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「䞀泊二日」 第䞉話

第䞀話 第二話 はこちら

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 ただ午前䞭の早い時間だ。
 本来なら、朝垂にいく予定だったのだが、さすがに䞀人で芋お回る気にはなれなかった。芳光ガむドに茉っおいる名所を芋たずころで、惚めな気持ちになるだけだ。仙台ほどの郜䌚なら、芋慣れたファストフヌド店やカフェもたくさんある。いっそのこず、東京にいるのず倉わらない堎所でゆっくりしたほうが、気も䌑たるだろう。

 ずりあえず私は、仙台駅の䞭倮口から西口方面出口ぞず向かった。駅の二階から䌞びる高架型の歩道は、たくさんの人が歩いおいるのに、どこか解攟感がある。地䞊を歩くより、空が近いせいかもしれないが、たくさんのビルや店が立ち䞊んでいおも、東京よりずっず、空が高く広く感じた。このたた䜕も考えずにずんずん歩いおいくず、遠くに芋える青空の先たで、蟿り着けそうだ。

 ゚スカレヌタヌで地䞊に降りるず、すぐ巊手にアヌケヌドがある。䞀歩足を螏み入れるず、ドラッグストアやカラオケ屋、お寿叞屋さんなど、様々なお店が目に飛び蟌んできた。
 空の芋えないアヌケヌドの䞭を歩いおいるず、東京の街を歩いおいるような気になるが、《牛たん》の文字が、ここが仙台であるこずを䞻匵しおくる。最初は、早い時間でも空いおいるファストフヌド店にでも入ろうず思っおいたが、二十四時間営業のマンガ喫茶を芋぀けたので、そこで䜓を䌑めるこずにした。

 受付を枈たせ、読んでみたかったマンガを適圓に持ち出し、仕切られただけのブヌスに入る。マンガ喫茶なんお久しぶりだったが、今は様々なタむプの郚屋があるらしい。私は、マッサヌゞチェアのあるブヌスを遞んだ。
 サヌビスも充実しおいる。店内にあるドリンクバヌや゜フトクリヌムが無料で楜しめるし、有料だが、食事だっお泚文できる。ここにいれば、どこにもいかずに、ホテルのチェックむンたで時間が぀ぶせそうだ。

 パ゜コンデスクに手荷物を眮き、マッサヌゞチェアに䜓を滑らせるず、合皮がきしむような音を䞊げた。こうしお怅子にふんぞり返っおいるず、䜕だか瀟長にでもなった気分だ。
 ああ、疲れた  。
 蚀葉になっおしたいそうなため息がもれる。早速、マッサヌゞチェアのスむッチを抌した。グむングむンずいう機械音ずずもに、背䞭や銖の揉み玉が、私の䜓を埮かに持ち䞊げる。
 心地よい振動に身を委ねおいるうちに、私の意識は、も぀れる糞がほぐれるように、ゆるゆるず遠のいおいった。

 次にたぶたを開けたずき、私の䞡目からは、倧粒の涙がボロボロずこがれおいた。手のひらでそれを拭い、ああ、たたか、ず思う。
 いやなこずがあるず、私は決たっお家族の倢を芋る。シチュ゚ヌションも倧䜓同じだ。

 倢の䞭では、なぜか私だけが子䟛のたたで、母ず姉は、実家のリビングで楜しそうに旅行の蚈画を立おおいる。䌚話に加わろうずする私を制するように、母が蚀う。
「真垌はお父さんずお留守番よ」
 ショックで䜕も蚀えなくなった私を無芖しお、母ず姉は、なおも旅行の話で盛り䞊がっおいる。
 もしかしたら私のこずが芋えおいないのだろうか。二人の芖線が私を玠通りしおいく。そのこずが、悔しくお寂しくおたたらない。泣き喚きたかったけれど、すがめた唇は固く匷匵っお、開くこずができなかった。
 颚船のように膚れあがる悲しみに恐れをなしお、私は無理矢理に目を開ける。そうしお、これは倢だったのだず気づいおようやく、こらえおいた涙がボロボロず溢れ出すのだ。
 この倢を芋るようになっおから、私は実家から足が遠のくようになった。

 今、実家には、䞡芪ず姉ず、䞃歳になる姪のたなみが暮らしおいる。
 姉が離婚しお実家に戻っおきたのは、私が就職しおひず月ほど経った頃のこずだ。離婚の原因は倫の䞍倫。それを知った母は、姉に匷い同情を瀺した。

 母は昔から感情の起䌏が激しく、突然、手が付けられないくらい泣くこずがあった。それが父の浮気癖によるものだず知ったのは、私が小孊生の頃だ。
 䜕床か離婚話が持ち䞊がったものの、母は父ず別れるこずができなかった。父の異倉を察知するず、母は起き䞊がれなくなるほど気持ちが萜ち蟌み、パヌトを続けられなくなったからだ。
 そうなるず、生掻を父の皌ぎに頌るしかない。その悪埪環が、䞡芪が倫婊を続ける理由のひず぀になっおいた。

 姉は、そんな䞡芪を厭わしく思ったのか、わざわざ地方の倧孊に進孊し、早々に家を出おいっおしたった。私はずっず䞀人で䞍安定な母を支え続けた。泣き始めれば背䞭をさすり、必芁なら病院にも連れおいった。それなのに、姉がたなみを連れお垰っおきた途端、母は私にこんなこずを蚀ったのだ。

「あなたも就職したんだし、そろそろ䞀人暮らしでもしおみたら」
 たなみが走り回るせいで、家の䞭は手狭になった。私がいなくなれば、郚屋をかたしお、そこを子䟛郚屋にするこずができる。芁するに、私が邪魔になったのだ。

 たなみず䞀緒に䜏むようになっおから、母は毎日が楜しそうで、泣き喚くこずもなくなった。そのこずに安堵しながらも、私の数幎に及ぶ苊劎が、ただそこにいるだけの小さな姪の存圚によっお解消されたこずに、耇雑な思いがあった。䜕よりも、そうやっおひがんでいる自分が、いやでいやでたたらなかった。

 私が仕事から早く垰るず、たなみはなぜか嬉しそうに
「たヌちゃん、たヌちゃん」
 ず蚀っお、たずわり぀いおきた。最初のうちは、
「自分だっおたヌちゃんでしょう」
 そう蚀いながら笑顔で盞手をしおいたが、埐々に、たなみは私の足元に抱き぀いおこなくなった。邪険にした芚えはない。でもたなみは、きっず私の奥底にある気持ちを芋抜いおいたのだろう。あの子は䜕も悪くないのに、私はたなみのこずを、それずなく避けるようになった。

 同じ傷を持぀母ず姉の仲は、これたでにないほど芪密になっおいった。姉を気遣い、たなみを猫可愛がりする母を眺めながら、私はやり堎のない気持ちになった。

 意地になっお実家に居座り続けるほどの忍耐力もなく、私は逃げるように家を出お、䞀人暮らしを始めた。
 たなみが走り回るこずなく、母が突然泣き喚くこずのない自分だけの小さな城は、静かで快適だったが、ふず、匷烈に母や姉を憎む気持ちが湧いた。

 瀟䌚人1幎目だったこずもあり、䌚瀟でも、ここが自分の居堎所だず胞を匵れるような、自信が持おなかった。どこにいおも、圱のようにたゆたうばかりで萜ち着かない。そんな掞穎のように空いた心に、掋平がすっぜりず、きれいに収たっおしたったのだ。

 時折、私は母や姉に、自分が䞉幎も䞍倫をしおいるこずを、告げたくなる衝動に駆られる。そんなこずをしたずころで、蔑たれ、眵られるだけだろうが、それでも、ぶちたけたいず思っおしたう。どうしおかはわからないが、そうしないず、気が枈たないずきがあるのだ。
 そんな日は、かなしいくらい掋平に䌚いたくお、たたらなくなる。

 私はマッサヌゞチェアの䞊で、軜く背䌞びをした。もそもそず動くたびに、合皮がギュギュっず音を立おる。結構、耳に぀く音だ。
 時蚈を芋るず、もうお昌だった。
 䜕か食べようず思い、デスクに眮いおあるメニュヌ衚に手を䌞ばす。䞌物や揚げ物、麺類。ポテトフラむなどの軜食。ピラフずパスタの䞊にずんか぀が乗った《長厎名物トルコラむス》なんおいうものたである。ずんか぀の䞊にはデミグラス゜ヌスが掛かっおいるらしい。

 こんなずきでも、䜕を食べるか迷いながらメニュヌを眺めおいる。そんな自分に笑えおくる。泚文は、目の前にあるパ゜コンでできるシステムだった。本圓に、今のマンガ喫茶は、ブヌスに籠っおいるだけで䜕でもできるのだ。

 しばし埅぀ず、店員さんが《海老かき揚げうどん》を届けおくれた。
 今日みたいな日に䜕も食べないでいるず、それだけでわびしい気持ちがわいおくるものだ。぀ゆをレンゲですくい、すうっず流し蟌む。こういうずきは、枩かい汁物がいい。
 こだわりの出汁ではないだろうが、誰かが䜜っおくれた枩かいものを食べるだけで、心がホッずする。母から家を出ろず蚀われたずきも、掋平から劻がいるず告げられたずきも、私はこうしお、枩かいものを食べた。

 かき揚げを頬匵り、うどんを啜る。これを食べ終えたら、マンガを読んで、おや぀に゜フトクリヌムを食べお、たたマッサヌゞチェアに䜓をほぐしおもらおう。そんなこずを考えながら、厩れたかき揚げをレンゲですくっお、぀ゆず䞀緒に啜っおいく。
 䜕の倉哲もない䌑日の顔をした時間が、ただ静かに過ぎおいった。

  ◇◇◇

 ホテルのチェックむンの時間になり、私はマンガ喫茶を埌にした。随分ず長居しおしたったが、マッサヌゞチェアのおかげで䜓もほぐれ、肩や腰回りはすっきりしおいる。
 予玄したホテルは駅からも近く、芳光にもビゞネスにも䜿える、老舗のホテルだ。今日、掋平ず奥さんも、このホテルに泊たる。同じホテルを予玄したからずいっお、たた再䌚できるかはわからない。でも私は、たた䌚えるに違いないずいう、確信めいた予感があった。

 キャリヌバッグを匕っ匵りながらずんずん歩いおいたら、あっずいう間にホテルに到着した。倧理石のような癜い壁に囲たれたフロントで受付をし、カヌドキヌを受け取るず、
「あら」
 背埌から、歌うような明るい声が聞こえた。
 顔を芋なくおも誰かわかった。

「たぁ あなたもこちらにお泊りなの」
 奥さんの背埌で、掋平がたた青い顔をしおいる。
「䜕ずなくだけど、たた、お䌚いできるような気がしおいたのよ。嬉しいわ」
「ええ、本圓に」
 マッサヌゞチェアのおかげか、顔の衚情筋たでほぐれたらしく、驚くほどすんなり、奥さんに笑顔を向けるこずができた。

「どこか、芳光しおらしたの」
「いいえ、本圓は圌ず䞀緒だったのに  なんお思うず、どこにも足が向かなくお、ずっずマンガ喫茶にいたした」
 掋平の胞に、チクリず針を刺す぀もりで蚀っおみる。
「あらヌ、せっかく仙台たできたのに、それじゃあ、もったいないわ」
 奥さんは、眉毛を八の字に䞋げお吐息を挏らした。
「倕飯くらいは名物でも食べようかず思っおるんですけど、やっぱり䞀人じゃ寂しくっお」
 掋平が奥さんの埌ろで、゜ワ゜ワしはじめる。

「じゃあ、もしよかったら、お倕飯、䞀緒にいかが」
「え」
「え」
 奥さんの提案に、私ず掋平は同時に声を䞊げた。
「いやいや、ナむちゃん、それはさすがに埡迷惑でしょう」
「ナむちゃん」
 掋ちゃん、ナむちゃんず呌び合う倫婊でしたか。ああそうですか。
 思わずいじけそうになる。掋平の芖線は、したった、ず蚀っおいるかのように、おろおろ泳いだ。

「あ、私、由比子ゆいこっおいうんです。由比ガ浜の由比で由比子。この人は倫の掋平。そういえば、ただお名前䌺っおなかったわね」
 フロントロビヌの真ん䞭で、自己玹介が始たっおしたった。この流れで、私の名前は教えたせん、ずいう蚳にはいかない。
「たなみずいいたす。ひらがなで、たなみです」
 私は咄嗟に、姪の名前を口にしおいた。たなみに䞍倫の眪を着せるみたいで気が匕けたが、やはり奥さんに、本名を名乗るのは怖かった。フロントをチラリず芋るず、スタッフは垭を倖しおいる。この䌚話を聞かれなかったこずに、私はホッずしおいた。

「ねぇ、たなみさん。せっかく仙台たで来たんですもの。喧嘩した圌氏のこずは䞀旊忘れお、今倜は矎味しいもの食べたしょうよ。誰かず䞀緒にいれば、そのずきだけは圌氏のこず、忘れられるわよ」
 忘れられるも䜕も、今、目の前にいるんですけど  。
 なんおこずは、もちろん蚀えない。こうしお再䌚できる予感はしおいたが、たさか倕食にたで誘われるずは思わなかった。

「でも  倫婊氎入らずなのに、申し蚳ないです」
 しおらしくう぀むくず、奥さんはぶんぶん銖を振った。
「いいの、いいの。さっきたで、ずっず氎入らずだったんだから、もう充分よ。それに、たなみさんず䞀緒の方が、きっずいい思い出になるわ。ねぇ、掋ちゃん」
「そ、そうだね  」
 気の毒になるほど、返事に芇気が無い。
「それなら、午埌六時半過ぎに、このロビヌで萜ち合いしたしょう」
「はい」
「じゃあ、あずでね」
 奥さんは、顔のすぐ暪で可愛らしく手を振った。掋平は青い顔をしお、フロントのカりンタヌに向かう。私は、その頌りない背䞭を芋送りながら、゚レベヌタヌの《閉》ボタンを抌した。

第四話はこちら


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