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「考えすぎて決められない」僕が生き残るために決めたマイ・ルール

ファミレスでメニューを見ながら、僕の脳内ではせわしなくシミュレーションが始まる。

「パスタAは1200円でボリューム的にコスパ良し。でもパスタBは季節限定で次はいつ食べられるか...いや待て、そもそも今日は炭水化物を控えるべきでは?でもタンパク質なら...」

結局、店員さんに3回も「お決まりですか?」と聞かれる。

僕がWAIS(IQテスト)を受けた時、検査結果を見た主治医は「分析力が異常に高い」とコメントしていた。

でも僕は、ファミレスのメニューすら決められない。
このちぐはぐさが、もどかしい。


「分析力がある」のに「使えない」という矛盾

この体験、きっと僕だけじゃないはず。

会議では誰よりも早く問題の本質を見抜く。
でも、自分の人生の決断は先送りし続ける。

複雑なコードの構造は一瞬で理解できる。
でも、今日何をすべきかで毎朝30分悩む。

他人の悩みには的確なアドバイスができる。
でも、自分のことになると選択肢が多すぎて動けない。

自分が、スマートなのかポンコツなのか、セルフイメージが全然定まらない。

・・・

実はこれ、「能力が低い」のではない。
「考える力が強すぎて、普通の意思決定プロセスが機能しない」 という現象なのだ。


なぜ「考えすぎる脳」は選択できないのか?

認知負荷理論によると、人は選択肢が増えれば増えるほど決断しにくくなるのだそうだ。これを「選択(分析)の麻痺」と呼ぶ。

でも、僕たちのようなタイプの人間は選択肢がごく少なくても簡単に「麻痺」を起こしてしまう。例えばこんな感じ。

一般的な思考プロセス: 

選択肢A → 良い点・悪い点を考える → 決断

僕たちの思考プロセス: 

選択肢A → 良い点・悪い点を考える → さらに細かい条件を追加 → 他の選択肢との比較 → 将来への影響をシミュレーション → 新たな選択肢を発見 → 最初に戻る → 無限ループ

情報処理能力と実行速度の「渋滞」

僕のWAIS検査の結果にはこんな凸凹がある:

  • ワーキングメモリ(情報を保持する力):非常に高い

  • 処理速度(実行に移す速さ):平均的

この差が、日常で何を引き起こすか。
僕の脳内で起きることを言語化してみよう。

転職を考えるときの僕の脳内: 

転職サイトを開く

 100社の求人が目に入る

それぞれの会社の将来性、文化、給与体系、キャリアパス、リスク要因を同時に分析開始

各選択肢から派生する未来をシミュレーションし始める

さらに細かい条件(通勤時間、人間関係、スキルマッチ...)を追加

選択肢が多すぎて脳がフリーズ

「また今度考えよう」→ タブを閉じる

要するに、情報を保持する能力が高すぎて、処理が追いつかない のだ。ちょうどF1のエンジンを軽自動車に載せたような状態だ。

関連記事:WAIS検査の結果を読み解く 


解決策:「考えすぎ」を制限する構造

そんな僕たちにできること、それは「エンジンの回転数を上げすぎない構造を作る」ことだ。

実践1:「制約デザイン」で選択肢を物理的に減らす

例えば僕は、外出先で昼食を選ぶ時に「5分ルール」を自分に課している。全ての選択肢を検討するのをやめ、「今いる場所から徒歩5分以内」という制約を設けた。

6分の場所に最高の店があっても無視する。なぜかって?完璧な昼食より、昼食を食べることの方が大事だから。

なぜこれが有効なのか? 
行動経済学の「決定疲れ」理論によると、人の意思決定能力は有限である。制約を設けることで脳のリソースは温存され、より重要な判断に集中できる。

実践2:「多次元評価」を「2軸評価」に単純化

例えば転職先を検討する場合、意味を感じるか、続けられそうかだけを評価する。なぜなら、この2つが満たされていない仕事では、僕の精神が壊れてしまうから。

他の要素はいったん全部無視する。完璧な転職先より、生きていくことの方がはるかに大事だ。

なぜ2つなのか? 
認知心理学の研究では、人が同時に比較できる要素は3±2個が限界とされている。多次元の評価を2次元に落とすことで、情報は失われるが、だから決められる。

実践3:「60点スタート」で完璧主義を封印

この記事も、最初の構成は60点だった。でも書き始めた。書きながら直せばいい。

動かない100点より、動く60点の方が価値がある。

なぜ60点なのか? 
パレートの法則(80:20の法則)によると、成果の80%は労力の20%から生まれる。60点の状態で動き始めることで、実際の経験から学び、効率的に改善できる。


「考えすぎる特性」の使いどころ

とは言え、「決められない」ことは「能力の高さ」の裏返しでもある。せっかくの能力を否定するのももったいない。

「欠点」ではなく「特性」として再定義する

「また考えすぎて動けなかった...」

そう自分を責めてしまう気持ち、よく分かる。僕も長い間、この特性を「治すべき欠点」だと思っていた。

でも、そうではなかった。

「考えすぎて動けない」を「情報処理能力が高すぎる」と言い換えてみると、見え方が変わる。

これは、高性能なコンピューターが複雑な計算をするときに時間がかかるのと同じ現象である。性能が低いのではなく、処理している情報量が多いのだ。

僕たちの脳は、他の人が見落とすような細かい要素まで拾い上げて、丁寧に検討している。それは「遅い」のではなく、「慎重」なのだ。

そう考えると、「欠点」だと思っていたものが「特性」に見えてくる。

「自分専用の取扱説明書」を作る

僕たちには、僕たち専用の「取扱説明書」が必要だ。

以下の質問に、正直に答えてみると、自分の特性が見えてくるはずだ。

  • 「考えすぎる」のは、どんな場面?

  • その時、脳内でどんな処理が起きている?

  • どんな制約があれば、決断しやすくなる?

  • 「十分な情報」と思えるラインは?

僕の場合、「人に迷惑をかけるかもしれない選択」で特に考えすぎることが分かった。

だから、「この選択で誰かが困るか?」を最初に確認する。それで問題なければ、後のことは深く考えすぎない。たったそれだけでグンと決めやすくなる。

「強み」として活用する場面を見つける

そして、ここからが真骨頂。自分の考えすぎる特性を「最強の武器」にする構造を見つけるのだ。例えば、

  • 仕事での企画やトラブル解決など、複雑な問題の分析

  • 投資判断、重要な人生選択などでのリスク評価

  • キャリア設計、人生設計など長期的な戦略立案

友人、知人、同僚から上のような問題について「相談があるんだけど...」と言われたとき、嬉しくないだろうか?
それは、僕たちの「考えすぎる力」が、誰かの役に立っている瞬間だからだ。
これを活かさない手はない。

大切なのは、「いつでも考えすぎる」のではなく、「考えるべき時に思いっきり考え、考えなくていい時は思いっきり手を抜く」こと。

僕たちの「考えすぎる脳」は、決して欠陥品ではない。使い所さえ分かれば、それは自分も他人も助けられる貴重な「特性」になる。

明日からできる具体的な一歩

決断に迷ったら、この3つを自分に問いかけよう:

1. 「この判断に使える時間は?」

2. 「最も重要な判断軸を2つまでに絞るとしたら?」

3. 「60点の状態で今日できることは?」

例えば:転職活動での応用

従来の方法: 
全ての求人を比較 → 無限ループ → 決められない

新しい方法: 
1. 制約:「今週中に3社に絞る」
2. 基準:「やりがい」と「継続可能性」のみ
3. 行動:「60点の履歴書で応募開始」

最後に:あなたの「考えすぎる脳」は武器でもある

もしあなたも、僕のように「考えすぎて動けない」、「選択肢が多いと決められない」、「簡単なことを複雑にしてしまう」クセがあったとしても、心配しなくてもいい。

それは「能力が低い」のではなく、「情報処理能力が高すぎて、普通の方法が合わない」だけなのだ。

F1のエンジンには、F1専用の設計が必要なように、あなたにも、あなた専用の取扱説明書が必要だ。

レストランで30分悩む僕らは、確かに「変」かもしれない。でも、その中には、まだ誰も見つけていない可能性があるはずだ。

考えすぎる脳は、最強の武器である。 



「考えすぎて"続かない"」あなたへ




この記事はシリーズ「構造ラボ──“頭では分かってるのに”の正体」の一部です。他の記事はこちらから→


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