倩䜿だわ。

 アンゞュは思った。神様が遣わせおくれたのだず  

「フィリップ!!」

 快掻な女の子の声が、蟺りに響いた。フィリップず同じ、癜いサヌフボヌドを手にした、薔薇色のワンピヌスを着た同幎代の少女が、こちらに向かっお颯爜ず歩いお来る。マロン色の長い髪をサラサラ、ずなびかせ、満面の笑みで手を振っおいる。

「゚レン!!」

 フィリップも笑顔で叫んだ。二人の近くたで来た、゚レンず呌ばれた少女は、アンゞュの姿を芋お、少し驚いた顔をした。キャラメル色の倧きな瞳めが揺らいだが、すぐに明るい笑みに倉わる。

「䜕よ。ナンパしおたの」

 ゚レンは、からかうように圌の肩を小突いた。そんな圌女に、フィリップは「違うよ」ず、照れながら匁解しおいる。
 芪密そうな二人の様子を芋おいたアンゞュは、胞の奥が、ちくり、ず少し痛むのを感じたが、その理由は、この時はただ分からなかった。

「玹介しおよ。 私、゚レン・ハミルトン。フィリップずは幌なじみなの」

 心なしか、少し勝ち誇ったように埮笑みながら、手を差し出しおきた圌女が少し気になったが、アンゞュもおずおずず手を差し出し、はにかみながら握手した。

「アンゞェリヌク  アンゞュです。孀児だから、姓は、無いの。よろしくお願いしたす」

 二人ずもアンゞュず同じ幎頃らしかったが、なぜか敬語を䜿っおしたっおいた。しかし、゚レンはそのこずには觊れず、「孀児  」ず長い睫毛を、ぱちぱち瞬かせ、怪蚝そうに小さく呟いた。
 䞀方、アンゞュは、圌女が着おいるフリルが斜されたワンピヌスが、ずおも眩しくお芋ずれおいた。こんなに玠敵な服は、今たで芋たこずがなかった。お金持ちのお嬢様なのだろうか。そういえば、フィリップもどこずなく品の良さが滲み出おいる。
 自分が着おいる、着叀しお色耪せた薄いグレヌのワンピヌスが、急に恥ずかしくなっおきた。なぜだか、圌の前だず䜙蚈にそう思っおしたう。そんな初めお感じる皮類の気持ちに、内心戞惑う。

「僕ら、これから䞀緒にサヌフィンするんだけど、君もどう」

 そんな圌女の耇雑な思いを知るこずもなく、フィリップは屈蚗のない笑顔で蚀った。既に、゚レンはワンピヌスを脱ぎ始めおいる。䞋にりェットスヌツを着おいたらしい。これも、綺麗な真玅のスヌツだった。

「えっ   ごめんなさい。サヌフィンはちょっず  」

 アンゞュはたご぀いた。苊手なサヌフィン。おたけに嫌な思い出もある。

「そっか。残念だなぁ」

 フィリップは特に気分を害した様子もなく、ボヌドの手入れを始めた。

「じゃあ、芋おいきなよ。結構、自信あるんだ」

 そう勧め、にかっ、ず笑う。するず、「え  できないの」ず、少し呆れたように゚レンが远求した。途端に小さくなるアンゞュ。

「いいじゃないか。芋おるだけでも楜しいだろ」

 明るくフォロヌするフィリップに救われ、少し躊躇ためらったが、圌の蚀葉に甘えるこずにした。誘っおくれたのも、庇っおくれたのも嬉しく、ふわっ、ず今日初めおのささやかな笑みが浮かぶ。
 そんな二人の様子に、゚レンは倧きな県めを曎に芋開き、少し面癜くなさそうな顔をしたが、すぐに海ぞ繰り出しお行った。

 そんな圌女の様子が少し気になったが、この時のアンゞュは、初めお『友達』ず呌べるかもしれない人に出䌚えた喜びでいっぱいで、さほど気にずめなかった。
 芋慣れた空、聞き慣れた波音。い぀もの海蟺の颚景。しかし、普段よりもずっず、生き生きしおいるように芋える。
 誰かず䞀緒に過ごすずいうだけで、こんなに䞖界が違っお芋えるものだなんお。あんなに嫌だったサヌフィンの苊い思い出も、たちたち玠敵な思い出に塗り替えられおいく  

 あたりに楜しくお、嬉しくお、この二人のこずで悲しい出来事が起こるなんお、アンゞュは思っおもいなかった。
 人ず関わるこずで生たれる、悲しみも、苊しみも、この時は䜕も知らなかった幌い圌女を、倏の匷い陜射しが、ゞリゞリ、ず照り぀けおいた。


【次話に続く】

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↓話䞀芧以䞋継続


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