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中学生になって見えてきた、“支援級のままで大丈夫なのか”の答え

長男が小学校の頃。

私はずっと同じ問いを抱えていました。

「支援級のままで、この先大丈夫なのかな」

「普通級に行かせた方がよかったのかな」

何年も、答えの出ないまま、

その問いの中にいました。

そして、息子は中学生になりました。

何から何まで話してくれるわけでは
ありませんが、

今の学校生活は、以前よりずっと
落ち着いて見えています。

特別支援学級の情緒クラスは、

1年生3名、3年生2名の少人数クラス。 支援級で授業を受ける時は、 50分授業の中で、 先生が1年生と3年生それぞれの 内容を交互に教えているそうです。

待ち時間には、

ワークをしたり、タブレットを使ったり。

音楽は交流級の方が楽しいようで、

自分で交流を選んでいるとのこと。

自立活動の時間には畑作業もあり、

それも楽しいらしいです。

科目によって支援級か交流級かを
自分で選べる。

この「選べる」という感覚が、

息子にとっては、
とても大きいように感じています。

そして私自身も、

小学校時代に強くあった、

「できるだけ交流級へ行ってほしい」

という気持ちが、

少しずつ薄れているかも?

とこの記事を書きながら感じています。

「全部把握して管理しなきゃ」

という感覚から、

「本人と学校をある程度信頼して任せる」

そんなスタンスへ変わっていっている私。


あれだけ頻繁にかかってきていた
学校からの電話も、

中学校では無くなりました。

本人なりに、

学校生活を回せるように
なってきているのだと思います。

私はずっと、

「どうすれば普通級でうまくやれるのか」

「どうすればできるようになるのか」


その視点で子どもを見ていました。


でも中学校での姿を見ているうちに、

“できるようにすること”ではなく、

「どんな環境なら、この子は落ち着いて
過ごせるのか」

を自然と考えるようになっていました。

そして、もうひとつ。

あれだけ悩みの種だった朝の遅刻。

中学生になって、

ベッドを購入し、
一人で寝るようになってからは、

なんと!

遅刻がゼロになりました。

良かった〜と心底ホッとしています。

12時ごろまで起きている日もあるようですが、

それでも朝は起きて、

自分で学校へ行っています。

幼児期から小学校時代は私が
何度ガミガミ言っても起きなかったのに。

一人で寝る。
自分で起きる。
自分で学校へ行く。

それが自然と出来るようになっていました。

管理されて動くより、

「自分で回している感覚」の方が、

息子には合っていたのかもしれません。

そして今振り返ると、

以前の朝の遅刻は、

私の管理から逃れたいという、

心理的な反抗もあったのかも
しれないと思っています。

本人の主体性と環境の相性がかみ合って、

“管理し続ける状態”から、

“見守りながら任せる状態”へ。

私自身のスタンスも、

少しずつ変わっていきました。

自分で決めたい気持ちが強い息子。

私が主導権を握り続けるより、

本人に委ねる場面が増えたことで、

以前のような、

「出口の見えない苦しさ」は、
私の中で少しずつ薄れていっています。


もちろん、

この子育てにまだ明確なゴールが見えているわけではありません。

今でも迷うことはあります。

でも確かに、

「どうやって変えるか」

ではなく、

「どう見ていくか」

その視点へ変わってきていることには気づいています。

そして今振り返ると、

私は長い間、

「普通に近づけること」

に強く囚われていました。

その気持ちが強すぎて、

“この子がどんな状態で毎日を
過ごしているのか”

よりも、

「どうしたら普通級で過ごせるのか」

そればかりを見ていたのだと思います。


何度も長時間の面談をして、

何度も交流級のトライアルを勧められても、

「支援級にいたい」と言い続けていた長男。

あの頃の私は、

その気持ちを受け止めきれませんでした。

「このままで本当に大丈夫なの?」

その不安が、

ずっと消えなかったからです。

でも今は、

“安心して過ごせる場所があること”

その土台の大切さを、

以前よりずっと感じています。

普通級か、支援級か。

何年も答えが出なかった私が、

どうやって「本人の感覚」を尊重できるようになっていったのか。

その過程については、

こちらの記事に詳しく書いています。↓↓


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みわ|ギフテッド2Eの個育て 深く、お読み頂きありがとうございます。 noteを読んで視点の変化や腑に落ちた瞬間がこれからも訪れますように。