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戊火のアンゞェリヌク15ⅢWales  the UK

創䜜長線『戊火のアンゞェリヌク』の第䞉幕郚分。
史実を元にしたフィクションです。実圚する名称、事件、出来事ずは関係ありたせん。
※私事により、制䜜途䞭投皿になりたす。埡容赊䞋さい。

抂芁

ⅢWales  the UK


Aubade  圌は誰故に


 様々な䞍安を抱えた、英囜の短い倏が終わりを迎えた、1940幎の月某日。突劂、ドむツ空軍による攻撃が、銖郜ロンドンの街を襲った。翌幎の春たで続き、埌に『ザ・ブリッツ』ず歎史に語り継がれる事になる、ロンドン倧空襲の始たりだった。

 アンゞュ達の䜏むカヌディフ近郊は、ロンドンからはかなり離れおいる。しかし、流れ匟や爆砎に巻き蟌たれる可胜性を危惧し、呚蟺地域の䜏民は、カヌディフ城内地䞋の防空シェルタヌに避難する事を勧められた。
 匷制ではなかったが、助けを呌ぶ声を出せないアンゞュの状態を案じた二人は、少し遠方だがカヌディフに戻り、暫くの間、滞圚するこずに決めた。ゞャズバヌの仕事は䌑たざるを埗ない。状況次第だが、長期の避難は難しいだろうな  ず、ゞェラルドは悩んだ。
 今たで以䞊に、呜の危機をリアルに感じるず同時に、スコットさんやクリスの安吊が心配で堪らなく、䞍安が募る。だが、アンゞュは、ゞェラルドはずもかく、自分の身の安党は、内心、あたり気になっおいなかった。
 逃避なのか、自暎自棄状態なのか  そんな自身に戞惑う反面、どこか䞍気味で、怖さを感じる䞭での避難だった。

 石造りの城内地䞋の壕内は、窓はなく薄暗いが、割ず広く、小綺麗な空間だった。非垞食や薬などの入った箱が倧量に積たれ、泚意曞が曞かれたむラスト付きのポスタヌが、壁䞭に貌られおいる。
 ――『隒がない』『走らない』『泥酔しない』『喫煙しない』   ロンドンに来る時に乗った船の地䞋の客宀を、ふず、アンゞュは思い出した。あの時は窓もあり、自由に甲板に出お、倖気も吞えた。しかし、今回は窓もなければ、倖にも出られない密宀  籠城状態だ。

 ――本圓に、牢獄生掻みたい。

 結構な人数が避難しに集たっおいた。䞻に女性や子䟛、幎配の人間ばかりだ。男性でも、ただ成人し間もないような若者はいるが、働き盛りの幎代は少ない。この数ヶ月の間、城兵されたか志願したのだろうず、ゞェラルドは思った。

 時間が経぀に぀れ、空腹ず恐怖で泣き出す子䟛が出おくる。既に、倜になっおいた。黙らせようず、母芪らしき女性が必死にあやしおいる。アンゞュの近くには、悲痛の面持ちで寄り添う老倫婊に抱かれた幌女、母芪らしき女性に抱かれ、すすり泣く少幎がいた。
 幌女は、蝋ろう人圢のように衚情が無い。泥ず煀すすで薄汚れた色癜の顔。埌ろに乱雑にたずめたブロンドの長い髪は荒れおいる。サファむアの碧の瞳は陰で芆われ、空虚な県差しをしおいた。
 泣いおいる少幎は、「パパ  パパ  」ず呟きながら、ブルネットの巻き毛を撫でられおいる。

 ――あの子達、も   なくしたの  

 アンゞュの心の奥底の、䜕・か・が、先皋からずっずざわめいおいる。痛たしくお、悲しい光景  芋おいるのは蟛いのに、䜕故か惹き付けられる。
 圌らは蚀・葉・は、蚀わない。今居る堎所がそうさせおいるのか、本圓に䜕も蚀えないのか、はたたた、䜕も感じおいないのか  

 ――そんなわけ、ない。

 聎こえる気がした。音も光も無いが、匷烈な叫びのような信号。圌女に内に棲む誰・か・が、そんな信号の䞀郚ず共鳎し、手を振り返そうずする。応答しようずしおいる。
 どくん、ず熱を垯び出した心が動き、鳎った。

 ――こわい。こわい。助けお。助けお。
 ――こんなのいや。きらい。さみしい。
 ――どうしお なんでこうなるの これは、䜕
 ――どこにいったの おいおかないで
 ――きらいになったの わるい子だから

 ――うたれおきたく、なかった。

   ――刹那、今たで䌚った人達の蚀葉が、突颚のようにアンゞュの脳裏を駆け、流れ巡った。

『僕の分たで倢を叶えおほしい。君の歌で、僕は元気になれた』
『貎女は、䜕の為に歌いたいの』
『儂わしは聎けないが、嬉しいよ。頑匵りなさい』
『それでいいんだ。君は、それでいい』
『心の声を、よく聞いお』
『君が遞べばいい。生きおいおくれたらいい!!』
『  䞀床だけ。でも、君が奜きな歌にするから』

 ――ああ  そうだ。私・、は    


「  『ほのお、の䞭で、散る、花よ』」
「シスリヌ⁉」

 掠れた声で歌・を口ずさみ始めたアンゞュに、ゞェラルドは驚愕し、思わず芋入る。翡翠の県孔が芋開き、党おの音が、䞀瞬、耳から消えた。そこだけが、無音の空間に飛ばされたようだ。

「  『真っ赀な、涙を、頭䞊に舞わせ、最期の瞬間ずきに、君は、䜕を思う  』」

 あの、『ポピヌの涙』だ。拙く、掠れた声で儚く玡がれる、アンゞュの䜕よりも倧切な楜曲。固たっおいた喉の筋肉や呌吞噚を、懞呜に動かす。

「止めろ。ここでは  」

 我に返ったゞェラルドは、歓喜に震える心を必死に抑え、呚囲に配慮しお止めさせようずする。

 刹那――自分達ぞの匷い芖線を感じた。同時に、幌い子䟛の柄んだ声が響く。

「お花、どうなる、の」

 先皋、老倫婊に抱かれおいた無衚情の幌女だった。アンゞュず向き合い、真剣な様子で問いかけおいる。ただ片蚀の幌児である圌女に、歌詞の意味が解るずは思えない。しかし、切なる瞳で続きを知りたがっおいるようだった。
 遥か遠いロンドンの䞊空から、カヌディフの壕内にたで聞こえおくる萜雷のような蜟音。それらに掻き消されないよう、尚䞔なおか぀、語りかけるように、囁くように、アンゞュは、切なくも優しいメロディを口ずさむ。

「『  さようなら、育った故郷ふるさず さようなら、愛した人 さようなら、愛しおくれた人』」

 少し䞀息぀き、ぐっ、ず県たなこに力を入れた。曎に心が痛む歌詞に入る。しかし、圌女の宵の瞳には、淡い閃光ひかりが灯っおいる。

「『遺された、はずの、亡骞なきがらさえ、涙ず共に、消えおいった』」

 い぀の間にか、シェルタヌ内の人々が、皆、アンゞュず幌女に芖線を向けおいた。少幎の泣き声や女性の錻を啜る音も止んだ。『止めろ』ずいう声も無い。悲壮感の䞭にどこか厳かな空気が挂う、奇劙な静寂に満ちおいる。

「『誰の為に、君は泣く 誰の為に、君は逝ゆく』」

 楜曲は終わった。が、アンゞュは少し間をおき、再び、口を開く。

「『  ずけゆく涙は、地に還り、陜を济びお』」

「『やがお、蒌あおく  芜吹くでしょう』」

 ――    

 しん、ず静たりかえった空間の䞭、やがお、偎にいた老倫婊が、パチ  パチ  ず埮かな拍手を鳎らした。぀られるように匱々しく拍手が鳎り、すすり泣く声や嗚咜が、再び聞こえお来る。乞い求めるように、男の名を呟く女性もいた。

「  お花、泣いおるの」

 碧あおのガラス玉のような瞳めに、雚粒のような滎しずくを浮かべた幌女が、再び問いかけた。そんな圌女に、こくり、ずアンゞュは神劙に頷く。

「パパも、きっず泣いおる。かえっおこないの。お花になったの  ⁉」
「  ⁉」

 倧粒の涙を流し、急に声をあげ泣き出した圌女を、祖母らしき女性が抱き寄せ、その堎から遠ざけた。祖父らしき幎配の男が、アンゞュ達の傍に近づく。

「申し蚳ありたせん。あの  」

 すたなそうに、ゞェラルドが詫びた。そんな圌に、憔悎しきった皺しわの刻たれた顔を静かに振り、男は語り始めた。

「  あの子の母芪は早くに亡くなり、氎兵だった父芪  息子は、春のノルりェヌ海戊で、戊死したした」
「    !!」

 二人は共に絶句する。あの戊いで犠牲になった者の魂が、すぐ傍に珟れたように感じた。

「ですが、垰っお来ない父の行方を尋ね、せがむあの子にずっず告げられずにいたのです。私達も  受け入れられなかった  」

 きしきし、ず絞られるように、アンゞュの心臓が痛んだ。圌らの行き堎の無い思いが、滲みおくる。

「やがお、あの子は口を利かなくなり、衚情も消えたした  が、さっき泣・い・た・んです   䞊手く蚀えたせんが  私達もきっず  ありがずうございたす  」

 震える声で少し俯いた男に、ゞェラルドの胞奥には、耇雑で感慚深い想いが湧き䞊がっおいた。最埌に芋たスコットの姿が、圌ず重なる。
 ぎゅっ、ずアンゞュは目を瞑り、勢いよく銖を振った。掠れた声で、ゆっくりず、喉から思いを玡ぐ。

「  同じ、です」
「え  」

 戞惑う男ず少し離れた堎所に移動した幌女ず女性、そしお、隣のゞェラルドを、ゆっくりず順々に芋぀め、固たっおいた頬を動かし、アンゞュはぎこちない笑・み・を浮かべ、䌝えた。

「  圌女ず、皆さんのおかげで、私も、声が  歌・え・た・んです。本圓に、ありがずうございたす  」

 目の前の男ず、自分達をずっず芋おいた人々に向かっお、深く、䞁寧に頭を䞋げる。

「シスリヌ  」

 涙しそうになるのを堪え、ゞェラルドは静かに呌んだ。優しく重厚に響く、チェロの切な音色。

「ゞェむド  さん  」

 儚くも久方ぶりに口にする、いずおしい人の名。呌ばれた圌も、圌女自身もを、魔法がかかったように煌めかせる。

 ――誰かに頌たれたから、求められるから、認められたいから  だけじゃない。
 ――私・が・、枩かな人達がくれた優しさが、匷さが、奜・き・だから、感謝を、祈りを蟌めお、圌ら党おの想・い・を䌝え、謳うたい続ける  

「ご存知だったのか知りたせんが  」

 幌女の祖父は、泣き笑いのような衚情を浮かべ、続けおアンゞュに告げた。

「  ポピヌはね、フランスの囜花なんですよ」

 切なくも䞍思議な巡り合わせに、アンゞュの心にい぀かの倜の鍵盀が甊り、ポヌン、ず再び鳎った。

「私達は、フランス系でね   こちらでは停戊の花でしたね   改めお  本圓にありがずうございたした」

 䞀郚始終を芋おいた、シェルタヌ内の子䟛達が、戞惑う倧人達の手を離れ、次々に集たっお来た。幌児から物心぀いた幎代、成人前の幎頃たで様々   ぐずっおいた子も、泣いおいた子も、遠慮がちに、少しず぀近寄っお来る。
 䜕かを察知し、匕き寄せられるかのように、アンゞュの呚りを囲んだ圌らのうち、近くで母芪に抱かれ泣いおいた、ブルネットの巻き毛の少幎が、泣き顔のたた尋ねた。

「  おねえちゃん  歌、うたう人」

 少し考え、こくん、ずアンゞュは頷く。今は『歌手』ではない。だが  

「  ‌」

 瞳に淡く光が差し、少し衚情が柔らかくなった少幎は、楜曲のタむトルを口にする。

「あれ、歌っお。『゚ヌデルワむス』  」
「次は、『アメむゞング・グレむス』」

 圌に続いお、隣の少女も名曲をリク゚ストする。そんな無垢な瞳に囲たれ、䞍思議な䞇胜力をもらった気がしたアンゞュは、自然ず口にしおいた。

「  少しだけなら  いいわよ」
「シスリヌ、無理するな。ただ、喉が  」

 圌女の身䜓を心配したゞェラルドが、歓喜で動揺しながらも、焊っお止めに入る。

「ゞェむド、さん  」

 いずおしい人の蚀葉、心遣いが、アンゞュにたた光明こうみょうを泚ぐ。圌女が知らないうちに、圌がい぀かの朝、圌女から济びたものず、同じ倩明おんめいのような  

「  この䜍の声量なら  倧䞈倫です。氎ず、ドロップを  くださいたすか」


 その堎が、ささやかな音楜䌚になった。柔らかく柄んだ歌声  りィスパヌボむスの旋埋が、地䞋内を包み流れる。暫くの間、偏った傟向の楜曲ばかりを耳にしおいた子䟛達は、久方ぶりに聎く、それぞれの奜きな歌を真剣な面持ちで聎いおいた。
 リク゚ストされた䞭には、昔、アンゞュがオヌストラリアの矎しい海蟺で、自分を励たし、錓舞する為に䞀人で歌っおいた楜曲もあった。
 圌らの瞳の暗い陰は消えおいない。泣き顔のたたの子もいるし、晎れやかな笑顔は芋圓たら無い。けれど、少しず぀、䜕・か・を取り戻しおいくように芋える。そんな力なくも健気な姿を、アンゞュは䜕ずも蚀えない䞍可思議な、感慚深い思いで目にしおいた。
 これから悲しく蟛い思いを、圌らも  いや、自身も経隓した事の無い、深い傷を負うかもしれない。ここで今、垌望を持぀のは、先々で、残酷な痛みも䌎うかもしれない。
 だが、芋えなくおも、聞こえなくおも、圌らは必死に錓動しおいる。確かに、ここに、圚ある  


 倜曎けになり、埅぀倧人の元に戻った子䟛達が、䞀人、たた䞀人ず、眠り始める。皆、このシェルタヌで倜を明かす事になりそうだった。支絊された毛垃に共にくるたり、アンゞュずゞェラルドは互いを枩め、暖をずる。

「倧䞈倫か 疲れただろ」
「少し  でも、䌑めば倧䞈倫です」
「  党く、君には、本圓に驚かせられる」

 呚りに配慮した小声で呟き、ゞェラルドは苊笑した。い぀か、二人きりの挔奏䌚をした倜を思い出す。

「すみたせん   心配かけお」
「いや  良かった  本圓に    」

 ほうっ、ず息を吐き、アンゞュの肩に顎を乗せ、そのたた抱きしめる。圌女の声が戻った事、そしお、歌・え・た・事が、䜕よりの喜びだった。

「ゞェむド、さん  」

 掠れた声で呟き、そっ、ずアンゞュも抱き返す。
 『あたたかい』――そんな想いが、心の奥底から湧き出した。血の通った呜が  生・き・お・い・る・ずいう蚌。

 闇や狂気は消えなくおも、同じように、同じ地球ほしで、盎向きに光を灯しおいる呜も、矎しい䞖界も、確かに存圚しおいる。
 声を匵り䞊げながら産たれ、懞呜に呌吞し、ささやかな生呜が巡り廻っおいる。どんな圢であろうず、その灯火を吹き消しおはならない  

 ――私・も・、今、ここで生きお  掻いきおいる。

 そんな想いを抱いだきながら、久方ぶりにアンゞュは、深い眠りを埗た。


倩遣いの終焉


《続く制䜜䞭》

いいなず思ったら応揎しよう