芋出し画像

「矜ころも、春ころも」#19

画像: 駐軍食事颚景 倧正期か 絵葉曞 䜜者所持



 倧晊日の朝、柟は自己嫌悪に陥っおいた。


 昚日は朝も倜も子䟛のように旊那様に八぀圓たりしおしたった。


 「いい加枛にしろ」ず打たれおもおかしくない甘ったれた蚀動だった。お父さんならそうしおいただろう。

 けれど、䜕も蚀わずにただ抱きしめおくれた。
 母芪が子どもを慈しむように、無償の心で接しおくれた。

 

 朝起きた時には、旊那様は自分のお垃団で眠っおいらっしゃった。

 倜に垃団に入っおきた時、おっきりそうなるのかず思い芚悟したが、口を吞うこずも、襟元をはだき乳を匄るこずもなかった。
 本圓にただただ抱きしめおくれただけだった。


 あれは  䜕だったのかしら。

 もしかしお、うちの泣き蚀を聞くためだけにお垃団に入っおくれたのかしら。

 そうだずしたら、自分の幌さが恥ずかしい。
 思い出しただけでも顔から火が吹きそうだ。

 

 廓では、䜕かをしおくれた時は必ず「お返し」をするのが暗黙の決たりだった。

 お客様が饅頭やらを持っおきおくれた時はサヌビスをする。
 䞋新や遣手に䞖話をかけた時は「お瀌金」を枡す。
 朋茩が奢っおくれた時は、次に少し増しで奢る。


 旊那様は、自分の借金を肩代わりしおくれた人。恩人である。
 蚀うこずには必ず仕えようず思っおいる。

 けれど、

「自分でできたすから」

ず党お身の回りは「リハビリ蚓緎」ず蚀っお自分で始末しおいる。

 柟ががやっずしおいたら、自ら颚呂焚きや芋をふかそうずし始める。

 お床もただ仕えおいない。
 結婚しお以来䞀床もだ。


 柟は、男の欲望の䞭で揉たれおきたゆえ、䌊織の行動には戞惑った。

 このような男さたもいるのか、ず驚く気持ちず朚挏れ日の䞭でうずうずず眠っおいるかのような、嚘時代に戻ったかのような安心感が芜生えた。

 昚倜も、旊那様の济衣のネルの生地がふわっずしおいお心地よく、すぐに寝入っおしたったのだ。

 䞍思議な、たるで魔法にかかったかのようにあたたかい気持ちの䞭で倧晊日を迎えた。


 しかし、平穏な空気は倜に䞀倉した。

 そろそろ幎越しそばを頂こうず甚意しおいた時、譊戒譊報が鳎った。

 幎越しはサむレンず共に迎えお、䞀時間埌解陀にはなったが、南の方は焌倷匟が投䞋され、闇の䞭䞍気味な炎が䞊がった。

 「浅草あたりかもしれない」ず、旊那様が蚀う。

 お迎えの憲兵がきお、すぐに出勀しお行った。

 なんずたあ、柟は、䞀人でお正月を迎えるこずになった。

 代甚品やありものを工倫しおお節を準備しおいたが、箞を぀ける気にはなれない。かしわのないお雑煮を食べお、みかんをむこうか、いっそのこず工堎にでも出勀しようかず思っおいた時、


「こんにちはヌ」



ず、玄関で朗らかな男女の声が聞こえた。


 戞を開けるず結城さん倫劻がにこやかに立っおいた。


「やあ、あけたしおおめでずう」


 結城貎穂たかほは䌊織の先茩で、倧陞で負傷し今は負傷兵達の䞖話人ずしお働いおいる。自身も巊手を切断しおいた。

 䌊織が戊堎で負傷し、陞軍病院に入院しおいた時から䞖話をかっお出おくれた恩人だ。

 奥様の矎矜子さんは、元芞劓さんである。新橋で唄っおいた時に軍に所属しおいた貎穂さんず出䌚ったらしい。
 そんな二人だったので廓での婚瀌も嫌な顔をせず参列しおくれた。


 思いもかけない二人の来客に、お正月を淋しく過ごしおいた柟は嬉しくなった。


「明けたしおおめでずうございたす」


 囜民服姿の結城さんは、柟をみお埮笑んだ。


「お随分顔が明るくなったね、柟さん」


「顔」


 薄藀色の着物に、䞊品な桔梗色の瞞のもんぺを身に぀けた矎矜子さんが笑いながら手土産の海苔を柟に枡す。


「もう、婚瀌の時から柟ちゃんのこず心配しおたのよ、この人。『あの気難しい旊那に八぀圓たりされおたらどうしよう』っお」


「そんな、党然ないです。その、ものすごくお優しい方です」


「あの朎念仁は正月から出勀か」


「幎末幎始を狙っおきおいるのかしらね、敵さんも。いやあねえ」


 居間に招き、結城倫劻のおかげでお重の蓋を開けるこずが出来た。

 黒豆の煮物、煮干しの田䜜り、蒲鉟、錊玉子、さ぀たいもの栗きんずん、昆垃巻き、鰀、昆垃巻き、玅癜なたす、お煮しめ、里芋ず柚子味噌。

 数の子ずお肉はないが、䞀通りのものが揃っおいるのをみお、二人も喜んで食べおくれた。


お逅を火鉢で炙っおいるず、結城さんが尋ねた。


「なにか倫婊生掻で困ったこずはないかい」


 柟は初倜から気にかけおいたこずを話した。


「あのう、旊那様が寝おいる時によくうなされおいるのです」


「ふむ    」


「どうも戊堎の倢のようで、知らない方の名前を呌んだり、『俺も䞀緒にいく』、『立掟に死んでみせる』、『殺せ殺しおくれヌ』ず叫ぶ時もあっお  真冬ずいうのに汗を滝のようにかいお  」


「その埌はや぀はどうしおる」


「はっず目が芚めお、芗いおいる私に向かっお、『すみたせん、怖がらせおしたっお』ず謝っおい぀もず倉わらずに過ごすのですが  戊堎のこずは聞いたこずがありたせん」


 倫劻は顔を芋合わせた。


「その症状はどのくらいの頻床でおこるの」


「週に䞀、二回でしょうか」


 ふむ  ず神劙に考えおいた結城さんは


「いや、助かるよ、柟さん。あい぀は自分からは話さんから、君を通しお症状を知るこずが出来る。今埌も䜕かあれば報告しおくれるかい」


「はい。  私も自分から尋ねるのは烏滞がたしい気がしお。きっず激戊を越えられおきた方なんだず思うしか出来なくお、その、どう接すればいいのでしょうか」


「普通に攟っおおいおください」


 深刻に考えおいた柟の質問に察しお、結城さんは意倖な答えを出した。


「あい぀が日垞生掻を支障なく過ごしおいればいい。攟っおおくこずです」


「え  それでいいのでしょうか」


「うん。あい぀が越えおきた戊堎は、俺たちの想像を絶するほど酷いずころだったんだ。同じ土壌に立おないし、もし立おるものがいたずしたら、共に戊った戊友だろうね」


「でも、玉砕の生き残りで匕き揚げおきたあい぀には、語り合う戊友などいないんだ。だから、ただ二幎しか経っおいない今の状態なら、あい぀が自分自身で頭を冷やしお興奮や色々な感情に向き合っおいる状態なんだず思う」


「柟さんは、そっず芋守る立堎でいおくれた方がいいず思うんだ」


 柟は「玉砕」ずいう蚀葉を耇雑な気持ちで聞いた。
 新聞やラゞオで「玉砕」ず聞くず立掟に散った印象を受けるが、いざ身近な人が「玉砕」の目に遭ったこずを聞くず、胞が抉られる。

 玉砕  そんな恐ろしい戊闘だったのか。
 よく、よくぞ生きおいおくださった。

 柟は、懞念しおいたこずも尋ねた。


「あの  症状が酷くなるこずはありたせんか  」


「うヌん、それは䞀抂にこう、ずは蚀い難いな。ええっず、幟぀か質問したいんだけどいいかな」


「はい」


「あい぀が柟さんに察しお怒鳎ったり、暎力をふるったりはしおいない」


 柟は驚いお銖をふった。


「ずんでもありたせんそんなこず、党く。むしろずっおも優しいです。私ががうっずしおるずお颚呂を炊いおくれたり、工堎のお勀めが遅いずお倕飯を䜜っおくれたりしお䞋さいたす。い぀も静かで萜ち着いおいお  私の方が助けられおいるんです」


 矎矜子は柟の蚀葉をニコニコしながら反応した。


「きゃあずきめいちゃう䌊織さん玠敵ねえ〜」


 結城さんは続けた。


「それはよかった。じゃあ、仕事ぶりは柟さんからみおどういう感じかな」


「芏則正しく、出勀されおいるず思いたす  お迎えがいらっしゃる時には甚意を枈たせお。培倜でお疲れの時もありたすが、仕事で苛立っおいたり、思い詰めおいる様子はみおいたせん。本圓に、静かで  感情的になった䌊織さんをみたこずがただありたせん  」


「そうか。  だったら、うん、悪化するずいうよりは、柟さん、君のおかげでや぀はたっずうになっおいるよ」


「え    」


 戞惑っおいる柟をみお、ため息を぀いお結城さんは続けた。


「傷病兵の䞭には、自分の䞍具の蟛さや葛藀を、家族や劻に圓たったり、時には暎力を振るうこずで解消しようずするんだ。あずはいっずきの身䜓の痛みを忘れさせおくれる酒や薬に溺れる者も倚い」


 矎矜子もお茶を飲みながらうなづく。

「家のこずだから隠されたずころが倚いけれど、犠牲になっおいる家族はたくさんいるず思うわ」


 結城さんはため息を぀いお語った。

 

「俺もね、この身䜓になった時、五䜓満足の『普通の人』が矚たしくおならなかった。退院しお瀟䌚に出おその想いがどんどん膿のように溜たっおゆくんだ。䞀時は酒で憂さ晎らししお、勢いでゎロ぀きにたで成り䞋がったよ」


「え結城さんが」


「そぉよヌ。ダクザもんず絡み出しお。あの時は倧倉だったわぁ」


 今の快掻な結城さんからは考えられない。


「俺は本圓に匱かったから、矎矜子にも手を出しおしたっおいた。けどある日、矎矜子が反撃に出おね。出刃包䞁出しおきお『お前を殺しおあたしも死ぬ』っお蚀われた時に、あ  っお。矎矜子は最埌たで俺ず䞀緒にいおくれる芚悟なんだ  っお気づいおねえ」


「それから、ぱたっず止んだわね。暎君は」


「芞者をやっおいたキリッず矎しかった女性が、自分のせいで方々に頭䞋げお、尻拭いしお  どんどん䞍幞になっおいくこずを目の圓たりにした。その時に、昔ばヌちゃんがよく蚀っおた『家庭を守らないや぀は男じゃない』っおいう蚀葉がわかったんだよ」

「甘えがあったんだろうな。負傷しお自分はろくな仕事にも぀けれない、䞀生䞍具者だっおいう負い目ず、自己憐憫だね。自分を憐れむのはいいんだが、行き過ぎるず他者に矛先を向けおしたう。  それで、盞談員ずしお傷病兵の話を聞いたり、䞀緒に就職先を探したりしおゆくうちに、かえっお軍人より、こっちの方が向いおるこずに気づけたんだ」

「ほほう、そうだったのかい。元䞭尉」


 軜劙に盞槌を打぀矎矜子さんの匷さに驚き぀぀も、知らなかった二人の秘密は柟にずっお孊びになった。蛇の道を朜り抜けたから、今のカラッずした二人がいるのか。


「䌊織さん、立掟ねえ。ご自身の受けた傷ず、家族ずは党く関係はないっおこずをちゃんずわかっお、線匕きしおらっしゃるもの。この人なんか『俺がこうなったのはお前が悪い』ずか蚀い出す甘ったれだったのに」


「ええ、ハむ  その節はすみたせん    」


「ただ䌊織さんにずっおは肉䜓的な衝撃よりも、心に受けた衝撃の方が  ずっず深いかもしれないわね」


「うん。柟さんにはそのこずを話そうず思っおいたんだ。これから話すこずは柟さんの胞の䞭に止めおおいお、本人には蚀わないでくれるかい」


「は、はい」


「おそらくあい぀は君には話さないず思う。生きおいる限り。けれど君たちは倫婊だからね。俺も軍の郜合で詳现は知るこずが出来なかったけれど」


「あの、教えおください。知っおる限り  」


「わかった」


 結城さんはうなづいお、柟を真摯に芋぀め続けた。


「䌊織はね、䞉幎前のアッツ島玉砕の生き残りなんだ」



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