Motherのまなざし③「普通級へ行きたがらない息子を、私は理解できていなかった」
中学生になって、
息子の学校での癇癪は、
ほとんど見られなくなりました。
家では、ささいなことで
怒ってしまうことはありますが、、。
でも、小学生の頃のように、
学校から電話がかかってきて、
迎えに行くようなことは、
なくなりました。
以前の私は、
「どうしたら普通に適応できるのか」
ばかりを考えていました。
周りと同じように過ごせること。
問題なく集団生活を送れること。
普通級へ行けるようになること。
それが、“成長”なのだと思っていました。
でも今振り返ると、
変わったのは、
息子だけではなかったのだと思います。
私はずっと、
息子の“できていない部分”ばかりを見ていました。
癇癪。
強い拒否。
マイルール。
集団への違和感。
周りに合わせられない姿。
でもその一方で、
息子はずっと、
学校との繋がりを完全には切っていませんでした。
支援級を選びながらも、
学校という場所には所属し続けている。
私は以前、
それを不思議に感じていました。
あれだけ拒否が強いのに、
どうして学校へ行くのだろう。
本当に嫌なら、
不登校になってもおかしくないのに、と。
でも今は、
少し違う見え方をしています。
息子は、
“全部を拒否していた訳ではなかった”
のかもしれません。
周囲に無理に合わせ続けると、
自分が壊れてしまう。
でも同時に、
社会との接点まで失いたい訳でもない。
その間で、
自分なりのバランスを取りながら、
必死に所属しようとしていた。
そんなふうに思うようになりました。
支援級を選んだことも、
「自分が壊れない場所」を、
本人なりに選んだ結果だったのかもしれません。
私よりもよっぽど、
自分で自分のことをわかっていたんだなと感じます。
何で普通級へ行きたいと思わないのだろうという
気持ちだった私。
ようやく、自分で自分の環境を決めることが出来ている
素晴らしさに今となって気づくことができました。
私は長い間、
「適応」という言葉を、
“周りに合わせられること”
だと思っていました。
でも今は、
少し違う感覚があります。
自分を削り続けながら合わせることだけが、
適応ではない。
自分を壊さずに、
社会との接点を持ち続けること。
安心できる場所を確保しながら、
所属し続けること。
それもまた、
一つの適応なのかもしれないと、
今は感じています。
もしあの頃の私が、
「普通に近づけなきゃ」
という焦りだけで動き続けていたら、
息子はもっと苦しくなっていたかもしれません。
そして私自身も、
追い詰められ続けていたと思います。
もちろん、
本人の成長も大きかったと思います。
言葉にできることも増えました。
自分の特性や限界を、
少しずつ理解できるようにもなってきました。
そして同時に、
私自身の“まなざし”も変わっていきました。
「どうやって適応させるか」
ではなく、
「どうすれば壊れずに生きていけるのか」
を考えるようになった。
すると不思議なくらい、
以前は“問題”にしか見えなかったものの奥に、
本人なりの努力や調整が見えるようになっていきました。
私はずっと、
「周りに合わせられること」が、
社会で生きていく力だと思っていました。
でも今は、
“自分に合う環境を選ぶ力”
も、同じくらい大切なのだと思っています。
それはきっと、
高校選びや、
仕事を選ぶ時も、
同じなのだと思います。
無理を続けて壊れてしまうより、
「この場所なら続けられる」
を探していくこと。
息子は、
小さい頃から、
その感覚を必死に守っていたのかもしれません。
そして私は今、
そんな息子の姿から、
「適応」の意味を、
もう一度学び直している気がしています。
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深く、お読み頂きありがとうございます。
noteを読んで視点の変化や腑に落ちた瞬間がこれからも訪れますように。
