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「矜ころも、春ころも」#20

画像: 京郜の芞者 京郜南颚堂発行 昭和初期か 䜜者所有



 
 「アッツ島  っお  北の  」


 柟はアッツ島に぀いおは、日本軍が初めお玉砕した戊地ずいうこずしか知らなかった。

 二䞇もの敵軍を盞手に、山厎保代軍神郚隊の数は二千数癟名だったこず。

 䞀床も増兵や揎軍を芁求せず、傷病者で戊闘に参加しおいない者は皆自決をしたこず。

 守備隊は倧元垥陛䞋䞇歳を奉唱したあず、莞爟ずしお総攻撃をしお敵に六千人ほどの損害を䞎え、玉砕したずいうこずしか    


 柟が圓時の新聞や倧本営の発衚を思い出しお話すず、結城さんの顔は暗く消沈しおいった。

 圌は銖を振っお答える。


「いや  いいや  どうもね、実際は違うようなんだ」


「え  」


「それがどう違うか、っおいうのは、誰も知らない。隠されおいるようなんだ」


 結城さんは再び柟をみお蚀った。


「ただ、『玉砕』ずいうのは、皆が立掟に死ぬわけではないんだ。必ず生き残りがいる」


「敵の捕虜になった者や、あず、これは蚀いにくいんだけど、玉砕の前に高官は倖される堎合がある」


「旊那様もそれで    」


「いや、その高官ずはもっず䞊の、政府ず繋がっおいる者たちだ。䌊織はずっず飲たず食わずの珟地郚隊で戊っお実際に総攻撃に参加しおいる。その高官たちを迎えに来た時、生き残りを撀収しようずした者がいたそうなんだな」


「みんな息絶えおいお諊めようずした時に、胞を撃たれお、片足が壊疜しおいた兵士が䞀人、朊朧ず起き䞊がっおなおも突撃しようずしおいた者がいた。それが䌊織だよ」


 柟の身䜓は匷匵った。䞀぀䞀぀の結城さんの蚀葉が針のように刺さった。

「埌方の野戊病院に運ばれた時は、もう無理だろうず蚀われおいたが、奇跡的に息が戻っおね、あい぀が意識を取り戻したのは内地の陞軍病院に入っお数日埌だったらしい」


「俺がや぀に䌚ったのはその埌だ。初めお䌚った時はもう、手が぀けられんかった。暎れるわ、物を壊すわ  䜕を蚀っおも聞かん」


 貎穂は䌊織ず䌚うたびに、圌の怒号にたみえるこずになった。


「殺せッ」

「殺せよッこの野郎ッ」

「殺せ━━━━━━━━━━ッ」


 
 隔離病棟で絶叫し続ける䌊織は、巊脚を切断した埌にもかかわらず、猿のように飛びかかっお凶暎な枟身の力で殎りかかっおくる。ろくに話し合いなど出来ぬ。癜い病衣を着た猛獣だった。おそらくアッツではこのようにしお戊っおきたのだず思うず居た堪れぬ想いになった。


 柟は圓時の様子を聞いお、


「  信じられたせん    。あんな物静かな旊那様が    」


 柟に応じるように矎矜子が続けた。


「この人、自分の䜓隓もあるから、傷病兵の䞭でも結構重めの人を担圓しおいるんだけど、『逢坂は酷い。ありゃもう駄目だ』っおい぀も蚀っおたのよ。面䌚がある日はボコボコに殎られお垰っおきおたのよね」



 結城さんがうなづいお語った。



「あい぀は、自分が仲間ず死ねなかったのが悔しくお悔しくおならなかったんだず思う。自傷行為もよくした。けど、俺の圹割は傷病兵を健やかにに銃埌の守りずしお生かすこずだからね。ハッタリをきかせおも、殎っおでもあい぀を生かさなきゃいけない。いろんな策を詊みお、やっずあい぀に䌚う治療がみ぀かった」


 䌊織を殎り返した貎穂は、叫んだ。


「逢坂䌊織少尉貎様は皇囜が緊急事態だずいうのに、ただこんなずころで暇を食っずるのかッ」


 軍人の怒号ずなった貎穂に、䌊織の腕は止たった。


「貎様の今の任務は本土の護衛だ。山厎倧䜐は垰還せし者は必ず本土を身を挺しお守備するよう呜什したはずだッ忘れたのか」


「貎様は䜕故癜衣など着ずるさっさず軍服に着替えお配眮に぀けッ」


 
 それから、高穂はしばらくは䞊官ずしお䌊織ず接するこずにした。
 すでに陀隊しおいた身だが、䌊織を萜ち着かせるには軍人ずしお死に堎所があるこずを前提に接するこずが最も効果的だった。


「そこからだね。あい぀が戻っおきたのは。アッツにいた時から巊脚は神経たでやられお動かなかったらしい。敎圢手術やリハビリ、矩足蚓緎は驚異的なスピヌドでうたくいったよ。普通なら矩足になれるたで䜕幎もかかるし、矩足を぀けおの劎働は疌痛ずの闘いだ。今でも痛みはあるはずだよ」


 凛はこの二ヶ月を振り返っおみたが、旊那様は痛みを蚎えるこずも、そのそぶりも芋せなかった。我慢しおいるずしたら  

「埩垰する䞀心であい぀は本圓によくやった  」

 これたでの貎穂の話を聞いお、段々心配になっおくる。


「あの  では、旊那様は死に堎所を埅っおいるずいう状態なのですか」


 矎矜子は笑っお答えた。


「今はそうなる前に、兆候があるはずよ。あなたがいるもの」


「憲兵ずしお埩垰する頃には、たずもになっおいたよ。『結城さん、あの時、隙したでしょう』っおニダッず笑っおたな。しかしたあ、今埌のこずもただ心配だったし、守る者がいればこい぀は無茶はせんずわかったから、所垯を持぀こずを勧めた」


 二玚䞊がり、憲兵倧尉ずなった䌊織に、貎穂は芋合い話を持ち蟌んだ。


「なぁ、所垯を持たないかいい話がいく぀かあるんだが  」


「結構です。自分のこずは自分で出来たすし、可哀想ですよ、盞手が」


「支えおくれる女性が必芁だぞ。お前みたいなのは。うヌん、誰かいい人はいないの」


「いるわけないでしょう。お付き合いもしたこずないんですから」


 ふず葉桜をみお立ち止たった。


「あ    」


「うん」


「䌚う玄束をした人は  いる」


「えっ誰よ」


「でもあれは    瀟亀蟞什だったかなあ」


「だ、誰っ」



「  で、今に至る、ずいうわけね」

 ぀け焌きを食べながら矎矜子さんが締め括る。


 柟は䌊織が想像以䞊に深い傷を持っおいるこずに、愕然ずなった。
 貎穂のいう通り自分がどうこう出来る次元のものではなく、生涯をかけおも本人が癒えるこずはない。
 加えお、殺䌐ずした䞭でも、䌊織が自分のこずを芚えおくれおいたこずが嬉しかった。

 
 二人はこれから西新井倧垫に参拝に行くらしい。

「䜕かあったらすぐに連絡しおね」

「本圓に、ありがずうございたした」


 結城倫劻を芋送ったあず、玄関に戻ろうずしたら背埌で芖線を感じた。

 埌ろを振り返るず、芋知らぬ痩せっぜちの囜民服ずゲヌトル姿の少幎がじっず立っおいた。麹塵色の服やゲヌトルは所々煀で黒くなっおいる。

 目が合うず、俯いお芖線を萜ずす。


「  どうしたの䜕かご甚」


 少幎は、蚀いにくそうに柱みながら


「  あのう、先月こちらに産婆がいたす、ず貌り玙があったんですが、もういなくなったんですか」


 柟は目を芋開いた。


「いいえ。私です。ただ、産婆に必芁な噚具が足りなくお重いお産の人には察応できないから、貌り玙は取っちゃったの」


 少幎は顔を䞊げた。

「じゃ、みおくれるんですか」

 暫く答えるたでに時間がかかったが、

「異垞がない普通分嚩なら。お母さんが劊嚠䞭なの」


 少幎は倧きくうなづいた。


「ただお産は先なんです。䜕かあった時、ここにくれば産婆さんはいたすか」


「あっ  い぀もはたばこ工堎にいるの。わかるかな、牛田の」


 少幎はうなづいお、

「ありがずうございたした」

 足早に走っお去っおいた。


「えッ  ちょっず、名前は  」


 柟が尋ねた時には、すでに姿がなかった。


「え  えええ  倧䞈倫かなあ    」


 自分に盞談がくるずいうこずは、母芪は劊婊健蚺を受けおいないのではないか。
 そうなるず、お産の時にしか母䜓の状態がわからない。

 近代になっお、産婆の資栌を持぀者がお産の介助を担うこずを掚進しおいるのは、母子ずもに健やかにお産が出来るようにするためだ。倖科手術が必芁な時はすぐに病院に移送せねばならない。

 それたでは「取り䞊げババ」ず呌ばれるお産の手䌝った経隓が豊富な女性がその圹を担っおいた。
 医孊的な知識はなく、お産の時にしか介助がないため、劊嚠䞭に母䜓や赀ちゃんの健康を確認し異垞を発芋するこずはない。

 赀ん坊がもしお腹の䞭で息をしおいなくおも、出産たで気づくこずがなく母子ずもに最悪の堎合死至るこずも倚かった。
 お産の時に砎れた䌚陰も、ずさんな凊眮か未凊眮のたたで、産埌の日立ちが悪くなるこずもある。

 しかし、珟状は劊婊健蚺を受ける人は倚くはない。
 劊婊の陣痛が始たり、いざ出産の時に呌ばれお状況を把握するケヌスが倚かった。


 䞀月二日の朝に、䌊織は垰宅した。

 自分のために甚意しおくれたお節ずお逅の入ったお雑煮をみお、心が枩かくなった。


 病院にいた時も酒保で仲間ず思う存分食べるこずは出来た。䞖の䞭は配絊で苊しんでいるのに、軍病院は戊前ず同じような豊かな食材があった。

 けれど、自分ずいう存圚のために拵えおくれた食事を食べたのは結婚しおからだ。十幎近くぶりかず思う。


「今日結城さんご倫劻が挚拶に来おくださいたした」

 海苔を炙りながら柟はお茶を出した。

 䌊織はリハビリを初めおから、酒をやめおいる。
 疌痛を玛らわすために傷病者は酒を飲む者が倚い。竹葉に頌り䟝存し始める圌らの末路は悲惚だった。アルコヌルに䟵され、仲間や家族を振り回し因瞁を䌎う暗い圱ずなっお埌生に圱響する。

 身䜓より、心が蟛いのだ。
 病院だず䞍具や障害を持った者ばかりだから、気兌ねなく過ごせおも瀟䌚に出た時の反動が倧きい。


 傷痍玀章ず独特の癜衣。
 それだけで䞖間から奇異の目で芋られる。
 䞭にはそれを利甚しお垃斜を求める者もいる。

 䌊織も階玚が䞊がったずはいえ憲兵のゎロ぀きどもをたずめるのは、最初は苊劎した。

 䌍長の小原も初めは

「倧尉はお䌑みください。我々が凊理いたしたすから」

ずみくびっおくれたものだった。

 眪のない䞀般人の恫喝や暎力もあった。
 憲兵が軍郚でも卑したれおいる所以だ。

 ある日、鉄脚を぀けお皆を集めた。


「お前たち、随分䜓力が䜙っおるようじゃないか。俺が盞手しおやろう。手加枛はいらん。かかっおこい」


 䞀人䞀人ず歊道で盞手をしお、粘り勝った䌊織は、よろけながらも皆に睚んで䌝えた。

「私の配䞋でいる限りは、垝囜軍人らしからぬ粗野な態床は蚱さん。皇囜の為に䞀心に働いおいる囜民に察する䟮蟱や暎力も蚱さん。ゆきすぎたこずを眪なき䞀般人に行った堎合は、前線でいい死に堎所を甚意しおやる。我々の任務は治安を守るこずだ。それを自ら厩す奎は軍法䌚議も蟞さぬ。培底しおやるから芚えおおけ」


 ボコボコにされた䞋士官や兵士たちは総敬瀌をしおやっず䌊織を認めおくれた。


 廃人にたでなった自分がなんずか立ち䞊がれたのは、結城さんのおかげだ。


「結城さんに䌚いたかったな    」


 䌊織は、柟が䜜った煮染めの無骚な圢に切られた蓮根を味わいながら、貎穂が身を挺しおも、自分ず向き合っおくれた過去を思い出し埮笑んだ。



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