「生きる意味」なんて、自分で作ればいい
私は数年前まで、
「生きる意味」がわかりませんでした。
何のために生きているのか。
これからどこへ向かえばいいのか。
考えても答えは見つからず、
「生きている意味なんてない」
「自分なんて、どうなってもいい」
そう思っていたこともあります。
ただ今になって思うのは、
そもそも最初から、
決められた「生きる意味」なんて、
ないのかもしれないということです。
生きる意味は、
どこかにある正解を見つけるものではなく、
生きていくなかで、
自分で作っていくものだからです。
誰かに与えられた意味を生きていないか
私たちは、
知らないうちに誰かから「生きる意味」を
与えられていることがあります。
親から、
「家族のために生きなさい」
「親を安心させる生き方をしなさい」
と求められる。
会社から、
「会社のために働きなさい」
「組織に貢献することが大切だ」
と求められる。
世間から、
「人の役に立たなければ意味がない」
「結婚して家庭を持つことが幸せだ」
と言われる。
もちろん、
それらを大切にしたいと思う人もいるでしょう。
誰かのために生きることや、
会社に貢献すること、
人の役に立つことが、
その人にとっての生きる意味になる
場合もあります。
ただ、
それは自分自身が望んで選んだときの話です。
誰かに求められたから。
そうしなければ認めてもらえないから。
それが普通だと言われたから。
そんな理由だけで選んだものは、
自分にとっての「生きる意味」とは限りません。
生きる意味は、立派でなくてもいい
「生きる意味」と聞くと、
何か特別で立派なものでなければならないように感じるかもしれません。
多くの人を救うこと。
大きな仕事を成し遂げること。
社会に価値を残すこと。
ただ、
生きる意味はもっと小さくてもいいはずです。
好きなものを食べること。
行ってみたかった場所へ行くこと。
大切な人と一緒に過ごすこと。
自分の言葉で何かを伝えること。
明日を今日より少しだけ楽しみにすること。
誰かから見れば、
たいしたことではないかもしれません。
それでも、
自分が「これを大切にしたい」と思えるなら、
それは十分に生きる意味になり得ます。
他人に評価されるためのものではないからこそ、自分が納得できればいいのだと思います。
今は、まだわからなくてもいい
「では、自分にとっての生きる意味は何だろう」
そう考えても、
すぐには答えが出ないこともあります。
ただ、
焦って見つける必要はありません。
今の自分にはわからなくても、
さまざまな経験をし、人と出会い、
ときには傷ついたり悩んだりするなかで、
「自分はこれを大切にしたい」と思えるものが
少しずつ見えてくるかもしれません。
生きる意味は、
一度決めたら変えてはいけないもの
ではありません。
今は仕事が生きる意味でも、
数年後には家族になるかもしれない。
今は誰かを支えることでも、
疲れたときには自分を守ることが、
生きる意味になるかもしれない。
そのときの自分に合わせて、
変わってもいいのです。
これから自分で作ればいい
生きる意味は、
誰かから与えられるものではありません。
最初から決められているものでも、
どこかにある唯一の正解を探し当てる
ものでもない。
だから、
今はまだ見つかっていなくても大丈夫です。
これから自分で作っていけばいい。
自分が好きなこと。
なぜか心が動くこと。
どうしても放っておけないこと。
これだけは大切にしたいと思うこと。
そうしたものを一つずつ拾い集めていくうちに、自分なりの「生きる意味」が
形になっていくのだと思います。
そして、
それがいつか、
自分の使命と呼べるものに
なるのかもしれません。
生きる意味が最初から決まっていないのなら、
これからの人生には、
まだ何にでもなれる余白があります。
そう考えると、これから先の人生が、ほんの少し楽しみになる気がします。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
もし、
「Hiroshiってどんな人なんだろう?」
と思っていただけた方は、
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