彼氏がお侍。【第10話】お侍、木漏れ日の下で幸せを噛み締める。
【第9話】
【10話】お侍、木漏れ日の下で幸せを噛み締める。
雲一つない青空が広がる、夏の午後。
私たちは、リュック型のキャリーバッグにむさしを入れ、ルカ特製のお弁当(本人は「特上兵糧」と呼んでいる)を持って、近くの大きな公園へやってきた。
「姫、この大きな木の根元などいかがかな! 敵の矢(直射日光)を防ぎつつ、周囲を広く見渡せる、絶好の陣地にござる!」
「うん、そこにしよっか」
木漏れ日が落ちる芝生の上にレジャーシートを広げると、ルカはリュックからむさしをそっと取り出し、猫用の小さなハーネスをつけた。
「さあ武蔵殿、思う存分、この広大な領地を視察されるがよい!」
芝生の上に降り立ったむさしは、最初こそ「ここはどこニャ?」と戸惑っていたが、すぐに尻尾をピンと立てて、短い足でトコトコと探検を始めた。
鼻先をヒクヒクさせながらクローバーの匂いを嗅ぎ、ひらひらと飛んできたモンシロチョウに向かって、短い前足で「えいっ」と猫パンチを繰り出す。
「おお! 見事な太刀筋! 武蔵殿が未知の飛来物を退けられたぞ!」
「ルカ、リード引っ張りすぎないでね。むさしのペースに合わせてあげて」
「御意!」
しゃがみ込んでむさしの後をゾロゾロとついていく、大きな金髪の青年。
私はシートの上に足を伸ばして座り、水筒の冷たい麦茶を飲みながら、その平和すぎる光景をぼんやりと眺めていた。
(……なんか、信じられないな)
数ヶ月前までの休日は、平日の残業の疲れを引きずり、泥のように眠って終わることがほとんどだった。休日に公園でピクニックなんて、考えたこともなかった。
それが今、私の目の前には、私のためにお弁当を作ってくれるヘンテコで優しい同居人と、世界で一番可愛い小さな家族がいる。
ただ、日向ぼっこをしているだけ。
特別なことは何も起きていないのに、胸の奥がじんわりと温かくて、満たされている。
「……姫」
不意に声がして振り返ると、むさしの警護を終えたルカが、私の隣にドスンとあぐらをかいて座った。
彼に抱き抱えられたむさしは、遊び疲れたのか、ルカの腕の中ですでにウトウトと目を閉じかけている。
「どうしたの? むさし、もう眠くなっちゃった?」
「ええ。流石の剣豪も、大自然の『気』にあてられて休息の時を迎えたようでござる」
ルカはむさしの背中を優しく撫でながら、ふと、前を向いたまま目を細めた。
木漏れ日が彼の金髪をキラキラと照らし、サファイアの瞳が優しい光を帯びている。
「……良き日和にござるな」
「うん。風が気持ちいいね」
「異国の地で、このように穏やかな時を過ごせるとは。……姫と、武蔵殿と共に」
ルカの声は、いつもの大げさなトーンではなかった。
ただただ純粋に、心の底から湧き上がってきた思いを言葉にしたような、静かで、優しい響き。
「拙者、今、果てしなく幸せでござる」
ルカが私の方を向き、ふわりと柔らかく微笑んだ。
その笑顔を見たら、なんだか少しだけ泣きそうになってしまった。
私も、全く同じことを考えていたから。
「……私もだよ。ルカとむさしがいてくれて、すっごく幸せ」
私が素直にそう答えると、ルカは少し驚いたように瞬きをして、それから、耳の先をほんのりと赤く染めて嬉しそうに笑った。
「ニャァ……」
二人の間で、むさしが寝言のように小さく鳴いた。
吹き抜ける初夏の風が、私たちの間を優しくすり抜けていく。遠くで遊ぶ子どもたちの声と、葉っぱの擦れる音だけが聞こえる。
「……さ、お弁当食べよっか」
「お、御意! 拙者の魂を込めた南蛮風おにぎり、とくとご賞味あれ!」
「はいはい。武士は黙って……今の幸せを噛み締める」
「……ははっ。御意にござる」
まぶしい太陽の下、私たちは小さく笑い合い、穏やかな木漏れ日の中で、唯々、幸せな時間を過ごした。
