反省とあれやこれ【「読者応援期間」について】
私、創作大賞 新参者ゆえに、前回の投稿で「読者応援期間」という設定にちょっとだけ異を唱えてしまいました。
その先日の投稿はこちら(↓)
でも、その後、他の方々の投稿を読み、
「応援しあえる素晴らしさ」
「応援できる喜び」
「応援される喜び」という
そういうプラスの要素しかない理想的なありようが実際に成立しているんだなということは私も理解&納得できました。
特に…(実際にそういうケースを見ましたが)、お相手を、そしてその作品をどうしても応援したいという気持ちがあふれて感想文を投稿なさった方がおられました。
自分の投稿に感想を寄せてもらえて、こういう形で応援してもらえたら、それはうれしいよね。
応援してもらえた方も応援した方も両方ハッピーだ。
(感想文の希望を募って依頼があってそれで書かれた感想文であっても、その労力を考えると。
お相手を応援する気持ちと創作大賞への愛がなければとてもじゃないけどやれないと思います。私にはできない。絶対できない。)
そういうことが実際に行われているnote創作大賞の良い文化にいちゃもんをつけてしまってすみませんでした。
「読者応援期間」という設定自体に異を唱えたことは取り下げます。
先日の投稿で気を悪くなさった方がもしいたら申し訳ないです。
そういう方はこの投稿は開かないだろうから、届かないお詫びになってしまいますが。
(でも、先日の投稿はそのまま残します。)
「読者応援期間」が悪いわけじゃないけど、その名称のせいで創作大賞の挑戦者たちを悩ませているのが「スキ数問題」だと思うんです。
「読者応援期間というのが設定されているのにスキ数が伸びない(=応援されていない)私の投稿はノーチャンスなんじゃないか」という焦り・不安・絶望。
(みんながみんなそうじゃないのはわかっていますが、「文筆もしくは創作をなんとか仕事に( or 収入の足しに)できないものかと強く思い始めている」&「noteに登録して間もないという不利さを抱えている」、そういう挑戦者がそういう感じで落ち込んでしまうのはよくあると思います。。。って、それは一年前の私です。私がそうでした。)
私、創作大賞の小説部門はほとんど読めなくて結果も見ないので、「(小説部門に関しては)スキ数は選考に全く関係ないですよ」というのは事実としてあるんだろうなというのは思いました。私が知らなかっただけで。
小説部門での入賞者さんが何人もそういうことをお書きになっているのを見ました、遅ればせながら。
でも、エッセイ部門はスキ数が少ない投稿が中間選考を通過するのはかなり稀(まれ)のようです。
無くは無い。でも、稀(まれ)。
運営の方々からするととんでもなく大変だと思うのですが、スキ20とかスキ30とかの投稿がエッセイ部門で何作も中間選考通過作に(20%くらい?)含まれるようであれば、エッセイ部門であっても誰もスキ数問題に悩まなくなると思うんですよね…。
(私のスキ少投稿のことをプッシュしているわけじゃなく。)
本当に私の投稿のことをいうわけではなく、エッセイ部門で中間選考通過にふさわしいような「スキ30未満( or スキ50前後)」の投稿って、エントリー作の中にはたくさんあるんじゃないかと思います。
今年の創作大賞でも私からするとそう思える投稿をたくさん読ませていただきました。
(私のマガジン「迷惑だったらすみませんマガジン」ご参照。
それに、そこへの登録はしなかったものの、私のツボではなかったというだけで他にもそういう投稿はたくさんたくさんありました。)
中間選考通過作のうち20%くらいがそういうスキ少投稿であれば、誰もスキ数を気にすることなく内容だけに集中すると思います。
(エッセイ部門でも「スキ30未満( or スキ50前後)」の投稿がもっともっと中間選考を通過して良いように思います…)
ただ、中間選考通過の先には大賞そして書籍化なんてことも待っているのでしょうから、1投稿だけでなく他の投稿も面白いかということになってくると、普段から自然にフォロワーが増えて付くスキも多くて…という実績あるnoterさんが中間選考通過にずらっと並ぶのも自然な結果といえばそうだと思います。
note編集部さんに加えて出版社等の文章のプロたちも選考に加わっているのであれば、そういう結果になるのも当然なのかもしれないな、とは思います。
(出版社が加わるのは大賞選考だけ?中間選考は関係なかったらすみません。)
繰り返しになってしまいますが、「読者応援期間」という名称が、エッセイ部門の挑戦者に「スキ数」という余計な不安をもたらしている…という事実はあると思います。
でも、代わる言葉は思い付きませんでした。
「読者応援期間」がぴったりのように思います。
じゃあ仕方ないのか。
去年(前回)の私はスキ数でも完全に惨敗。
今年(今回)はマガジン追加という形で何度も応援していただき本当にうれしかったのですが、感想文という形では応援してもらったことがなく、私が「読者応援期間」という言葉に対して抱いた感情の中には、そのひがみといえばひがみはあったかもしれません。
今回の創作大賞で私は勝負投稿に390、470のスキをいただけました。
今回それだけ多くのスキをいただけたことで、
「私が今年の中間選考を通過しなかった場合に、
来年の孤独な挑戦者さんに自信をもって伝えられること」
というのが一つできました。
「創作大賞エッセイ部門、スキ数は関係ないから。
スキを多くもらえても関係ないから。
安心して、内容を充実させることに集中してくださいね」
その時は、それは自信をもって伝えられると思います 笑
最後に。
これは毒吐きじゃないのですが、
「その人にとって大きな意味をもつ特別な1スキ」いうのはあると思います。
自分が憧れているようなnoterさんから1スキをいただけたような場合。
そういう1スキの重さは私にも想像できます。
そういう時の喜びを否定する気持ちは全くありません。
でも私が「応援してくださいませんか!」と活動した結果いただけた多くの1スキにも私は価値を感じています。
1投稿に付くスキが平均ぎりぎり20という私を雑草noterとでも呼ぶとしたら、今回の私は(他の方を雑草とは言えませんので言葉を変えますが)草の根noterさんとでも言いますか、そういう方々から多くのスキをいただけました。
(中には、私からすると完全に「人気noterさん」と呼べる方々からのスキも含まれていたので、全てをそう言うと語弊があると思いますが、大方はそうだったように思います。)
私が「草の根代表」と自分で名乗るのはおこがましいかもしれませんが、草の根の皆様に支えられた私の勝負投稿が今回2026年の創作大賞で箸にも棒にも掛からないのかを楽しみに待ちたいと思います。
次回からは創作大賞から離れた内容にしますね。
創作大賞ありがとう!
スキくれたみなさんありがとう!
創作大賞に挑戦したみなさん、お疲れ様でした!
(「お前を代表に選んだつもりはない!」って不評を買い、せっかくいただけていたスキが取り消されていく予感がします。。。 あわわ)
(後日の追加:2026年8月4日
「読者応援期間」の名称、もし私に決定権があるとしたら、これから書く二つのどちらかに変えたいと思った。
●「発掘交流期間」
noteに登録して間もなかったり、創作大賞初チャレンジだったりする人を温かく迎え入れるイメージで、そう変えたい。
ルーキーに対する配慮だけじゃなく、
「あなたにとっての宝物になるような、そんな作品と出会いたくないですか」
「隠れた力作を探してみませんか」
そういう意味も込めたい。
●「(自薦!他薦!)推し活期間」
各所で盛り上がっていて楽しそうだね!楽しいね!
でも各人の好みで楽しんでいるだけだから選考に直結してるわけじゃないんだろうね、というイメージに変えたい。
票数(=スキ数)で順位が決まるコンテストじゃないから、それでもいいんじゃないかと思った。
小説など長編に取り組み中の方への応援・激励という意味も失われないと思うし。
(「書店員さんの投票によって大賞が決まる『本屋大賞』」という大イベントがあるじゃないですか。
「読者応援期間」という言葉だと、「本屋大賞」のその印象に引っ張られる人が多く出るような気がします。(実際に多く出ているように思います。)
それで、スキ数がどうしても気になってしまう。
だからもし私に決定権があれば名称を変えたいなあ…のお話でした。
にっこり。
