見出し画像

「分かる」ために学んでいたら、分からないことが増えていったーこれまでの臨床経験の回顧録

新人の頃の私は、とにかく焦っていた。

担当した患者さんに、何かしてあげなければ。少しでも良くしたい。昨日より、できることを増やしたい。

その気持ちだけは強かった。

ただ、困ったことがあった。

具体的に、臨床をどう進めればいいのか分からなかった。

身近に、それを教えてくれるOTの先輩はいなかった。だから、臨床で使える技術の多くはPTの先輩たちから教えてもらった。

ボバース、PNF、筋促通法、リラクゼーション手技、呼吸器リハ……。

患者さんを良くするために使えそうなものなら、何でも知りたかった。研修会にも通った。

知識が足りないなら学べばいい。技術が足りないなら身につければいい。

かなり素直に、そう考えていた。

当時の臨床は、評価をする。問題点を見つける。目標を立てる。介入する。

効果が乏しければ、別の方法を探す。そして、また介入する。

今振り返ると、ずっと横方向に進んでいたように思う。

Aという問題がある。だからBという介入をする。

BでダメならC。CでダメならD。使える技術が増えるほど、選択肢は増えていった。

でも、

「そもそも、何のためにその技術を使うのか」

そこを深く考えるところまでは、まだ行けていなかった。

歩行器を思いっきりブン投げられました

そんな頃、ある患者さんを担当した。歩くことが難しい方だった。

私は歩けるようになってほしかった。だから歩行練習をした。

本人は嫌がっていた。怒ってもいた。それでも当時の私は、「この人のためなんだから」くらいに思っていたのだろう。

そして、ある日。

歩行器を思いっきりブン投げられました。

……さすがに考えた。

自分は、この人の何を見ていたんだろう。

歩けるようになること。この人が望む生活に近づくこと。

それは、本当に同じなのか。

この人は、どんな生活をしたいんだろう。その生活を実現するために、本当に歩く必要があるのか。どこまで回復する可能性があるのか。回復が難しい部分は、別の方法で補えないのか。

道具を変えたらどうだろう。環境を変えたらどうだろう。退院したあと、この人はどこで、誰と、どう暮らすのだろう。

一つ疑問が出ると、また次の疑問が出てきた。

それまでの私は、**「この問題に、何をするか」**を考えていた。

この患者さんに歩行器をブン投げられて、ようやく、

「この人が求めているものは何なのか」

から考え始めた。

今の臨床観につながる最初の疑問は、たぶんここから始まった。

手探りで「生活」を見るようになった

そこから、ICFのモデルを使いながら、できる限り患者さんを包括的に見ようとした。

この人が求めている生活は何なのか。それを実現するために、入院中のリハビリで何ができるのか。

身体機能への介入が必要なら行う。活動を獲得する必要があるなら練習する。

そして退院が近づけば、生活する場所へ目を向ける。道具はどうするのか。家の環境はどうするのか。どうすれば、その人の生活を成立させられるのか。

まだ手探りだった。

それでも、

歩けないから歩行練習をする

というところから、

この人の生活を実現するために、歩行練習という手段を使う

へと、少しずつ考え方が変わっていった。

そんな臨床を続けていた頃、研修会でMOHO、人間作業モデルに出会った。

衝撃だった。

手探りだったものに、枠組みができた

MOHOでは、人が何を大切にしているのか、何ができるのか、どんな習慣や役割の中で生活しているのか、どんな環境にいるのか。そして、その人にとって作業がどんな意味を持つのかを考えていく。

それを知ったとき、

「自分が考えたかったのは、これだったのかもしれない」

と思った。

それまで私は、自分なりに患者さんの生活を見ようとしていた。でも、何をどう見ればいいのか。見えているもの同士が、どう関係しているのか。明確な枠組みを持っていたわけではなかった。

MOHOは、そんな手探りの臨床にフレームワークを与えてくれた。

そして、もう一つ大きな発見があった。

理論は、目の前の人を説明するためだけのものではない。自分が「何を見るのか」を教えてくれるものでもある。

患者さんの生活や、その人にとって意味のある作業を主体にしたリハビリをしたい。そこからまた、試行錯誤が始まった。

ただ、理論を学んだからといって、臨床が簡単になるわけではなかった。

一度、臨床から離れた

答えの見つからない臨床。職場の人間関係。

いろいろなものが重なって疲弊し、私は仕事を続けられなくなった。一年ほど休職した。

復職はした。でも、以前のような臨床の感覚を取り戻すことができなかった。

最初の職場を退職した。

そして転職を機に、もともと目指していた精神科作業療法の領域へ移った。

そこで、MOHOを使った臨床をさらに続けた。この人は、どんな生活を望んでいるのか。何を大切にしているのか。どんな作業に意味を感じているのか。その作業を、支援の中でどう生かすのか。

身体障害領域にいた頃よりも、MOHOという枠組みが自分の臨床になじんでいく感覚があった。手応えも感じていた。

でも、また別の疑問が生まれた。

「その人の生活」を考えるだけでは、どうにもならない

精神科では、長期にわたって入院している患者さんたちに出会った。

国は地域移行を掲げている。でも、目の前の現実を見ると、

本当に患者さんを地域へ戻すつもりがあるんだろうか。

そう思える現状がそこにはあった。

一人ひとりの生活を考える。意味のある作業を考える。その人が望む暮らしを考える。

それでも、

個人への支援だけでは、どうにもならないことがある。

本人が変わればいいわけではない。環境がある。制度がある。組織がある。社会がある。

そんなことを考えているうちに、いつしか別の問いも持つようになった。

そもそも、精神疾患の予防って何なんだろう。

そんなことを考えていた時期に、私は発達支援の分野と出会った。

昔、分からなかった理論と再会した

転職した障害児通所支援の現場では、支援理論の根幹に認知神経リハビリテーションがあった。

認知神経リハビリテーション。

実は、初めてではなかった。臨床3年目の頃、一度出会っている。

これもMOHOに並んで衝撃的だった。

でも、

難しすぎて、臨床ではほとんど使えなかった。

「回復とは学習である」

障害からの回復過程を、非常に理にかなった枠組みで捉えた理論だと感じたことだけは覚えている。

ただ、目の前の患者さんにどう使えばいいのか分からなかった。

感動したことと、使えることは別だった。

それからずいぶん時間が経って、昔挫折した理論ともう一度向き合うことになった。ずいぶん遠回りをして、またここに戻ってきた。

今度は、本格的に学び直した。

子どもを見ていると、答えを言葉で教えてくれないことがたくさんある。何を見ていたのか。何に気づいたのか。どこで分からなくなったのか。

なぜ、ある条件ではできるのに、別の条件ではできないのか。こちらが働きかけたことで、何が変わったのか。

目の前に現れている子どものふるまいから、その背景で起きていることを考える。考えたことが正しいか、また子どもとのやり取りの中で確かめる。

昔は難解にしか見えなかったものが、少しずつ臨床とつながり始めた。

そして、さらに知識を探して職場の本を読んでいたとき、一冊の本に出会った。

『発達とは何か?』

人見眞理先生の『発達とは何か?』。

タイトルからして、ずいぶん大きな問いだ。

読んでみた。

マジで、ほんとほとんど分からんかった。

これは今、当時を振り返っても本当にそう思う。

ただ、今度はそこで終わらなかった。分からないから、もっと知りたくなった。

この本に書かれていることを少しでも理解したくて、人見先生が書かれた論文を探して読むようになった。

その中で出会ったのが、

「理論は常に仮説でしかなく、実践は常に試行錯誤でしかない」

という考え方だった。そして人見先生は、その二つが常に対になっている必要があると述べている。

この言葉は、自分の中にかなり深く刺さった。

それまでの私は、ずっと「正しいもの」を探していたのだと思う。

正しい評価。正しい技術。正しい理論。正しい支援。

もっと知れば、正しい答えに近づける。そう思って学び続けていた。

でも。

理論そのものが仮説なのだとしたら?

正解を当てることが、臨床ではなかった

人見先生の論文を読み進めると、先ほどの一文が単なる心構えではないことが分かってきた。

目の前に現れていることから、その背景を解釈する。そこから実践のための仮説を立てる。

実際に働きかける。相手に起きた変化を見る。その変化から、もう一度解釈をやり直す。

実践によって新しい展開が生まれたなら、それまで持っていた仮説さえ捨てるようにして、再び解釈へ戻る。

人見先生は、そうした臨床の手続きを論じていた。

ここで、自分の中の何かがつながった。

新人の頃は、

Aという問題にはBという介入。

そう考えていた。

でも、

「人間」というシステムは、そんな単純な考え方では到底捉えられない。

自分が見ているものだって、正しいとは限らない。

まず、目の前で何が起きているのかを見る。そこから考える。一つの説明に決めつけず、いくつかの可能性を考える。

試してみる。返ってきた反応を見る。予想と違えば、自分の考えを疑う。そして、また目の前の現象に戻る。

正解を当てるのではなく、仮説と実践を往復し続ければいい。

この考え方は、その後の自分の臨床の土台になった。

理論は、答えではなくなった

そう考えるようになってから、理論との付き合い方も変わった。

MOHO。認知神経リハビリテーション。ABA。発達心理学や認知科学。現象学。

以前のように、

「どれが正しいのか」

と考える必要がなくなった。

理論によって、見えるものが違う。

認知神経リハビリテーションを学べば、子どもの認知過程について考えられることが増える。

ABAを学べば、行動そのものだけでなく、行動と環境との関係について考えられることが増える。

MOHOを使えば、その人が大切にしていることや習慣、役割、環境、作業との関係を見ることができる。

現象学から影響を受けたことで、

「自分は本当に目の前で起きていることを見ているのか。それとも、自分の知っている言葉で説明しているだけなのか」

と、自分の見方そのものを疑うようにもなった。

どれも、目の前の人を完全に説明してはくれない。そもそも、説明し尽くせるはずもない。

だから理論は、

「答え」ではなく、目の前の人について考えるための道具

になった。

「聞けない子」は、本当に聞けないのか

今、私は子どもの発達支援に関わっている。

例えば、「話を聞けない子」がいる。

以前なら、どうすれば聞けるようになるか。 そこから考えていたかもしれない。

今は、その前に疑う。

本当に「聞けない」のか。誰の話なら聞けるのか。一対一ではどうなのか。集団ではどうなのか。何をしているときに聞けないのか。

こちらを見ることと、話を理解することは同じなのか。聞いていないのか。聞きたくないのか。

そもそも、

大人が「聞けない」と呼んでいる現象は、何なのか。

一つのふるまいから、いくつもの疑問が生まれる。

「話を聞いていない」を分解するー「集中力がない」の前に、どの過程で情報が落ちているのか?

「できない」と言う子を見ても同じだ。

本当にできないのか。まだやったことがないから、その先を予測できないのか。失敗すると思っているのか。ただ、やりたくないのか。

「できない」という言葉も、能力だけでは説明できないことがあります。

なぜ、やったことがないのに「できない」って言うの?

最初から答えは決めない。

条件を変えてみる。子どもの反応を見る。予想と違えば、自分の仮説を疑う。また考える。

新人の頃と比べると、

ずいぶん面倒な臨床をするようになった。

でも、その面倒くささを引き受けた方が、目の前の子どもを簡単に「分かったこと」にせずに済む。

「何をしてあげるか」から、「何を引き出すか」へ

もう一つ、新人の頃とは大きく変わったことがある。

新人の頃の私は、**「目の前の人に、自分は何をしてあげられるだろう」**と考えていた。

だから技術を探した。自分ができることを増やせば、それだけ患者さんにしてあげられることも増えると思っていた。

今は、ほとんど逆になった。

まず考えるのは、

「この人は、すでに何を持っているんだろう」

ということだ。

その人の特性。これまでの経験。大切にしていること。好きなこと。できること。その人が語ってきた、自分自身についての物語。

その中から、

何を引き出し、何と何を掛け合わせれば、その人の強みとしていけるだろう。

本人の特性と、これまでの経験かもしれない。好きなことと、これから必要になる力かもしれない。その人ができることと、それを生かせる環境かもしれない。

最初から「強み」という名前がついているものを探すわけではない。一つひとつを見れば、何でもないことかもしれない。

でも、それらを引き出し、別の何かと掛け合わせることで、その人の生活の中で力として働くものになることがある。

支援者である自分が、外から何かを「してあげる」のではない。

その人がすでに持っているものを見つけ、何を引き出し、何と何を掛け合わせれば、その人が自分の生活をつくっていくための強みにできるのかを考える。

17年の間に、支援について考える自分の立ち位置は、ほとんど反対側まで来た。

17年の知識の探求で得たもの

新人の頃の私は、分からないことが怖かったのだと思う。

だから研修会に行った。技術を学んだ。理論を学んだ。分かることが増えれば、もっと良い支援ができると思っていた。

17年、知識の探求を続けていった結果、得たもの。

それは、さらなる疑問と「分からないこと」だった。

本当にそうなのか。別の見方はないか。この人には、どう感じられているんだろう。

変えるべきなのは、本当に本人なのか。この人がすでに持っているものを、自分は見落としていないか。何と何を掛け合わせれば、この人の強みにできるだろう。

この仮説が間違っているとしたら。

昔より、ずっと分からないことが増えた。

でも、不思議なことに。

分からないことが増えた今の方が、次に何を見るべきかは分かるようになった。

新人の頃は、疑問が生まれたら、答えを探していた。

今は少し違う。

疑問が生まれる。学ぶ。仮説が増える。実践してみる。

予想していなかった反応が返ってくる。また疑問が生まれる。

どうやら、学べば疑問がなくなるわけではなかった。

学ぶことで、もっと疑えるようになった。

たぶん私にとって学ぶということは、正解を増やすことではなかったのだと思う。

目の前で起きていることに、より良い疑問を持てるようになること。

その疑問を、また実践に返してみる。返ってきたものを見る。違えば、考え直す。

そして、その人が持っているものを、もう一度見る。

そこからまた、

何を引き出せるのか。何と何を掛け合わせられるのか。

を考える。

そして、また分からなくなる。

今の私の臨床は、その繰り返しだ。

現場の「分からない」を、一緒に整理する


ここまで書いてきたように、私は「どんな支援方法を使うか」を考える前に、まず目の前で何が起きているのかを整理することを大切にしています。これは、個人の臨床だけでなく、チームで支援を考えるときも同じです。

例えば、職員によって子どもの見立てが違い、ケース会議をしても次の対応がなかなか決まらない。そんなとき、さらに支援方法を増やすよりも、一度「実際に何が起きているのか」「何を問題としているのか」「どんな可能性が考えられるのか」を分けてみることで、次に確かめることが見えてくる場合があります。

管理者・児発管・チームリーダーの方を対象に、こうした現場の課題を一緒に整理する60分・8,800円(税込)のオンライン相談を行っています。相談後には、整理した課題と現場で試すことをまとめた「課題整理・次の一手シート」をお渡しし、約2週間後にその後の状況を確認します。

相談で扱える内容や対象については、こちらにまとめています。

支援方法を増やす前に、一度『何が問題なのか』を整理する|療育・事業所課題整理セッション β版

「分かる」って、そもそも何だろう。

子どもに何気なく聞いている「分かった?」という言葉から考えた記事です。

「分かった?」で終わると、見えなくなるもの


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集