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気が弱い私が、それでも歩いてこられた理由

じいじです。
小学4年生の孫の家来をしています。

私は
気が弱い人間です。

初対面の人は意外そうに思うかもしれませんが
昔からそうでした。

人前に立つのは得意ではありません
怒られるのも苦手です
失敗するのも怖い

「うまくいかなかったらどうしよう」
「迷惑をかけたらどうしよう」

そんなことばかり考えてしまう性格でした。

だから
人生の節目では
いつも不安が先にありました。

美容師になったときもそうでした
看護師になったときもそうでした
転職するときも
新しい職場へ行くときも
定年退職して再雇用になったときも

そのたびに
「本当に自分にできるのだろうか」
そう思っていました。

でも振り返ってみると
不思議なことがあります。

そんな気の弱い私でも
なんとかここまで生きてこられたのです。

なぜだろう

最近になって
その理由が少しわかった気がします。

私は
最後にはいつも覚悟を決めていたのです。

「もう、やるしかない」

そう思った瞬間
不思議と心が少し静かになります。

もちろん
不安が消えるわけではありません。
怖さも残っています。

でも
「やる」
と決めた瞬間から
不安を相手にしなくなるのです。

気が強くなったわけではありません
勇気が湧いたわけでもありません

ただ
覚悟を決めただけです。

その違いは意外と大きいように思います。

私は以前
「飄飄と生きたい」
と書きました。

飄飄と生きるというのは
何も考えないことではありません。

むしろ私たちは
先のことを考えすぎてしまうから
苦しくなるのでしょう。

「あの人にどう思われるだろう」
「失敗したらどうしよう」
「老後は大丈夫だろうか」
「これで間違っていたらどうしよう」

まだ起きてもいない未来を
何度も頭の中で繰り返し
そのたびに疲れてしまいます。

私もそうです。

気が弱いから
なおさらです。

だから飄飄と生きられない。

ところが
覚悟を決めると
不思議なくらい未来を考えなくなります。

目の前の一歩だけを見るようになります。

「とりあえず、やってみよう」

その一歩だけです。

スッタニパータには
未来への執着や過去へのとらわれを手放し
今を静かに生きることの大切さが
繰り返し説かれています。

過ぎ去ったことを追いかけない
まだ来ていないものを心配しすぎない


この一歩を踏み出す。

そんな生き方です。

私はこの教えを知ったとき
「ああ、そういうことだったのか。」
と思いました。

気が弱い私が人生を乗り越えてこられたのは
強かったからではありません。

未来を完璧に考えていたからでもありません。

結局は
その時その時で

「よし」

と覚悟を決めていただけだったのです。

そして歩き始める。

歩き始めれば
不思議なことに景色は変わります。

止まっているときには見えなかった道が
見えてきます。

助けてくれる人にも出会います。

自分にも少しだけ自信がついてきます。

もちろん
うまくいかないこともあります。

失敗もあります。

でも
それはそのとき考えればいい。

まだ来てもいない失敗を
何度も心の中で体験する必要はありません。

61歳になった今
若い頃の自分に声をかけるとしたら
こんなふうに言うでしょう。

「大丈夫
 気が弱いままでいい
 強くならなくてもいい
 覚悟だけ決めればいい」

人生は
強い人だけが歩ける道ではありません。

気が弱くても歩けます
自信がなくても歩けます

一歩踏み出す覚悟さえあれば
道は少しずつ開けていきます。

だから今日も
私はあまり先のことは考えません。

とりあえず
目の前のことをやってみる。

もしダメだったら
そのとき考えればいい。

そんなふうに今日もまた
歩いていこうと思います。


▪︎ 「無理せんでもええよ」 
 そんな働き方について書いてみました。


▪︎  「本当の自分」に戻るための静かな時間
 について、まとめてみました。


▪︎ 有料マガジンに
人間関係・不安・執着との付き合い方を
やさしく整えています。
よかったら 読んでみてください。



肩の力を抜いて


飄飄と
いきましょう






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