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尾張富士大宮浅間神社―ライバルがいる山(愛知県犬山市)

尾張富士にはライバルがいるがーーー


1. 尾張富士大宮浅間神社

愛知県犬山市に、尾張三山のひとつ、尾張富士がある。

山の麓に鎮座するのが、尾張富士大宮浅間神社。山頂に鎮座するのが、その奥宮だ。

私はこれまで三度、ここを訪れている。

一度目はトレイルランニングだった。二度目は、単純に、山頂の奥宮への参拝。そして三度目は妻と一緒だった。

三度目は奥宮まで登るつもりはなかった。ただ神社へ参拝するために立ち寄った。

2. 石上げ

境内には、色で塗られた石が置かれている。

1つ200円。

尾張富士には、隣にある同じ尾張三山のひとつ、本宮山より背が低いことを嘆いたという伝承がある。

そのため人々が石を山頂まで運び、少しでも尾張富士を高くしようとした。

そして、その石に願いごとを書いて置いていくことで、悲願成就を願う。

それが「石上げ」だ。

妻は、その意味を知らなかった。

私が簡単に説明すると、「じゃあ、石を買おうか」という。

しかし、その日は山へ登らない。

「買ってどうするの?」

「ここに置いていけばいいじゃん」

私は少し考えた。それでは、なぜ石を買うのだろう。

実際、麓には山頂まで運ばれず、置いていかれた石もある。

結局、その日は買わなかった。

3. 高さ競争

尾張富士は標高だけを見れば、それほど高い山ではない。

しかし登ってみると、なかなかきつい。麓から一気に山頂へ向かうような登山道で、岩場の傾斜だ。

そこを自分の荷物とは別に、石を1つ持って登るのだ。

山頂に置かれた「石」:願いごとも書いて置いていく

麓に石を置いていきたくなる人の気持ちも、登ったことがあれば少し分かるような気もする。

以前、一人で奥宮まで登ったときのことを覚えている。

山頂までたどり着き、ふと向こうを見ると、本宮山があった。

近い。すぐ隣なのだ。そして、尾張富士の方が確かに低い。

伝承を知らなければ、ただ隣にある山として眺めただろう。

でも、尾張富士が本宮山より低いことを嘆いたという話を知っていると、見え方が変わる。

「ああ、本当に負けている」と感じるのだ。

尾張富士山頂から見た本宮山

4. 本宮山

私は本宮山にも登ったことがある。

本宮山の山頂には、大縣神社の奥宮がある。

ところが、そちらから尾張富士を見ようとしても、少なくとも私が立った場所からは高さを比べられるようには見えなかった。

本宮山山頂:尾張国二宮・大縣神社奥宮

5. 本宮山は気にしていない

ここが妙に面白い。

尾張富士からは、本宮山がよく見える。

本宮山からは、尾張富士を比べられない。

まるで、片方だけが相手をライバルだと思っているようなのだ。

本宮山は何も気にしていない。

尾張富士だけが、すぐ隣にいる自分より高い山を見続けている。

そして人間まで、その競争に付き合ってきたという歴史がある。

石を1つ運ぶ。

それで山がどれほど高くなるのかは分からない。

何百個、何千個運んでも、本宮山に追いつく日は簡単には来ないだろう。

それでも石を運ぶ。

山頂に着けば、その先には相変わらず本宮山がいる。

6. 今日も「石上げ」

たぶん、それでいいのだと思う。追いつけない相手がすぐ隣にいる。

だから、また1つ積む。

尾張富士には今日も、ライバルが見えている。

:tokisuke


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