彼氏がお侍。【第9話】お侍、異国の妙薬を献上する。
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【10話】
【9話】お侍、異国の妙薬を献上する。
朝、目覚めると喉が焼けるように痛かった。
体が鉛のように重く、関節のあちこちが軋むような感覚。どうやら、連日の残業による寝不足で、まんまと風邪を引いてしまったらしい。
「姫! 朝餉(あさげ)の支度が……むむッ!?」
寝室からリビングへ這い出た私の顔を見るなり、エプロン姿のルカが目を見開いた。
「ひ、姫えええ! 顔が! 顔が茹でダコのように赤うござる! さ、さては……流行り病(はやりやまい)に取り憑かれたか!」
「……うん。ちょっと、熱あるかも」
かすれた声で答えた瞬間、ルカは「おのれ病魔め!」と叫び、ドタバタとキッチンへ駆け込んだ。そして数秒後、なぜか『長ネギ』を一本、日本刀のように両手で掲げて戻ってきた。
「姫、安心めされよ! 拙者、書物(ネットのまとめサイト)にて、極東の秘術を学んでおります! この霊草(ネギ)を首に巻けば、病魔など一息に退散すると……!」
「……待って。それそのまま巻く気? 絶対やめて。首がネギ臭くなる」
私がソファに倒れ込みながら弱々しくツッコミを入れると、ルカは「な、なんと……霊草の結界を拒むとは……!」と肩を落とした。
足元では、むさしが「ミャッ?」と不思議そうにネギの匂いを嗅いでいる。
「とりあえず……会社に休むって連絡するから……水、ちょうだい」
「ハッ! 直ちに!」
その日の午前中、私は熱に浮かされながら泥のように眠った。
途中で何度か目を覚ますと、その度にルカが氷枕を替えてくれたり、額の汗を拭ってくれたりした。彼の大げさな騒ぎ声は不思議と聞こえず、代わりに、キッチンからコトコトと何かを煮込む、優しい音が聞こえていた。
…
……
「……ん」
お昼過ぎ。鼻をくすぐる良い匂いで目を覚ますと、ソファのすぐ脇に、ルカが正座して待機していた。むさしも、ルカの膝の上で丸くなっている。
「おお、目覚められましたか! 具合はいかがでござるか?」
「うん。薬が効いたみたいで、少し楽になった。……なんか、いい匂いがする」
私が身を起こすと、ルカは待ってましたとばかりにお盆を差し出した。
風邪の時の定番といえば『お粥』や『うどん』だが、ルカがうやうやしく捧げ持ってきたのは、鮮やかな黄色いスープだった。ふわふわの卵と、粉チーズの香りが食欲をそそる。
「我が故郷に伝わる、秘伝の霊薬『ストラッチャテッラスープ(卵とチーズのスープ)』にござる! 滋養強壮に優れ、傷ついた兵士(マンマ)の心と体を癒やす、魔法の汁物!」
「……すごい。美味しそう。でもルカ」
「ははっ!」
「なんで、渋い抹茶茶碗に入ってるの?」
そこはマグカップかスープ皿でいいじゃないか。なぜわざわざ、食器棚の奥に眠っていた黒塗りの抹茶茶碗になみなみと注いだのか。
「フッ。これぞ『侘び寂び』の心。異国の霊薬も、この器で飲めばより一層の薬効が期待できるというもの!」
得意げに胸を張るルカにため息をつきつつ、私はスプーンでスープを一口すくった。
「……あ」
チキンブイヨンの優しい旨味と、チーズのコク、そしてふわふわの卵。温かいスープが、痛む喉を滑り降りて、冷え切っていた胃袋をじんわりと温めていく。
本当に、魔法みたいに美味しい。
「……Buono?(美味しい?)」
ルカが、出会った日と同じように、母国語で小さく尋ねてきた。その顔はさっきまでの時代劇のノリではなく、純粋に私の体調を心配する、年相応の青年の顔だった。
「……うん。すごく美味しい。ありがとう、ルカ」
私が素直にお礼を言うと、ルカの顔がパッとひまわりのように明るく綻んだ。
「おおお! 姫に笑顔が戻った! なれば拙者、病魔が完全に退散するまで、この御傍(おそば)を片時も離れませぬぞ!」
ルカは再び武士の顔に戻り、むさしを抱えたまま、私のソファの横にドスンとあぐらをかいた。大きな体がすぐそばにあるだけで、不思議と安心してしまう自分がいる。
熱のせいか、少しだけ心細かった私は、抹茶茶碗を両手で包み込みながら、ぽつりと呟いた。
「……はいはい。武士は黙って、看病する」
「お、御意! このルカめが、姫の盾となり矛となり、病魔からお守りいたす!」
相変わらずのトンチキな返事にクスッと笑いながら、私は二口目のスープをゆっくりと飲み込んだ。どうやら、この特効薬のおかげで、明日にはすっかり元気になれそうだ。
