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道義論 [1] 月曜日 【短編小説】

(本作品本章は2,129文字です)

 月曜日、ミタラ氏は殺害予告を受け取った。突然のことに驚いた彼は、急いで警察に駆け込んだ。
「助けてください!バロック団から殺害予告が来たのです。命を狙われているんです。どうすれば良いのか分かりません。お願いします、どうか私を守ってください!」
 バロック団とは、この国にはびこる2大ギャングのうちの一方である。対応した警官は、露骨に迷惑そうな顔をして、ため息まじりにこう言った。
「まあ、そんなに慌てなさんな。殺害予告ですって?何かの勘違いってこともありますからな。手紙かなんかで来たんですか?それ、いまお持ちで?ではまず、その殺害予告とやらを見てみましょう」
 警官はその手紙を受け取ると、明らかに面倒くさそうな表情を浮かべ、やる気のなさそうな態度でゆっくりと読み始めた。

『ミタラ殿

バロック団のドン

殺害予告

拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
 さて、このたび私どもはキリボ氏より依頼を受け、貴殿を殺害することとなりましたので、その旨を予告いたします。殺害日時は次の日曜日、正午ちょうどです。
 以上、ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

敬具』

 手紙は内容証明郵便で送られてきたものであり、“バロック団のドン”のところには実印が押されていた。つまり、この手紙は本物である。しかしそれを見ても警官は、慌てることもなければ、真剣になることもなかった。
 ひと通り読み終えた後も、手紙を裏返したり、表に戻したりしながら、彼は何事かを考えていた。いや、考えているフリをしていた。裏には何も書かれてはいなかったのだが、三度ほども確認し、それからようやく、何かをあきらめたように渋々話し始める。
「そうですなあ……。まあ一応、殺害予告の文面のようにも見えますなあ。しかしですよ、これだけで本当の殺害予告だと決めつけるわけにもいかんでしょう。子どもか何かのいたずらかもしれませんし、何かの書き間違いでこんな言い回しになってしまっただけかもしれませんからな。ですから、まずは相手の言い分を、じっくりと聞いてみる必要があるでしょう」
「相手って……誰のことですか?」
「ええ、少なくとも、バロック団には事情を聞いてみないとならんでしょうな。そのうえで、まあ、場合によっては、キリボ氏にも連絡を取ることになるかもしれませんがね」
 警官の対応にミタラ氏は違和感を抱いた。
「そんなことしたら、私が警察に駆け込んだことが、バレてしまいますよね?それで、もしも向こうが逆上でもしたら、何が起きるか分からないじゃないですか?」
「仮に、あくまでも仮にですよ。仮にこの殺害予告が本物だったとしましょうか。そうだとしたら、どのみち彼らはあなたを殺しにくるわけです。結果に変わりはないんですから、彼らが逆上しようとしまいと、どちらでも特に問題はないでしょう」
 ミタラ氏は本来、寡黙で穏やかな性格の持ち主である。しかし、警官のあまりにもいい加減で無責任な態度に驚いて、彼は思わず大きな声を出してしまった。
「そんな……問題ないわけないでしょう!」
 このとき、彼は具体的に何が問題であるのか、うまく指摘することができなかった。落ち着いて考えれば、手紙が本物かどうか確かめたいのであれば郵便局に問い合わせれば良いではないかとか、ミタラ氏の身の安全を確保することを最優先に考えるべきではないかとか、そうした当たり前のことを言えただろう。しかし、いまの彼は考えを整理して言葉にできるほど、冷静ではいられなかったのである。
 一方、そんなミタラ氏の様子を見た警官は、より一層苦々しい顔をした。そのしかめっ面からは、何とかしてこの厄介者をさっさと帰らせたいという気持ちが、ありありと見て取れた。
「その点も含めて先方に確かめてみますから、確認が取れるまで、しばらくお待ちください。いいですね」
「でも、確認を取るということ自体が危険ではないですかと、私は、そのように申しているんです。他に何か方法はないんですか?」
「ですから、先ほどから何度も申しておりますけどね、これが本当の殺害予告かどうかもまだ分からんでしょう?だから本官の方で、彼らの言い分も聞いてみますと、そう言っているわけです」
「でも……」
「でもでも言わない!」
 警官が声を荒げて怒鳴った。その態度は明らかにミタラ氏を見下すものだった。ちょっと威圧すれば、一般市民など大人しく引き下がるだろうという魂胆が透けて見える。しかし、それでもミタラ氏は食い下がった。彼は柔和な顔立ちで、穏やかそうな雰囲気の男であり、実際にも心優しい人物ではあったのだが、同時に意思の強さも持ち合わせていた。
「そんな悠長なことをして、私にもしものことがあったら、あなた一体、どう責任を取るつもりなんですか?」
「責任?何ですか、それは?本官を脅すつもりですか!?」
 むしろ警官の口調こそが、ミタラ氏を脅していた。
「脅しじゃありませんよ。私を、市民を守ってほしいと言ってるだけですよ。それが警察の仕事でしょう?」
「ともかく、事件性があるのかどうか、我々警察が判断しますから。いつまでも聞き分けのないことを言うなら、公務執行妨害になりますぞ!」
 ミタラ氏は殺害予告を握りしめ、警察を後にした。

(つづきはこちらです)




ここまでお読みいただきありがとうございました。次章も引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。


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