ちゃんと見たはずなのに、何も残っていない気がして歌にしました -19曲目-
「いいね」を押した。
ちゃんと見た。
たぶん、よかった。
……でも、もう思い出せない。
最近、そんなことが増えた気がします。
SNSを見ていると、いい言葉も、きれいな文章も、共感できる投稿も、たくさん流れてきます。
ちゃんと見ているつもりだし、ちゃんと反応もしている。
「わかる」と思う。
「いいな」と思う。
「たしかに」と思う。
でも次の瞬間には、もう次の投稿を見ている。
さっき何に共感したのか。
何がよかったのか。
どうして「いいね」を押したのか。
そこまで思い出せないまま、指だけが先に進んでいく。
便利だし、楽しいし、悪いことではないと思います。
むしろ、重たすぎるものばかり見ていたら疲れてしまうので、軽く流せることにも救われている部分はあります。
ただ、ときどき少しだけ怖くなる。
ちゃんと見た気がしているだけで、
本当は何も残っていないのかもしれない。
共感した気がしているだけで、
本当は、自分の中にまでは届いていないのかもしれない。
この曲は、そんな感覚をそのまま歌にしたものです。
残らないものは、たぶん楽です。
引っかからないし、考えなくていい。
説明しなくてもいい。
次に行けばいい。
でも本当に残るものって、少しめんどうです。
あとから思い出してしまう。
なんとなく引っかかる。
うまく言えない違和感が残る。
だからこそ、無意識に避けているのかもしれません。
わかりやすいほうへ。
軽いほうへ。
すぐ流せるほうへ。
「いいね押して、忘れてる」は、SNS批判の曲というより、私もその流れの中にいるな、という曲です。
選んでいるつもりで、選ばされている。
見ているつもりで、流している。
ちゃんと良かったはずなのに、もう思い出せない。
今回は、その軽さと怖さを、かなり強めのビートに乗せました。
少しふざけているようで、少し笑えない。
中毒性があるのに、どこか空っぽ。
そんな、少し変な疲れを歌にしています。
よかったら、軽く聴いてください。
そして、もし少しだけ残ってしまったら、
それはそれで、ちょっと嬉しいです。
#ぎぺり
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#音楽紹介
#SNS疲れ
#日常の違和感
#いいね押して忘れてる
#SunoAI
ここまで読んだあとに、
もう少しだけ言葉のそばにいたいときのために、
続きの置き場所を残しておきます。
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